#11 秋葉原にやってきた
彰人たちはショップボックスを求めて、秋葉原に足を運ぶことにした。
暖乃の話によると、『通りすがりの女性』とは、秋葉原で出会ったらしい。つまり、その女性は、秋葉原周辺に拠点を置いている可能性があるということ。もちろん、彼女がずっと秋葉原に留まっている保証はないので、過度な期待はしない。
道中でモンスターを倒しつつ、彰人たちは秋葉原に到着。
その道すがら、衣類や食料を手に入れた。無料で高級スーツとブランド腕時計を着用できるのは、この無法な世界ならではのメリットだろう。
周辺に人がいる証拠なのか、どこの店にも荒らされたような痕跡があり、商品の在庫が少なかった。そのせいで、何件か店を回ることになった。
他の生存者の気配があることに、彰人と美千代は安心感を覚えたが、暖乃はそうではなかった。二人に同調して明るく振る舞っていたが、どこか不満そうだった。彰人はそんな彼女の様子に気づいたが、何も訊きはしなかった。
根が善良なのだろう、『通りすがりの女性』のことを、暖乃は疑ってなかった。それゆえ、その女性に裏切られたという事実には堪えるものがあったのかもしれない。そして、それをまだ、根に持っているのかもしれない。
この世界は混乱に陥っていて、今や無法化している。人の悪事を縛るための行政機関はその機能を止め、窃盗、強姦、殺人、どんな犯罪を犯したところで、それを咎める者はいなくなった。
より多くの生存者たちとの協力が、生き残る確率を向上させる。……だが、実際どうなんだろうか? スキルという超常的な力を手にした人々は、それを悪用するのではないか? 他の生存者たちに危害を加えるのではないか? 生存者を発見したいと思いながらも、彰人はこれらの点について懐疑的だった。
暖乃のように、簡単に他人を信用するべきではない。この世界は、以前のものとは違う。平穏な日常は終わった。そして始まったのが、死と隣り合わせの毎日だ。自らが生き残るためには、手段を選んでられない。他人を蹴落としてでも、生き延びる。そんな殺伐とした世界に今、自分たちは生きている。
「ふんっ!」
頭の片隅でそんなことを考えながら、彰人は金属バットを振り抜いた。ヒュンと風を切る音がとても心地良い。包丁よりも使い勝手が良いし、リーチがある。身近にある武器として、これほど最適なものはない。
このバットは、スポーツ用品店で入手したものだが、これが存外モンスターとの戦闘に役立った。暖乃が所有している銃器を使えるのに越したことはないのだが、そこは職業特権というやつで、彼女にしか扱えないらしい。ためしに、彰人が引き金をひいてみたが、弾はでなかった。
ショップボックスを使えば、対モンスター戦を想定した強力な武器が手に入るらしい。それまでは、このバットを武器に戦うことになる。
美千代にもバットを持たせているが、接近戦はどうも苦手なようで、戦闘では【ファイヤバレット】に頼りきりだった。SPに依存している以上、やはり継戦力に欠けている。自分の身を守るためにも、接近戦に慣れてほしいと彰人は強く望んでいるが、それをハッキリと本人に伝えられていない。……本当は、言う必要がないと思ってるからだろうか? 彰人にも理由は分からない。
《タスク①を達成しました》
《勤労ポイントを200獲得しました》
視界の隅に表示されるメッセージ。どうやら、『①雇用主と会話する(5000文字)』のタスクが完了したらしい。とくに意識したわけでもないので、あまり達成感はなかった。
……勤労ポイントを200獲得し、再び【ファイヤバレット】を使用できるようになったわけだが、なるべく使わないようにしよう。撃っていいのは、レベル差のある相手に対してだけ。バットで対処できるような敵にはスキルは使わない。節約、というやつだ。
「ねぇ、どこ行こっか?」
「ひとまず、駅周辺を探索してみましょう」
「おっけー」
秋葉原電気街の中央通りは、不気味なほどに静かだった。人はもちろん、モンスターの気配もない。サブカルな街並みはそのままに、ただ静寂が漂っている。時が止まっているようだった。
「わぁ……すっごい……」
せわしなく視線を巡らせる美千代の目は、キラキラ輝いている。秋葉原を訪れたのはこれが初めてのようだ。彰人たちが住んでいたアパートから秋葉原まであまり距離はないのだが、美千代が滅多に外に出ないことを考えると、この新鮮なリアクションもそこまで不自然ではない。
「くれぐれも警戒を怠らないように」
「あっ……すみません……」
観光目的で来たわけではないので、釘を刺しておく。
いつ何が起こるか分からない。気を張らなければ。
しばらく中央通りを歩いていると、暖乃が立ち止まる。
「誰かいるっぽい」
「モンスターですか?」
「ううん」
第三者の存在を一早く察知した暖乃だったが、他二人はまだその存在に気がついていない。暖乃の職業『ソルジャー』の職業特性に【気配察知】というものがある。これが発動したおかげで、二人よりも先に感知することができた。
「オジサン、伏せて!」
とっさの警告に、彰人は対応できなかった。
正面から急速に接近してきた氷塊が、呆然とする彰人の肩を打つ。「ぐぁぁっ!」直撃した部分の肉をえぐり取ると、そのまま進行方向へと消えていく。血が噴き出すかと思って、肩を押さえたが、出血はなかった。正確には、凝固していた。損傷部位が、凍っていたのだ。
「ふ、付近の建物に入りましょう! 急いで!」
痛みと混乱に頭を埋め尽くされながらも、冷静に、彰人は然るべき判断を下す。3人は近くの雑居ビルの最上階に避難した。そこは、メイド喫茶になっており、ピンク色の家具といいレモン色に塗装された壁といい、蛍光色にまみれていた。彰人は、これまた目が痛くなりそうなピンク色のカーテンを少し開け、外を見た。
ここからおよそ100メートル前方の地点に、SUV(スポーツ用多目的車)が停車してあるのを発見。そのまま観察していると、中から2人の男が出てきた。両者とも、左腕に“ドラゴンの刺青”が彫られている。どこで手に入れたのか、一人は“マチェット(鉈)”を、もう一人は“クロスボウ”を装備していた。くわえて、警察署から盗んだであろう防刃ベストを身に着けている。完全装備だ。
……さすがに堅気じゃないよな。あれは。
考えるまでもなく、あの男たちが危険人物であると結論。そして、さっきの攻撃が彼らの仕業であると彰人は関連付けた。なぜ危害を加えたのか? そんな行為のどこにメリットがあるのか? その答えは、彰人の中では限られていた。おそらく彼らの目的は……。
「どうする? オジサン」
「やり過ごしましょう」
彰人以外の、二人だ。奴らは、若い女性を狙っている。
二人を攫った後、何をするかは考えたくもない。
……単なる決めつけかもしれないが、そう考えるのが自然だ。男の自分は邪魔になるだけなので、真っ先に排除しようとしたのだ。
「しまった」
彰人が息を呑んだ。男の一人と、目が合ってしまった。男は、マチェットの刃先を、3人のいる方向に突き付けると、不敵な笑みを浮かべた。それから隣の男に声をかけ、それでもう一人のほうも3人の存在に気がついた。こちらに向かってくる。
「こっち来てない? ねぇ、こっち来てるよね……?」
「ひ、ひぇぇ……」
どうする?
相手は男二人だ。争いになったら、こちらに勝ち目はない。
のんちゃんが強いからといって、建物の中だとさすがに厳しい。
こんなことなら、不意を打つべきだった。
気づかれる前に、狙撃して……。
いや、馬鹿か私は。女の子に人殺しさせてどうする?
汚れ役は、大人がやるべきだ。二人を守るのは、私の役目だ。
でも、なるべく穏便に済まそう。さすがに殺人はいけない。
だが、不意を突かれたらどうする?
自分がどう思うかは勝手だ。相手は、私を殺す気でいる。
やるべき、なのか? 彼らを手にかけるべきなのか?
この命は……私一人のものではない。雇用主である引籠さんのものでもある。私が死ねば、彼女も死ぬ。一蓮托生にあるんだ。私が犠牲になることで、二人を守れたとしても、引籠さんは命を落としてしまう。
ああ、くそ。一体どうすればいいんだ?
私は、彼らを殺すべきなのか?
そもそも戦ったとして、勝てるのか?
秋葉原周辺にモンスターの気配がないのは、彼らが“全部狩り尽くした”からではないのか? もしそうだとしたら、レベル差は著しいぞ。少なくとも、私一人で太刀打ちできる相手ではない。3人で協力しない限り、奴らには……。
この際、仕方ないか。
難局を切り抜けるには、二人の力が必要だ。
「私に、考えがあります」




