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3 お兄様を攻略せよ


 とりあえず魔族に遭遇したことは、ひとまず置いておきましょう。いま考えたところで情報が少なすぎる。


(それよりも、私の人生設計です)


 私が愛に生きるためには、まず攻略しなければならない人物がいる。

 お兄様である。

 成人の18歳まで生きられないかもしれないということで、私は16歳にもなって婚約者がいない。しかも引きこもり王女だった。

 とはいえ、このままずっと甘えるわけにはいかない。しかもこの先、元気になる可能性もあると気づいた今、私の結婚話も出てくることでしょう。


(だけど私は、恋をしてみたいの!)


 前世で死ぬほど(実際、死んだ……)頑張ったのよ。今世では生涯を共にする人くらい、自分で選ぶ権利があっても良いのではなくて?

 しかしながら、私は王女。

 穏やかな気候に恵まれた平和な国とはいえ、政略結婚というものはそれなりにある。私も健康な王女となれば、甘い父はともかくお兄様は冷静に判断されるはず。

 その為には、まずは私が愛に生きたい旨をご了承いただかなくては。

 ガラスの割れた部屋を片付けてもらい、身嗜みを整える頃には昼を過ぎていた。ちょっと小休憩をいれるにはちょうどいい時間。

 いざ行かん、お兄様の元へ!



 5歳年上の兄はすでに成人を迎えていることもあり、日々忙しなく公務に励まれている。忙しいなか大変申し訳ないと思いつつ先触れを出したところ、許可はあっさり出された。

 戦場に赴く気持ちで、護衛騎士を連れて指定された執務室へと向かう。

 扉の前にいる衛兵がすぐに私に気づき、執務室の扉をノックした。済ました顔をしているけれど、実は緊張で心臓が肌を破りそうなほどバクバクとうるさい。こんなの、毒煙を吐く身の丈が人間の10倍はある魔族を前にした時を思い出してしまうわ。


(大丈夫。お兄様は人間なのだから! いきなり喉笛を狙って来たりはしないわ。ちょっと意地悪を仰るだけよ)


「エアハルト殿下。トワイリリィ殿下がお見えになられました」

「入りなさい」


 衛兵の言葉に、中から許可が出される。お兄様の声は数日ぶりに聞きましたが、相変わらず美声でいらっしゃいますこと。幸い、仕事を邪魔したことを怒っているようではない。

 まあ、怒られたことなどないわけですが。意地悪は言われますけれど。

 覚悟を決めて一歩踏み込んだ。優雅に礼をしてみせる。


「引きこもりの妹が表に出てくるとは。珍しいこともあったものだな。なにかおねだりか?」


 私が挨拶をするより早く掛けられたのは、笑い混じりの意地悪な声。


(見透かされているわ!)


 ゆっくり顔を上げる。驚くほど整った顔の兄が、私より深い緑の瞳を細めて唇の端を吊り上げている。

 くっ。意地悪な顔だわ。だけど前世の私から見れば、兄は大変麗しい。切れ長の深い森色の瞳に、襟足まで伸びた銀髪。書類に向き合っていた手を止め、面白そうに僅かに小首を傾げて私を見る。

 そんな顔もお似合いですね。

 なんて見惚れている場合ではないのでした。私はこの兄から言質を勝ち取らねばならない。


「お兄様。私、お話したいことがあって参りました」


 顔を上げて顎を引く。

 じっと兄を見据えると私の覚悟を察したのか、片手間に相手をすることはやめたらしい。兄が立ち上がって、机の前に設置されている応接用らしきソファーを手で示した。

 促されるまま、向かいに座った兄に倣って自分も腰を下ろす。

 何も言われずとも、侍従がお茶を出してくれる。テーブルにティーセットを置かれたところで切り出した。


「お兄様。いままで私はとても愚かでした」

「確かに視界が狭いところはあったな」


 ティーカップを口に運びながら兄があっさりと頷く。

 なんて正直な兄なの! さっくり肯定されすぎて、本当に申し訳ありませんでした!となりかける。


「それで? 愚かだったと気づいて、どうした?」


 口では痛烈なことを言うが、兄の目は私の胸の内を探るかのよう。これでも傷つけ過ぎないギリギリの線を見極めて話してくれているのだとわかる。

 まあまあ心はザックリいってますけれども。事実だから仕方ないわ。


「自分の体に悲観してばかりいましたが、気づいたのです。生きているだけで素晴らしいのだと。今の私なら、なんでも出来てしまいそうだと!」

「それはさすがに過信だ」


 拳を握りしめて力説したら、兄は冷めた眼差しで却下した。

 はい、調子に乗って言い過ぎました。まだ体が治ったわけではありませんでした。

 バツが悪くなって、こほんと咳払いをする。改めて、「それでですね」と切り出す。


「これからは心を入れ替えて、出来ることから始めたいと思ったのです」

「なるほど。まずは軽い運動からか。いいんじゃないか?」

「いえ、そうではなくて……でも運動も大事ですね。やってみます」


 大きく頷くと、兄がちょっと目を細めて優しい顔をする。そういう表情をされるから、きついことを言われても愛されていることがわかって憎めないのだ。

 ほんわかした気持ちになりかける。けれど、私の本題はここからだった。

 緊張で汗ばみそうな手をギュッと握りしめる。自分の気持ちを告げるのなんて、魔族の首を百体まとめ切りするより簡単なことよ!

 いざ!


「運動もしますが、私は、恋をしてみたいと思うのです!」


 言った! 言ってやったわ!

 心臓がバックンバックンと鳴り響いている。兄にまで聞こえていないかと不安になるくらい。


「……恋を?」


 恐る恐る顔を上げると、兄が眉を顰めて私を見ていた。

 どうしよう。王女たるべき者が、なんて愚かなことをとお考えなのかしら。

 確かに国の税で食べさせてもらっている私は、義務を果たさなければならないことも理解している。所詮、前世の功労は前世の私のもの。今の私が成し得たことではない。


(だけどこれだけは、譲りたくないのです)


 前世の私の最後の願い。

 ひたすら戦い続けた私が望んだ、普通の女の子としての夢。

 兄に噛みついてでも、勝ち取りたい。

 ぐっと唇を噛み締めて兄を見据える。すると兄は難しい顔をしたまま、不意に身を屈めて私との距離を詰めた。


「つまりリリィは、好いた男が出来たと? どこの誰だ?」

「えっ」


 なぜでしょう。お兄様の目が据わっている気がするわ。こういう目、知っているわ。今にも人間を血祭りに上げる前の魔族かのよう。


(もしや、お兄様も魔族に操られて……!?)


 心臓が違う意味でバクバクと鳴り響き出した。だけど観察した限りでは、兄が操られている風ではない。正気だ。

 つまりこれは兄自身の意思である、と。なんだ、よかった。

 ……って、よくないわ!? なぜこんな不穏な空気になってしまっているの!


「リリィ?」


 優しくすら聞こえる声で促されているのに、背筋に冷たいものが伝う。


「あの、まだ、特定の方がいるわけではないのですが……?」


 やっぱり兄の許可なく、自由恋愛は認められないというの!?

 困ります。決められた相手と愛情を育むことも出来るかもしれませんが、前世の私が「違うそうじゃない」と首を横に振る。

 お互いに厳しい顔をしたまま兄と顔を突き合わせていたけれど、私の答えを聞いて兄は「なんだ」と背もたれに背を預けた。


「これから恋愛をしてみたいと? あの小さかったリリィが……感慨深いね」


 兄の殺気が消えている。返って来た言葉も思ったより寛大だった。


「立場的に誰でもいいというわけではないが……どんな男が好ましい?」

「えっ。好みですか?」


 私の婚活に協力してくださる気なの!?

 いきなり問われて目を丸く瞠った。


(好み? 好み……考えたことがなかったわ)


 今世では引きこもっていて、異性との接触はほぼなかったから参考にならない。

 ならば前世の私は?

 前世の私の生活圏は戦場で、周りは戦える男ばかりだった。屈強で勇敢な騎士。命を削って魔法を打ち出すこともあったから、細身が多かった魔法使い。

 つまり、たくましい男と我慢強い男と生活していたことになる。

 しかしながら私はそのどちらにも心揺れることはなかった。それどころじゃなかったから、というのもあるけれど、単に好みじゃなかったのかもしれない。


(ということは、その反対の方が好みなのかしら)


 周りにいた人達とは真逆の男性像を脳裏に浮かべてみればいいのよ!


「見た目は、中肉中背で……戦いが苦手で、我慢もできず、敵を前にしたら、私を捨てて即逃げ出すような人?」

「本当にそんな屑がいいのか?」


 眉を顰めつつ思いついた人を述べたら、兄がドン引きした目で私を見ていた。

 ち、違うんです! 自分で口にして思いましたが、これだけはありません。人として無理です!


「という人は、好きになれそうにありません」

「それはそうだろう」


 兄が心底ホッとした表情で息を吐き出す。

 はっ。気が緩んだ今ならば、希望が捩じ込みやすいかもしれないわ。


「お兄様。私、好きになる人は自分で選びたいのです。わがままだとはわかっています。でもどうしても、自分だけでやってみたいのです」


 私に合う男性を用意しようとする兄の気持ちはわかる。だけど、私が求めているのはそういうことではないのだ。

 前世でも、そして今世でも、はじめて自分でやってみたいと願ったこと。

 じっと切実さを滲ませて兄を見つめる。数秒見つめ合った後、先に動いたのは兄だった。

 深々と息を吐き出して、「仕方ないな」と肩を落とす。

 これってつまり!


(勝った!?)


 目を輝かせて兄を見つめれば、嫌そうな顔をしてまたもため息を吐かれた。そして不意に厳しい顔を作って向き直る。


「リリィが初めて自分からしたいと言ったことだ。しばらくは見守ろう」

「お兄様!」

「ただし、定期的に成果を報告をすること。危ない男にはついていかないように。屑も論外だ。あまり酷い相手は別れさせるからな」

「わかりました! 場合によっては、反対されるほどに燃え上がる恋というものも体験させていただけるのですね!」

「なぜそんなところに前向きになるんだ」


 拳を握った私を見て、兄が盛大に顔を顰める。しかし瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべる私が引かないと踏んだのか、ひとまず諦めたらしい。


「それにしても今までの悲観主義とは打って変わって、生まれ変わったみたいだな」

「!」


 お兄様、なんて鋭いの! もしや第三の目でもあるんです?


「え、ええ……私も、生まれ変わった気持ちで、心機一転、頑張ってみようか、と思いまして」


 目を泳がせないように気をつけつつ、しどろもどろに言い訳を捻り出す。

 けして嘘ではありません。いままでの私が消えたわけではありませんし。むしろ進化したのです。そう、人を食らって上級魔族になるのと似た感じです。魔族流に言うなら、グレードアップというものです。別に私は喰らわれたわけではありませんけれど!

 これ以上ここにいたら痛いことを突かれそう。欲しい言葉は勝ち取ったのだから、早々に退出しよう。さりげなく話を切り上げる。


「それではお兄様、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。お仕事、頑張られてくださいませ」


 お茶を飲み干して、優雅に一礼する。

 さあ、念願の恋愛に向けて頑張るわ!


「ところでリリィ。今朝、部屋の窓ガラスが急に割れたそうだな」

「!」


 そそくさと立ち去ろうとした背に、兄の声が刺さる。

 まさか今朝のことが兄の耳に入っていたなんて。もしや私は私が思っているより、遥かに過保護にされているのではなくて?

 出来るだけ不自然にならないように振り返り、笑顔を向ける。


「ええ、経年劣化です」


 私が魔法で割りました。とは言えない。

 すると兄が目を細めて私を見つめる。探るように。


「護衛騎士が確認したところ、何かが貫通したように見えたと報告を受けたが」

「!」


 なんて有能な護衛騎士なの!? さすがは王女の護衛を任されるだけあるわ。おかげであなたが守るべき王女たる私は背水の陣よ! 


「私が気づかなかっただけで、虫がすごい勢いで当たったのかもしれません」

「虫の死骸は見つからなかったそうだが」

「きっととっても硬いダイヤみたいな虫だったのです! 見つけたらお兄様に差し上げますわね」


 苦し紛れに言い訳を捻り出す。兄の目が怖い。

 数秒見つめ合った後、兄は小さく嘆息を吐き出した。


「リリィ、危ないことはしないように」

「もちろんです」


 最後にきっちり釘を刺されて冷や汗が出そうだった。

 もしややはり私が世間の思春期男子のように、窓ガラスに石を叩きつけて割ったと思われてるのかしら!?

 安心して、お兄様。私は馬を盗んでも乗れないから、走り出したくなったら馬車を使うわ。



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