悩む暇があれば絵を描きたい、けど針一本描けない:2
しばらく時が経った後だろうか。
「だらっしゃあ!!」
突然アレクトが飛び上がった。
「どうしたんだ?」
「……決めた」
アレクトの眼には強い光が宿っていた。
意を決して様子ですっくと立ち上がる。
「やる気だな」
彼女がこの一年で一番良い顔つきをしていた。
「時計台の絵、描きに行く。ゲール、天啓をちょうだい」
「よしきた」
ゲールはアレクトに背を向け、顔だけを彼女に向ける珍妙なポーズを取る。
「…………今度はなに?」
「ラ・ジャポネーゼ、可憐だろう?」
ただ、アレクトに伝わる事はないだろう。
「絵を描いて持って行く、あの親父見返してやる」
時計台の前、人気の少ない良い場所に陣取ったアレクトの原動力は父親への苛立ちのようだった。
「自信はあるのか?夜までに一枚描き上げるだなんて」
「ゲール、何も今日だけで完成って訳じゃないの。途中まででも大筋描いて、その後満足行くまで仕上げるの」
既にアレクトは椅子に座り、筆を走らせていた。
「……夜にルイスさんの所に持って行くの。そこで一回評価してもらって、人形作るかどうかはそれ次第」
「要は二つとも取ることにした訳だ」
一応前向きな姿勢に戻ったアレクトを見て、ゲールもホッとした様子だ。
子供の頃からアレクトにとって、グレンという父親は決して近しい存在ではなかった。
生まれた日に母を亡くしたアレクトの周りに居たのは、同じ日に目覚めたゲールと広い家の使用人達。
グレンは常に仕事で忙しく、月に一度アレクトに顔を見せれば良い方であり。彼自身は娘に甘い父親という訳ではなかった。
「ゲール、楽しい芸術家の話して」
時計台の煉瓦を絵の具で塗りながらアレクトはゲールに声をかける。
「アレクト、君はいつも私に掃除を任せているな」
「……ぐっ」
アレクトの声が怯むが絵を描く手は止めない。
「私が居て良かっただろう、とある画家は掃除を嫌って家が汚くなる度に引っ越しをしていたそうだ」