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幕間 吾輩は猫ではない


 私は上級魔族ケットシー。名前はシー。

 人語も操れる知能を持ち、普段は猫に似た愛くるしい姿で人間を惑わして、世の女性達から負の感情を摂取して生きている。

 私を撫でたり抱きしめたり吸ったりした人間たちは、私に負の感情を吸い取られて笑顔になる。むしろ私が大事な何かを吸い取られている気にすらなる。

 人間から見れば、私は人類に貢献している素晴らしい魔族と言える。


(別に人間を喜ばせたかったわけではないのだが……)


 結果としては、需要と供給のバランスの取れた関係だ。

 主人となったこの国の王女トワイリリィも、私の働きを認めて生かしておいているように思える。近頃では、リリィも私の背に顔を埋めて吸うぐらいである。全身モフられの刑に処されることも多々。

 悔しいことに、あの娘はなかなかテクニシャンだ。

 そういえば以前はチーベットスナギッツーネを使い魔にしていたと聞いたが、彼らもきっと同じ目に遭っていたに違いない。今は姿を見かけないが。


(ハッ、まさか処分されたのか!?)


 思い至って、ぞわりと全身の毛が総毛立つ。

 いやいや、まさか! 名前まで付けていたというのだから、そこまで非道はしないだろう。


(確か、タローとジローだったか?)


 そういえば500年前、魔王様を滅ぼした人間の女に与した魔族チーベットスナギッツーネの呼び名が、それと同じものだったと聞いたことがある気が……。

 チラリ、と夜の闇に包まれたベッドの中で寝入っている少女を見やる。

 我が主人ながら、謎の多い娘である。

 見た目は癖のない艶やかな銀髪にエメラルドの瞳。卵形の整った顔立ちに小さな唇。小柄なこともあり、可憐で繊細に見える。実際、体が弱いらしく彼女の周りには過保護が多い。

 が、中身は見た目に反して凶悪である。

 なんせ、魂に結びついている魔力が魔王と呼べるレベルだ。

 更に魔族を見れば、迷わず一撃で滅してしまう非情さと言ったら! 躊躇いのなさと反射神経の良さ、凍えるほどに冷たい瞳は、まるで。


(歴戦の戦士のようではないか)


 いま自分が生きているのは、ただ運が良かっただけだと感じる。

 それにしても、なぜ魔法が使えるのか。今となってはは魔法使いは激減している。城の奥深くで深層の王女として育てられていたはずの娘が、なぜここまで強い?

 だいたい、王女が魔の森深くに住むチーベットスナギッツーネとどうやって出会う機会があったと言うのか。


(まさかリリィの前世が、魔王様を倒した女だった……なんてな。そんな夢物語があってたまるか)


 きっと王族に献上された珍しい生き物の中にチーベッドスナギッツーネが混じっていたのだろう。だがここは魔の森に棲息するものには眩しすぎるから、隙をついて逃げだされたに違いない。

 彼らがいれば、私の苦労も半減すると思ったのだが……


(やれやれ。いないものは仕方ない)


 自分の寝床として用意された椅子の上の籠から飛び降りる。人目のないリリィの私室であるのをいいことに、とてとてと二足歩行でベッドに歩み寄った。


「また毛布を蹴っ飛ばして。風邪引くぞ」


 16歳にもなって、腹を出して寝るとは。手のかかる主人である。

 前足の爪に毛布を引っ掛けて、肩まで掛け直してやった。

 まるで介護だ。

 思わず遠い目になってしまう。こんな調子だから、一緒に寝たら蹴り出されそうだ。おかげでリリィからはなかなか栄養が摂取できない。

 まあ、この娘の悩みは婚活がうまくいかないことくらいなのだが……。


(久しぶりに食事にでも行くか)


 良質な負の感情が食べたい。

 普段も城の中を徘徊して女性達から可愛がられているが、ちょっと撫でられるぐらいでは満足感がない。

 リリィの負の感情は、カリカリしたものを食べているようなのだ。もっとねっとりと舌に絡みつく濃厚な液体的な感じが理想だ。

 どうせリリィはこの調子ならば朝まで目を覚さない。

 思い立ち、栄養を求めて部屋の扉に向かった。二足歩行の状態ならば、ドアノブだって簡単に開けられる。肉球でノブを挟んで回し、扉を前足で押せば外開きなので簡単に開く。

 いきなり開いたので、扉の前を守っていた衛兵はギョッとした顔をした。

 おっといけない。ここからは屈辱だが四足歩行だ。


(うん? 何か引っかかった?)


 その時、後ろ足に何かが絡まる不快さを覚えた。

 チラリと見たが、特に何も見当たらない。蜘蛛の巣でも張っていたのだろうか。


「コラ、勝手に出てくるなっ」


 後ろ足で不快な部分を蹴りたかったが、慌てた様子で衛兵が手を伸ばしてきたので、それどころじゃなくなった。手の合間を掻い潜って颯爽と逃げ出す。

 衛兵の役目は王女を守ることだ。がむしゃらに追いかけてくることはない。予想通り、あっさりと追跡は無くなった。離宮から簡単に抜け出てしまえる。

 ここからは自分の庭のようなもの。


(さて。今夜は誰にするか)


 侍女のエルザでもよかったが……出来るだけ仕事と人間関係に疲労していて、はしゃぎすぎることない穏やかな美女が理想だ。


(侍女長にするか)


 彼女ならこんな遅い時間でも、まだ起きているだろう。

 仕事に一途で独身を通している彼女は、普段はひっつめ髪に眼鏡で厳しい。だが仕事を終えて自室に戻れば眼鏡を外し、髪を解く。

 疲労を滲ませる姿は艶っぽい色気を纏う。そこには10代の娘にはない大人の女性の魅力がある。しかも急に訪れる私を見れば、密かに隠し持っていた猫餌用の干し肉の切れ端をくれる。なんとも気遣いに長けた、いい女だ。

 彼女の良さがわからないなんて、人間の男共はどうかしている。

 なんてことを呑気に考えていたのが悪かった。

 住み込みの侍女達が暮らす棟の裏口の取っ手を回すべく、立ち上がった。その瞬間。


「こんな夜更けに主の元を離れて散策ですか」

「!?」


 冷ややかな声。

 それとほぼ同時に、立ち上がった自分の首筋にいつの間にか押し当てられている銀色に輝く刃……


(刃!?)


 ギギギギ、と音がしそうな動きで頭だけ振り返った。

 見上げた先には、月明かりで逆光になっているけれど、見慣れた騎士の姿。


(リリィの護衛騎士ッ?)


 なぜ、こんなところに!


(こいつも侍女に夜這いに行くところだったのか!)


 と言いたいところだが、男は普段の騎士服ではなく、今にもベッドから飛び起きて出てきたかのようなラフな格好である。

 夜這いにきたにしては、ラフすぎるのでは?

 しかも今にも首を飛ばさんばかりに抜き身の剣を持っていることを考えると、夜這いとは考え難い。猟奇的な殺人鬼と言われた方がまだ理解できる。

 もしくは。

 怪しい動きをした敵を察知して、排除する為に急いでやって来たかのような……!

 じわじわと嫌な予感が背筋を這い上がってくる。


(そういえば、リリィの部屋から出る時に何か引っかかった)


 そろそろと視線だけを足下に向ける。

 目を凝らしてよく見れば、月明かりに反射して、魔力で紡がれたと思われる蜘蛛の糸の如き何かが足の毛に絡まっていた。


(これか!)


 待てよ。

 ということは、この魔力の糸の持ち主は……


「害はなさそうだから放置していましたが」


 私を見下ろすグレーの瞳だけが、やけに冷たく輝いて見える。

 まあ待て、話し合おう。って、こいつが魔法騎士だとしたら、ケットシーだとバレた途端に首を刎ねられるッ。

 だが待て。まだ間に合う。いままで四足歩行してきたし、今もドアノブを回すために二本足で立っただけ。普通の猫だってやるときはやることだ。

 つまり、今の私は猫も同じ!

 今から猫になる。だから貴様もよく考えるのだ。さっきから人語で話しかけてくるけど、相手はただの猫だぞ? 大丈夫か? 見よ、このつぶらな瞳の愛らしさ。ふかふかの触り心地の良さそうな身体。自慢の二本の尻尾!

 この可愛さを虐げるなどできまい!

 そして極め付けは、胸をくすぐる媚びる声。


「にゃあ」


 しばし護衛騎士と視線がぶつかり合う。

 ほら、側から見たら猫相手に剣を突きつけている騎士は頭がおかしいぞ!?

 立っている後ろ足がプルプルと震えて来た。二本足で立つのが辛いからではない。

 ただの恐怖だ。

 しかし、そのおかげで護衛騎士は私を猫だと認めたようだ。小さく嘆息を吐き出して、剣を引く。


(助かった!!!)


 私は猫作戦は完璧だった。長年、猫に擬態してきた甲斐があった。

 ホッと安堵して前足を地面につける。即座に、脱兎の如く四足歩行で全力疾走した。目指すはリリィのところである。

 こんな鬼畜を相手にするくらいなら、リリィの部屋に引きこもっていた方が安全だ!


「トワイリリィ殿下を傷つけることがあれば、命はないと思え。ケットシー」


 だから逃げ去る自分にかけられた護衛騎士の言葉は、できれば聞かなかったことにしたかった。

 とっくにバレてた!?




 翌朝、護衛騎士は何食わぬ顔をしていつも通りにやってきた。部屋の隅で威嚇する私を見ても、護衛騎士は何の感情も出さない。

 そして私は、リリィに護衛騎士が魔法騎士だと話をしたかったが、何も知らなそうなリリィにはとてもじゃないが言えなかった。奴が実は魔法騎士だなんてバラしたら、今度こそ私の頭が体とさよならしそうな予感がして。

 触らぬ神に祟りなし、である。

 お互いに適度な距離を保って、うまくやろう。きっとこれは暗黙の了解だ。


「トワイリリィ殿下。昨晩、猫を侍女の棟近くで見かけたのですが」


 と思っていたら、護衛騎士にあっさり裏切られた。

 貴様、私は黙っていてやってるのに!

 全身を総毛立たせた私を見て、リリィがため息を吐く。


「どうりで昨夜いなくなったと思ったら」


 こっちもこっちで、私の気配に気づいていた、だと!?

 リリィは私を問答無用で捕まえた。緑の瞳がじっと私を見据える。


「そんなに人恋しいなら、今夜は女人禁制の騎士宿舎に泊めさせてあげるわ。福利厚生、頑張ってきなさい」


 地獄の如き刑を言い渡されたのだった。



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