表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

10 汝、丸洗いの刑に処す


 手を離したら逃げ出すかと思った猫型魔族ケットシーことシーは、想像よりあっさりと私に付いてきた。

 足元に擦り寄って、とっとこと身軽に歩いていく。たぶん王女の部屋というものに興味を引かれたのではないかしら。ふかふかのベッドで眠れることに目が眩んだと見える。さすがは魔族、欲望に忠実ね。

 対して、シーを飼うと宣言したら、護衛騎士のクルトは顔を顰めた。


「本当に飼われる気ですか。同じ部屋で生活されるなど、お身体に障ります」

「大丈夫よ。ちゃんと丸洗いするから。ね?」


 洗われると聞いたシーがギョッとした顔で私を見上げてきた。

 どうやら猫と同じく、洗われるのは苦手らしい。しかし笑顔で念押しすると、2本の尻尾が大きく膨らむ。

 そんなシーの姿をクルトのグレーの瞳がじっと見据える。目が冷ややかに見えるのは気のせいかしら。よほど猫が嫌いなの?

 クルトはしばらくまったく感情の読めない顔をしていだけれど、小さく嘆息を吐き出した。


「殿下に害があるようならば、すぐに追い出しますからね」

「わかったわ」


 なんとなくシーに言っているように見えたけど、まさか猫に話しかけるわけがないわ。

 これで私は貴重な情報網を手に入れたのだ!



 さっそく自室に戻るなり、シーと向かい合う。

 尚、クルトはいつも通り部屋を出てすぐの扉の横に待機。侍女のエルザはシーを見て良い顔はしなかったけど、早々にシーを洗う準備をしに出て行った。

 一人と一匹だけの、今がチャンスよ!


「まずは聞きたいことがあるわ。なぜ魔族が悠々と人の国を歩き回っているの?」


 まさか魔王が復活して、魔族が活性化しているというの? それとも今まで気づかなかっただけで、これが今の当たり前なの?

 いままで引きこもりだったし、前世の記憶は500年前のもの。まったく参考にならない。

 シーの琥珀の瞳を見据える。


「何を今更。500年前に魔王様が人間の女に滅ぼされてから魔族は激減したとはいえ、いなくなったわけではない。昨今は野良魔族が人間の国に混じって生きているのはよく見られる風景だ」

「野良魔族って何!?」


 野良猫みたいに言ってくれるけど、大変なことじゃない!?

 

「野良魔族は野良魔族だ。大抵の魔族は人のいない場所でひっそり暮らしているが、たまに貧困生活に我慢できずに出てくる奴がいる」

「魔族にも貧困ってあるの!?」

「悪意に飢えすぎて消えていく奴は多いぞ」

「ご飯が悪意なの!? ……そういえば、魔族の栄養分は負の感情だったわ」


 魔族は実体があるとはいえ、本来は精神寄りの存在である。だから基本的な食事は生き物の負の感情であり、死ぬ時も形を残さない。

 だから争いが起これば魔族は活性化するし、戦争で国が貧しくなって人々が貧困に陥れば、更に力を付けていく……という悪循環になる。前世でもそうだった。

 だけど今は魔族が貧困に喘いでいるというなら、人間にとっては良い傾向ではないかしら。私の未来は明るいわ!


「シーも家出してきた一匹、ということ?」

「失礼な! 私は私の力を人間達にわからせてやるべく、この国にきている!」

「それで城に入り込んで、女官に可愛がられたり、下女にご飯をねだったり、侍女のベッドに潜り込んだりしてきた、と言うのね」

「趣味と実益を兼ねた天職だと思っている」


 二本足で立った大きな猫が、白いふわふわした毛に覆われた胸を張りながら自慢にならないことを自慢している。

 ……やはり始末しておくべきだったかもしれない。

 冷ややかな目を向けたのに気づいたのか、シーが「動物虐待反対!」と両手を上げた。

 悔しいけど、ちょっと可愛いから今は許すわ。さすがケットシー、人間を懐柔するのが上手い。

 それはそれとして、一つだけ確認しておかなければ。


「魔王が復活して魔族が活性化している、というわけではないのね?」

「魔王様は……あれは復活とは言い難い」


 シーが顎にふかふかの手を添えながら首を捻る。

 可愛い姿に流されそうになったけど、今とんでもないこと言わなかった!?


「復活したの!?」


 あれだけの犠牲を払って倒した相手が!

 無意識に握りしめた掌に嫌な汗が滲む。思わずシーに飛びついて両肩…肩?を掴んで揺さぶれば、「待て待て落ち着けっ」と慌てられた。


「確かに二十年ほど前に魔王様の魂に似たオーラは感じたが、魔族を率いるほどの力は何も感じられなかった! 一部の魔族はそれでも探しているようだが、微弱すぎて魔王様にはなりえない。まるで人間のようだった」


(それって人間として生まれ変わっている、ということ?)


 どんな顔をすれば良いかわからない。

 ただの人間ならば脅威にならない。それなら放っておいても害はなさそうだけど。


(そう簡単に魔王として蘇れないように倒したはずだから……)


 ここは前世の自分を信じるしかない。私は頑張った!!!

 とりあえずすぐに出来ることは何もなさそうなので、一旦は胸に留めておくだけにする。

 しかしいくら使い魔契約を交わしたとはいえ、黙秘権はある。前世の使い魔だったチーベットスナギッツーネも言いたくないことは言わなかった。

 だけど、シーはあっさりと色々と暴露してくれた。これって大丈夫なのかしら。


「ところで、魔族の内部事情をあっさり私に話してしまっていいのかしら?」

「もっと私を侮ってもらおうか。私は脅されればなんでも話す男」


 胸を張って言われたけど、それって場合によっては私を裏切って、相手に情報を渡すということではなくて?


「どうやらあなたとはここでお別れしておいた方がいいかもしれないわ」

「待て待て待て! 言い方が悪かった! 私は状況によって柔軟に対応できる男!」


 同じ意味である。どうしよう。まったく信用ができない。

 でも命の保証はすると約束してしまった手前、反故にも出来ない。

 はあ、とため息が口から零れ落ちる。ひとまず保留にしておきましょう。今後の働きを見て考える、ということで。


「魔族側の事情はひとまず理解したわ。ここからは、これからあなたにしてほしいことを言うわ」


 じっと緑の瞳でシーを見つめる。シーは緊張しているのか、コクリと喉を嚥下させた。


「重大な任務よ。素敵な男性を見つけたら、私に報告なさい」

「……は? そんなことでいいのか?」


 シーが絶句する。だが、そんなこと呼ばわりは聞き捨てならない。既に私がどれだけ苦労していると思っているの!?


「婚活を舐めないで欲しいわ。こっちは人生が掛かってるの」

「はあ……よくわからないが、極上の男なら一人知っているぞ」

「なんですって!?」


 実のところさほど期待していなかったのだけど、早々に情報を寄越されて息を飲んだ。

 この魔族、使える子なのでは!?


「少々リリィより年が離れているが」

「年上なら包容力のある余裕をもった男性、ということね? 悪くないわ。既婚者ではないわよね?」


 前は既婚であることが引っ掛かった。恋をする前に玉砕は二度とごめんよ。


「妻とは死別していると聞いている」

「死別……」


 それはどうなのでしょう。添い遂げると誓った人を亡くしたのなら、今も忘れられないのではない?

 眉尻を下げて微妙な顔をした私に気づいたのか、シーが目を細めて唇を吊り上げる。とても悪い顔だ。


「その分、精力的に仕事に打ち込んできて、地位はあるし金もたっぷり持っている。顔も、人間の中では優秀な部類だ」


 さすが魔族。目の付け所が違う!

 生憎と私は財力にこだわってはいないけれど、妻を亡くした痛みを誤魔化したくて、真面目にコツコツ仕事に向き合ってきた誠実さと愛情深さには心打たれるものがある。

 そんな人の心に私が入り込めるかどうかは自信ないけれど、後学のために会っておきたい気持ちが湧いた。

 けして地位とお金と顔に目が眩んだわけではないのよ!


「なんなら今からそいつの元に案内してやっても良いが」

「よろしくお願いします!」


 とりあえず、ちょっと会うだけ! 会うだけなら問題ないでしょう!?

 いそいそと立ち上がる。シーに先導されるまま、意気揚々と部屋から出た。


「トワイリリィ殿下、今度はどちらへ?」


 そして部屋から出れば当然、クルトに問いかけられる。

 ちょっと地位とお金を持っている顔がいい年上男性を拝みに!

 ……なんて言えるわけもなく、「ちょっとシーとお散歩に」と言葉を濁す。

 クルトはチラリと私の足元にいるシーを見てから、「了解しました」と頷いた。シーを見る目が氷柱のように鋭く見えたのは気のせいかしらっ。

 だけどここで怯んではいられない。私の楽しい恋愛ライフのためには、今はシーだけが頼りなのだ。

 クルトの視線には気づかなかったフリをして、シーに案内されるままについて行く。

 しかし、なぜでしょう。どんどん城の奥深くに入り込んでいくわ。空気がどんどん緊張を孕んだものへと変わっていく。行き交う人々は忙しなくなり、時には重鎮と呼ばれる顔と行き違う。

 嫌な予感を覚えつつ辿り着いた場所。


「宰相室……?」


 もう入る前から嫌な予感しかしない。

 部屋の扉が近くなったところで慌てて蹲み込み、シーの首根っこを捕まえる。


「だめよ、シー。ここは皆が忙しく働いているところなの」


 言い聞かせる形で話しかけてから、声を潜めて早口でシーの耳に声を吹き込む。


「紹介したい相手って、まさか宰相なの!?」


 私を見上げた琥珀の瞳が「そうだが?」と言っている。

 確かに、仕事に真面目で地位もあって、お金もあって、顔もいいことは認めるわ。ただし!

 その時、宰相室の扉が開かれた。中から人が出てくる。


「おや、トワイリリィ殿下? このような場所まで散策でいらっしゃいますか。お元気そうで何よりです」


 豊かな白髭を蓄えた細面の男性が、目を三日月型に細めて私を見る。

 まるで孫でも見るような目で。

 確かに、かつては顔はかっこよかったと思うけどっ。今も名残りはあるけど、全盛期は40年ほど前の話ではなくて!?


 なんせこの宰相は、御年66歳!!


 年齢差がちょっとどころではなかった。魔族の物差しで年齢差を考えないでほしい。


(もう二度と魔族の言うことなんて信じないんだから!)


 自室に戻ったら、シーは全身丸洗いの刑に処す。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ