終わりのない叫びをその時感じた:3
空には月が浮かんでいる。元の世界と同じ青白い月だ。
「ゲール……ここ、商店街?」
しばらくの間ゲールに背負われていたアレクトが周囲を見渡した。シオンは追って来ていない、とりあえず撒けた様子だ。
「ああ、人が居そうな場所に行きたかった」
走り続けていたゲールが速度を落とす。
彼の躰の歯車は嫌な音を立てて回り続けていた。
機械の躰は疲れを知らないが、一部でも歯車の噛み合わせが悪くなると動きが鈍るのだ。
ゲールの背から後ろを見たアレクトが顔を顰めた。
「死霊だわ」
「なんだって?」
振り向いて見れば、二人の背後から小さな動物の死霊達がついて来ていた。いくら夜とはいえ、街中で見るような光景ではない。
「……けっこう居るわね、小さいけど」
「うむ、人型が居ないのが幸いか」
「ところでゲール、下ろしてちょうだい」
「わかった」
ゲールから下りるや否や、アレクトは彼の肩に耳を当てる。
「……なんだ?」
「どっかズレてる」
ゲールの肩からは軋んだような歯車の音がする。
「動くのに問題はないが」
「そんな事言って、次シオンに襲われたらアンタ壊されちゃうわ、ほらあそこ、ごめんくださーい」
ゲールの手を引き、アレクトは商店街の中一軒の建物に入って行く。彼女の知り合い、時計塔の技師エリオの住む家だ。
「すみません、エリオ爺居ます?」
深夜とあって声は抑えめだが、返事は無い。
ここはアレクト行きつけの工具店にもなっている。ゲールの躰を修理する時この店に来るのだ。
「……誰も居ないのかな?」
「……あの人が鍵をしていないのは…………珍しい」
工具に機械部品、雑貨の並ぶ店の中に二人は入って行く。
「ちょっと失礼だけどまあ仕方ないわ、道具を拝借っと」
アレクトはコートを脱いだゲールをカウンターの椅子に座らせ、慣れた手つきで鉄のカバーを剥がした。
「良かった、折れてない。ちょっと削れただけよ」
歯車を外されたゲールの右腕が力を失う。
「ちょっと待ってね、新品に交換するから」
ゲールの修理の度に訪れる場所と言うもこともあり、大体の部品の場所は把握している。
ゲールの全身からは力が抜けつつある。一部でも回転が止まれば歯車仕掛けの彼は機能停止してしまうのだ。
「急いでくれよ、心臓が止まってしまう」
関節に新たな歯車が嵌められ、歯車が軽い音を立て始めた。