歯車の人:2
「お前が描いたのか?」
最初に口を開いたのはグレンだった。
アレクトが聞いたことのない、感心を帯びた声色だった。
「…………そう」
グレンに返答を返すアレクトの声は小さい。
「ふむ……これはまあ、凄い物を描いたね」
「あの……!どうですかルイスさん!私の絵は?」
「……あ、ああ凄い絵だ」
アレクトの硬い表情が少し緩んだ。
「ただならない熱意を感じるよ……随分と長い間この時計台を観察していたようだね」
ルイスが時計の針を指す。
「12:30、真っ直ぐの直線。グレンの娘らしい、ピシッとした時間を選んだね」
「え……ええ、時間は……私の好みですが」
グレンの名前が出るのは不服な様子だった。
「これを展覧会に出す予定かい?」
「はい!」
そのまましばらくルイスは絵を眺めていた。
「…………うん、あー、何と言うべきだろうか」
アレクトを見るルイスの表情は悩ましげだった。
「えっと……どう……ですか?」
「……絵は上手だ」
ルイスはアレクトより数歩離れて絵を見ている。
「描き込みに表現、巧みな技術を使っている。凄い執──熱意でこの絵は描かれたんだろう」
ただ、とルイスは前置きする。
「絵描きが描く事に精一杯で、観客に想像させる余地が無い、感心はされても一度観られただけで終わってしまう。そんな絵……だなこのままでは」
ルイスの言葉をアレクトは黙って聞いている。
「アレクト、どうだったかな?この絵を描く時、君は観客の事を考えていたかな?」
「いいえ……」
絵を描いている最中アレクトの中にあったのはグレンへの苛立ちと、完成に対する強迫観念だけだった。
「まずはそこから、かな。立派な絵なのは確かさ、自信を持って良い。次は絵に物語を作る所さ。君は時計が好きなんだな、その懐中時計はグレンが作った物だろ?元は君の母が──」
ルイスは話を続けているが、後の方になるにつれてアレクトの頭には入って来なくなった。ぐらぐらと脳が揺れるような錯覚が彼女の思考を乱し続けていた。
「おーいアレクト、アレクトー?」
軋んだ音の歯車の指パッチンを聴き、アレクトは現実に戻ってきた。
「はっ、はい!うん?なにゲール?」
「ルイスが展覧会用の作品を見せてくれるそうだ、行ってきたらどうだ」
「へっ?ああ」
アレクトが見ると、ルイスが扉から手招きしていた。
「……行く、ゲールも来る?」
「私はこれからグレンの手伝いだ。自動人形用の工具を出さないと」
「…………そう」
「手伝う、と言ったよなさっき?ルイスに向かって」
心ここに在らず、と言った様子のアレクトにゲールは心配そうに話しかける。
「ええ、大丈夫、やるわよ、絵のアドバイス貰ったし、作品見れるし、私は大丈夫、大丈夫」
そのままゆらゆらとルイスの方へ歩いて行った。