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11 手段は選ばない主義


 ベッドに寝転がった状態で、夜遅くまで読み耽っていた本の最後のページをパタンと閉じた。

 ちなみにシーは読み耽って相手にしない私に呆れて、とっくに自分の寝床で丸くなって寝ている。おかげで感動を分かち合える相手がいなくて無念。

 ちなみに先日、シーを女人禁制の騎士宿舎に1泊合宿をさせたところ、死んだ魚みたいな目をして帰ってきた。毛艶は良くなっていたけど。

 シー曰く「むさ苦しい野朗共に撫で回されたり吸われたりする地獄だった……」とのこと。

 さすがにちょっとだけ可哀想なことをしたわ。

 今では女子寮から癒しを求められた時だけ貸し出している。そちらは嬉々として行くので現金なものだわ。今夜は出張はないので私の部屋で過ごしていたけど、主より先に寝るなんてふてぶてしい魔族である。

 しかし、今はそれすら微笑ましく見守れるほどに心が満たされていた。

 とにかく素晴らしい話だったのだ。


(これが、恋……!)


 天蓋を仰ぎ、読み終えた恋愛小説の物語を噛み締める。

 『王女の休日』というタイトルの、侍女エルザから借りた恋愛小説の内の1冊である。

 異国に親善交流に来た王女が詰め込まれたスケジュールに心身の限界を感じて、こっそり抜け出すところから物語は始まる。

 街の中で親切な平民の男性と出会い、買い物をしたり、流行りの食べ物を食べたり、観光をしたりと普通の女の子のように過ごす。

 たった1日だけど、淡い恋心を抱く二人……


(でも結局は、王女は自分の立場を思い出して泣く泣く彼とは別れてしまうのよね)


 平民の彼も彼女の立場を尊重して身を引く。お互いにあの日の思い出を胸に、別々の道を歩いていくのだ。

 なんて切なくも輝かしい。甘酸っぱい思いと仄かな苦さを残して物語は幕を閉じる。

 別れてしまうことは悲しいけれど、お互いを大切に思えるこの気持ち。ぜひとも体感してみたい。そして出来れば私はハッピーエンドを迎えたい。

 そんなわけで、明日やることは決まった。


(私も街に降りて、運命の出会いを果たしてみせる!)


 物語の王女に出会いがあったように、私にもそんな運命の出会いがあるかもしれない!

 しかもどうやらこの本の舞台は、我が国の首都を参考にしているらしい。エルザから、「物語の舞台となった場所を巡ることが愛好家の間では流行っているのです」と聞いている。

 これはぜひともやってみたい。二人が歩いた道を私も歩いてみたい。

 ただのファン心理である。

 近頃は使い魔となったシーに食事代わりに魔力を提供しているからか、魔力過多症による不調もちょっとは改善されてきて調子もいい。

 自分の住んでいる国を知るのも、王女として必要なことだと思う。

 そんな言い訳を考えながら、この日はぐっすり眠りについたのだった。



   *


「今日はエルザと二人で街に降りたいのだけど」

「なりません」


 翌朝、護衛騎士のクルトに告げたら即座に却下された。

 いつも通りの淡々とした表情で無碍もない。


「どうして? 体の調子も良いし、街の治安は良いと聞いているわ。エルザ達のような令嬢もよく街に行っていると言うのに」


 唇を引き結んで駄々を捏ねてみる。


「私だって、王女として普段の国と民の様子を知っておくべきだと思うの」


 もっともらしいことも口にしてみた。

 もちろんそれも本心だけど、本音は物語と同じ道を歩いてみたいだけである。あわよくば、そこで運命の出会いを果たしちゃったりしてみたい。

 

「王女であられるからこそ、ご自身の立場をお考えください」


 しかしながら、クルトが真面目な顔をして当たり前のことを言ってくる。くっ。正論すぎて返す言葉がない。

 だけど我が国の民は、国の気候と同じく穏やかで呑気だと知っているのよ。私がちょっとお忍びで街に降りたところで、気づいても「へ〜! 王女様!」くらいだと思うの。

 それに何か起きたとしても、今の私なら倒せると思うし……。

 不満に思っているのが伝わったのか、クルトが眉尻を下げた。


「殿下とエルザ、お二人で行かれるならば最低でも騎士団を一班は連れていっていただかねばなりません。今から通達して赴かれる場所を事前に調査した上で、警備配置の案を作り、予行演習を行ってからでしたら」

「そこまで大きな話にしたくはないの」


 聞いてるだけで辟易してくる。私まで眉尻を下げてしまった。

 クルトの言うことはもっともだけど、そんな大掛かりなことをしたくはないのよ。それでは観光ではなく視察じゃないの。遊びではなくて公務になってしまう!

 物語の足取りを辿りたいのに台無しである。本の中の王女のように、こっそりと街に溶け込みたいのに。

 私だって、露店を見てまわったり、幸せが訪れると言われる噴水にコインを投げ入れたり、お行儀悪く歩きながら流行りの食べ物を頬張ったりしたいだけなのに。

 騎士団を引き連れていたら、どれも出来ないじゃないの。


「身分を隠して、こっそり行きたいの」

「ですが殿下とエルザの二人をお守りするには、俺一人というわけには参りません。いざという時は、エルザを見捨てることになるのですよ」


 クルトは硬い表情で、その覚悟があるのかと問うてくる。

 なるほど?


「つまり私とクルト、二人きりならば問題ないということね? ならば二人で街に降りましょう」

「殿下と……俺と二人だけで、ですか」


 エルザには同好の士として道案内を頼みたかったけれど、物語に出てきたのは観光名所だから迷うこともないでしょう。

 うんうんと頷いている私の前でクルトは絶句している。エルザは目をまんまるく瞠って、両手で口元を押さえていた。

 なぜかちょっと感動しているように見えるけど、今の話に感動するところなんてあったかしら?

 クルトは微妙に困惑を浮かべている。クルト一人では私を守りきる自信がないのかしら。先日の剣の腕前を見た限りでは十分だと思う。いざとなれば私が守るつもりだし。

 首を傾げると、クルトが意を決した顔をして口を開いた。


「未婚の女性が未婚の男と二人で連れ立って歩くのは、あらぬ誤解を受けるかと」


 そうなの!?

 いままで引きこもっていたからまったく知らなかった。前世では野営先で雑魚寝をしていたくらいだし、私の前で水浴びをした裸体を焚き火で乾かしている姿もよく見ていたから、今の男女の距離感がよくわかっていなかったみたい。

 クルトがやけに思い詰めている表情をする。


「殿下が俺と仲睦まじい関係であると、周りに思われかねません」


 普段から一緒に歩いているから全く気にしたことがなかったのだけど、クルトがここまで深刻な顔をするなんて。


(よっぽど私との仲を誤解されるのは困るのね!?)


 クルトは王女付きの近衛騎士という立場で、しかも侯爵家の次男。さらに顔も地味に見えるけど整っていて精悍である。きっといろんな人から言い寄られているでしょう。

 よく考えたらモテる要素しかない。

 確か23歳になるクルトならば、今は相手を選んでいる最中なのかも。もしかしたら既に意中の人がいる可能性もある。

 大事な時に私との仲を誤解されたら嫌よね。

 とは言っても、私も腕の立つ頼れる相手はクルトしかいない。いままで引きこもって外に出なかったから、専属と呼べる騎士はクルトだけなのだ。

 けれど街に降りるのを諦める気もない。

 

「それなら変装しましょう。私だとわからなければ良いのでしょう?」

「そういう問題では」


 元々変装して、裕福な商家の娘を装うつもりでいた。だけどそれだけでは生ぬるいのだと気づいた。

 クルトの輝かしい未来のためにも、持てる伝手はすべて使いましょう!

 前世では、「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」と言っていた部下を結局、無事に帰してあげることができなかった。それが心残りとなっていて、せめて今世の部下の未来は守ってあげたいと思っている。


「お兄様から服を借りてくるから、ちょっと待っていて」

「はい!?」


 クルトがぎょっとして目を瞠る。

 「お待ちください!」と背中に声をかけられたけど、待つ時間が惜しい。兄の元へと早足に向かう。まだ朝早いから兄はきっとベッドの中。寝ぼけている状態ならば、私が何を頼んでも「好きにしていいから寝させてくれ」と投げやりに言うはず。

 完璧な作戦だわ。

 そして今の私の胸は成長の余地しかないから、男装してしまえば親戚の少年で押し通せると思うのよ!



 手段を選ぶあまり、肝心な『運命の出会いを果たす』という目的を、この時の私は完全に忘れていたのだった。


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