時計の針を戻して:2
『今はそんな話を──』
「今答えないとここから動かない!」
グレンの物言いをきっぱりと遮りアレクトが言う。
「いいから教えて」
アレクトの頭に登るのは時計の記憶。
「私産んだせいで死んだって、本当にそれだけなの!?」
記憶の中のアレクトの母は、まるで死霊に取り憑かれたかのようだった。
部屋の中は静寂に包まれた。
そんな中、アレクトの耳は金属の響きを捉えた。
(……ゲールが戻ってきた)
大声を上げて肩を振るわせるアレクトはグレンの返答を待っている。
『……お前の母はよく言っていた』
静かにグレンが切り出した。
『自分には死霊の友人が居る』
部屋の外の歯車の音は段々と近づいて来る。
『……そのせいで、自分の命は長くない。そう言っていた』
アレクトの背後でドアが開く。
「おかえ……り」
だが、入ってきたのはアレクト馴染みの黒い自動人形ではない。
『アレは……シオンは…………どうしたアレクト』
状況の変化を察してか、グレンが呼びかけた。
アレクトの眼前には白銀の自動人形が迫っていた。
「シオン……!」
喋る時計を握りしめ、アレクトはシオンと対峙する。
「私に一体何の用なの?」
後退りながらシオンの顔色を伺った。
「アア……アァ……」
白磁の面の表情は動かず、シオンは甲高い声を上げながらアレクトに近づくのみだ。
「──っ来ないで!」
シオンが覆い被さるようにアレクトに触れる。
薄ぼんやり光その躰に触れた時。
『もう、作る気はなかったのだがな』
『そう言うなよ、ゲールなんて傑作を作っておきながら』
『……アイツほど完璧に構成してはいないからな』
(人形の記憶だ)
全身に悪寒を感じながら、アレクトは必死に消えそうになる意識を保っている。
『ゲールの躰は完璧だ。解剖学まで齧って人体を模した。それと比べると……』
グレンは人形の手を動かしてみる。
『あくまで外側だけ、って事だね。まあ娯楽用だからな』
ルイスが答える。
『なあ、そもそもどうしてゲールみたいな自動人形を作ったんだ?さっきの話からして並の執念じゃなさげだぞ』
ルイスの問いかけに、グレンは少し遠い目をしながら答えた。
『元々は……妻の友人の為だった』
グレンの声は哀しげである。
『まさかと思うが……死霊を取り憑かせる気だったのか?』
ルイスの問いかけにグレンは首肯する。
『今となっては無為な試みだったが……』
ふと、グレンは微笑んだ。
『……アレクトの良い友人になってくれた。今はそれで充分だよ』
過去の情景が消え、アレクトは寒さに身を震わせる。
(……冷たい……重い……)
シオンの腕はアレクトを緩慢に締め付けてくる。
(でも……ゲールの躰ほど完璧じゃない)
記憶の中のグレンの言葉を思い出し、アレクトはシオンの腕からするりと抜け出した。
「ァ……」
アレクトを再び捕らえようとするが、シオンの躰では小回りが効かない。そのままアレクトは駆けて行き、部屋の外へと飛び出した。
「アレクトー!」
外に出た瞬間、聞き馴染んだ声がする。
「ゲール!」
脚を引き摺り、壁に手を掛けながら黒い自動人形が歩いて来る。
『アレクト、戻ってこい』
握りしめた手の中、懐中時計からグレンの声が聞こえる。
『お前にはまだ、こっちでやるべき事があるんだ』
部屋を出て、時計から聞こえる声は小さくなって行く。
アレクトはゲールに駆け寄り手を貸した。
その背後、アレクトの出てきた作業部屋から白い自動人形が二人を追いかけて来る。