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9 ごきげんよう魔族

※猫は無事です


 結局、訓練場まで足を伸ばしたのに成果はなかった……。


(恋をするのって、簡単ではないのね)


 部屋へと帰るために庭を横切りながら、深いため息が落ちていく。

 以前、侍女達が読んでいた恋物語では、一頁目から運命の人に出会っていたりするのに。現実は厳しい。

 どこかに素晴らしい体つきの男性が都合よく落ちていたりしないかしら。

 諦め悪く周囲に視線を巡らせる。視界に入るのは咲き誇る花と整えられた緑。そして慣れた足取りで城内を散歩している黒い猫。立派な2本の尻尾を振りながら、今日も元気にねずみ取りを……


(って、尻尾が2本もある猫は猫じゃないわ!?)


 魔族よ!

 瞬時に掌に魔力を集めかけて、ふと思い出す。今の私は一人ではなかった。

 ぐるりと振り返れば、護衛騎士のクルトの姿がある。いきなり振り返った私を見て、クルトは何でしょう? と目で問いかけてきた。


「ええと、その、ね」


 ここで魔法を使う姿を見られるのはまずい。

 私は今世では争い事に関わらず、楽しく普通の人生を送ると決めているのよ。有事の際ならば仕方ないけれど、平和な現状では今や希少となった魔法使いであると知られるのは面倒しかない。極力、普通の女の子として生きたいのだ。

 が、それはそれとして城内を魔族が闊歩しているのはいただけない。

 私の人生の邪魔をされる前になんとかしなくては!


「そこに猫がいるの。遊びたいから、クルトは厨房に行って猫が喜びそうなおやつを貰ってきてくれる?」


 なんとかクルトをこの場から引き離す!


「殿下のお側を離れるわけには参りません」


 しかしクルトはチラリと猫型魔族に目を向けてから、生真面目な顔で断ってきた。

 もっと怠惰に仕事してくれればいいのよ……!

 しかし負けてはいられない。こんな時は王女の秘技を見せるしかない。


「城内で危険なんてないから大丈夫よ。ほら、はやくお願いね。猫が逃げてしまうわっ」


 必殺! 王女のワガママ!

 唇を尖らせて、逃げたら恨むんだから、と視線で訴える。実際、ここであの魔族を逃すわけにはいかないから必死である。

 クルトはもう一度、猫に目を向けて厳しい顔をする。だけど睨まんばかりの目力を込めてクルトを見上げる私を見て、小さく嘆息を吐き出した。


「俺がいない間に危ないことはなさらないでくださいね。絶対に」

「もちろんよ!」


 むしろ危ない目に遭うのは魔族の方よ。安心して。

 にっこり微笑めば、クルトは口を引き結んだものの身を翻して厨房へと足を向ける。走ることなく早足なだけなのに、あっという間に姿が遠くなる。

 その姿を見送ってから、猫型魔族へと向き直った。魔族は悠々と歩いて建物の角を曲がっていった。逃すわけにはいかない。


(両足、魔力強化)


 足先へと魔力を行き渡らせる。魔力を使うと呼吸がかなり楽になる。やっぱり私の体調不良は魔力過多症だと思うのよ。

 ならば平生から魔力で体を強化すればいい話だけど、当然ながら力にはデメリットがある。

 この身体強化、いつも鍛えている人ならば都合の良い魔法だけど、今の私には過ぎた力なのである。だから。


(明日は筋肉痛になってしまうわねっ)


 起き上がれる気がしない。身体そのものが頑丈になったわけではないのだから、当然の結果だ。でも今だけは仕方ない。

 足に力を入れて地面を蹴った。猫型魔族まで、距離約50m。

 誰もいないのを良いことに花壇を飛び越えて数秒で駆け抜けた。魔族が曲がった建物の角を速度を落とさず曲がる。


(間に合った!)


 人気が無くて気が緩んでいたのか、目の前には二本足で立つ大型の猫。

 私の登場に驚いて、即座に四足歩行に戻ろうとしたがもう遅い。指先まで魔力を行き渡らせると、魔族の首根っこを捕まえた。


「動くな。少しでもおかしな動きをしたら、始末します」


 声を低め、反射的に脅し文句を耳元に囁いた。


(これって、悪役のセリフっぽくない?)


 とは思ったものの、取り繕う余裕はない。首根っこを捕まえたまま、大きく目を瞠った猫型魔族に冷えた眼差しを向ける。


「ケットシーね?」


 それは二足歩行する猫型魔族の名称。

 可愛い見た目に騙されがちだが人語を介する知能を有し、これでも上級魔族に分類される。

 人を誑かすことに喜びを見出す、邪悪な種族だ。


(あなたたちのことは、よく覚えているわ)


 個々の戦闘力は高くない。だが猫好きな魔法使いと騎士達が「俺には……っ、俺達にはあの生き物は殺せない!」とよく打ちひしがれていた。「だって可愛いから」と陥落されて、心だけでなく自分たちの食糧までも奪われていたというのに。

 思い出すだけで憎き敵! 食べ物の恨みは恐ろしいのよ!

 捕まったケットシーは怯えたように大きな瞳をうるうると輝かせる。おかげで猫を虐待してる気持ちにさせられる。抵抗する様子もないし。

 昔を思い出して熱くなってしまったけど……もしや、本当に猫だったりしたかしら!?


「違うにゃ」

「有罪」


 それで騙されるとでも!? 喋れる猫がいるとでも思って!?

 500年経って、私の魔族感知能力が誤作動してしまったかと思ったけど、そんなことはなかった。

 やはり始末すべき。


「待て待て待て!」


 手に魔力を漲らせたところで、ケットシーが焦った声を出す。


「私は何も人間に悪いことなどしていない! 日々忙しない女官に癒しとして可憐な指先で撫でさせたり、厨房の肉感的な熟女に食事をご馳走になったり、侍女のベッドで添い寝を願われるのに応えているだけだ」


 ケットシーが真顔で弁明してくる。


「それはつまり、日々城内の女性を誑かしているということではなくて?」

「癒しを求める女性への福利厚生だ。天職だと思っている」


 自信満々に言われると、一理ある。

 そしてどうでもいいけどこのケットシー、声がかっこいい。お兄様より低くて、ベルベットのような質感が感じられる。見た目は猫なのに。

 おかげでちょっとだけ情けが湧いた。さすがはケットシー。人間を誑かすのが上手いわっ。


(それはそれとして、そういうことならこのケットシーは利用できるわ)


 城内の女性と触れ合っているのならば、それだけ色々な話を見聞きしているということ。普段なら私の耳にしない話も聞けて、猫の姿ならば街の様子などの偵察にも使える。

 なぜ魔族が堂々と闊歩しているかも聞けるし、生かして傍におく方が得と言える。

 ふと、自然にそう考える自分に気づいた。思わず苦笑いしてしまう。

 嫌だわ。まだこんな殺伐とした考え方が抜けないなんて。

 ここは素敵な男性の情報も持ってきてくれそう、と考えた方がいいわ。

 

「そういうことなら、わかったわ。だけど野放しにするわけにもいかないの。私と契約しましょう」

「人間風情が、私と契約だと?」


 妥協案を提示したのに、ケットシーがクワッと口を開く。


「おまえの狙いはわかっている」


 鋭い眼差しが私を射抜いた。

 まさか、素敵な男性情報を求める私の狙いに気づいたというの!?


「おまえも私の体が目当てなのだろう! 私の胸に顔を埋めてスーハーするつもりだな!? いかがわしい本みたいに!」


 黒い体の中で、胸だけ白いふさふさの毛に覆われた部分を両手で隠される。

 ……ケットシー界のいかがわしい本って、そういう感じなの?

 無意識に死んだ魚みたいな目を向けてしまう。


「やっぱりここで死んでもらおうかしら」

「なんでもいうことをききます。お嬢様」


 私の本気が伝わったのか、ケットシーはあっさりと掌を返した。即座に下僕宣言をしてくれる。

 魔族相手なら言質さえ取れば、契約は成立と言える。契約した以上、魔族は逆らえない。


「お嬢様ではなく、王女様よ。リリィ様と呼んでくれていいわ」

「様付け!?」

「当然でしょう」


 なんだか不安になるタイプの魔族を使い魔にしてしまった気がするけれど、仕方がないわ。使役することで常時微力な魔力を使うことになるから、体調は改善されていくかもしれない。そう思えば、悪くはない。

 ケットシーの顔を覗き込んで、改めて笑顔で挨拶をする。


「これからよろしくね。猫」

「そこは名前じゃないのか」

「あなたの名前を知らないもの。勝手につけていいの? 前の使い魔はイチローとジローだったから、サブローにする?」

「私は、シーだ! 変な名前をつけるな」


 尻尾で地面を叩きながら怒られてしまった。良い名前だと思ったのに。残念だわ。


(それより素晴らしい体の持ち主ではあるけど、人間ではなく魔族を拾ってしまうなんて……)


 私の人生、コレジャナイ感が半端ないわ。違うのよ。求めているのはこういう感じじゃないのよ。

 はあ、とため息を吐いたところで私たちの間に影が差した。


「トワイリリィ殿下?」

「!」


 呼びかけられて、慌てて振り返る。そこには干し肉の欠片を持ったクルトが立っていた。

 そうだった。クルトに猫のおやつを頼んでいたのだったわ!

 クルトは私と、首根っこを掴まれて二本足立ちしているシーの姿を視界に捉えて、眉根を寄せる。


「そういう遊びは、いかがなものかと」


 違うのよっ。元々シーは二足歩行する生き物なのよ! いじめていたわけじゃない……わけでもないけど、とにかく違うのよ!

 なんて言えるわけもない。


「……はい」


 大人しく手を離した私を見上げて、四足歩行になったシーはざまあみろと言わんばかりに「にゃあ」と鳴いた。



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