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4 出会いは突然に


 お兄様から恋愛の許可もいただけて、心晴れやかに迎えた翌朝。

 恋愛するのが楽しみすぎて、いつもよりも早く目が覚めてしまった。幸いまだ体調も良い。兄の言うように軽い運動をしてみるのもいいかもしれない。


(城内の散策でもいたしましょう)


 これまでは引きこもり生活を満喫していた為、実のところそれほど城内にも詳しくなかった。この国の王女としては、自分の家のこともよく知らないのは恥ずかしい。

 さっそく侍女になるべく動きやすいドレスで身支度を整えてもらう。護衛騎士を伴って、まずは朝日の眩しい庭に降りた。

 緑と花が咲き誇る中をゆっくり歩いていく。気候も良く、新緑に包まれていると清々しい気持ちになれる。今朝は魔族も見ないし。いる方がおかしいのだけど。

 おかげでついつい歩きすぎたらしい。気づけば普段は通らない場所にまで迷い込んでしまっていた。どうやらここは城の裏側に近い印象を受ける。

 こんな早朝なのに、忙しなく人が働く音と気配が感じられた。

 それから鼻先をくすぐる、香ばしい香り。


(これはまさか、焼きたてのパン!?)


 きっとパンだわ! なんて美味しそうなの!

 普段食べているパンは、毒味された後なので冷めてしまっている。焼きたてパンなんていただいたことがない。前世では、焼きたてパンどころか保存食の歯が立たないパンとひたすら格闘していた。それすら食べられないこともあったわ。

 昔を思い出すと、焼きたてパンが贅沢なご馳走に思えてきた。

 無意識に口の中に唾液が溜まる。そんな自分は食い意地が張っているように感じられるけど、王女だって涎くらい出るわ! 人間だもの。

 香りに誘われるまま、ふらふらと厨房と思わしき方へと歩いていく。近づくにつれ、厨房の喧騒が外まで漏れてきた。

 もう朝食の準備かしら。こんな朝早くから働くなんて素晴らしいわ。

 興味を駆られ、普段は目にすることのない働きを見てみようと窓からひょっこり顔を覗かせる。けしてパンの香りがするから我慢できなかったわけではなくてよ。ええ。

 窓から覗いた先には、なんと焼き上がったパンがずらりと並んでいた。

 どれもこれもこんがりと狐色に焼けた、丸くてふわふわのパン。


(美味しそう!)


 朝日を受けてパンの表面が輝いている。たくさん並んでいるから、これはきっと朝食用のパンなのだろう。

 こくり、と喉を嚥下させる。

 ああ、今ならば焼きたてなのだわ。私も焼きたてパンを食べてみたい。きっと表面はサクッとしていて、中はふんわりしているのでしょう? まだほんのりと温かかったりするのでしょうっ?

 手を伸ばせば届く距離なのに。羨ましい。なんって羨ましいっ。


「そこの焼き上がったやつから持っていけ!」


 不意に中から野太い声がした。それに対して、「はい!」と若い声が答える。


「次に焼き上がった分はこちらに置いときます!」


 返事をした青年は声を張り上げた。ちょうど私の目の前に、またも香ばしい香りのするパンの並んだ板を置く。


「えっ?」

「あっ……」


 その瞬間、中にいた料理人と目が合った。

 茶色の瞳がまじまじと窓越しに私を見下ろして、その目が大きく見開かれていく。

 まあ……ごきげんよう。けして怪しい者ではなくってよ。こう見えて、私はこの国の王女。けして盗もうとしていたわけではないわ。ただ見ていただけだから。信じて!

 

「お、王女殿下……!? このようなところで、何を!?」


 青年は見るからにオロオロとした様子で私を見下ろす。いきなり普段は目にすることのない私がいたら、当然驚くでしょうね。

 ここは澄ました顔をして、ただ通りかかっただけだと言えばいいのよ。


「そちらのパンを一つ、譲っていただけないかしら」


 ところが、考えていた言葉と全く違う言葉が口から出ていた。


(なんて正直な口なの!?)


 しかし言ってしまった言葉は口には戻らない。じわじわと嫌な汗が背中に滲んでいる気がする。

 料理人が困惑した顔を見せる。私を見て、恐る恐る私の背後に控えていた護衛騎士を見る。

 私もつられて振り返って護衛騎士を見た。二人の視線にさらされた護衛騎士は困ったように眉尻を下げた後、私の訴えかける視線に負けたのか渋々頷いた。

 やったわ! お許しが出たわ!

 偶然通りかかっただけだから、毒を入れられる要素なんて欠片もないものね。期待に満ちたキラキラと輝く目で料理人を見上げる。


「それでは、……どうぞ」


 恐れ多いと言わんばかりの態度ではあったけれど、恐る恐る焼きたてパンが差し出された。

 念願の! 焼きたてパンよ!


「ありがとう」


 両手で受け取ったパンはまだほんのりと温かい。いつもは小さくちぎって口に運ぶけれど、我慢できずに齧り付く。


(サクッと、フワッと! しているわ! しっかりバターの香りもして、これが焼きたてパン!)


 どんなご馳走よりも美味に感じられた。何個でも食べられてしまいそうよ。

 夢中になって頬張ってしまった。食べ終えて満足したところで、呆気に取られた顔で私を見ている料理人と目が合った。

 今更だけど、ちょっと恥ずかしくなってきた。


「とても美味しかったわ」


 どんな顔をしたらいいかわからなくて真顔で感想を言えば、料理人は目を三日月型にして笑った。


「ありがとうございます。そのパンを焼いたの、俺なんです」


 まあ! あなたがこの美味しいパンを!

 心底嬉しそうな表情を向けられて、不意に心臓がトクリと跳ねた。


(まさか、これが恋の始まりというものなの!?)


 心臓がドキドキする。

 この人に恋をしたら、この先ずっとこんな美味しいパンが食べられてしまうというの!?

 それはなんて魅惑的な……!


「今日帰ったら、王女殿下に褒めていただいたと妻に自慢します!」


 …………。

 そ、そう。既婚者でいらしたの。それは、ぜひ、奥様にもよろしくお伝えください。


(秒で失恋だなんて、恋をするのって難しいのね!?)


 なんだか無性に泣きたくなった。厨房を離れた後で、私の足は無意識にお兄様の部屋へと向かっていた。

 きっと、からかわれるとわかっているのだけど! このやるせなさを、とにかく聞いていただきたくて!



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