表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
匂い立つは黄金の薔薇~花園の令嬢と最後の庭師~  作者: つるよしの
第二章 こころ からだ ともに彷徨う
14/31

第13話 永久独立国オリアナ

 オリアナ国。

 フィルデルガー王国の西側に位置する、堅牢な城壁に囲まれたオリアナ市を中心とする国家である。規模からいえば、その領土、人口ともにフィルデルガー王国や他の大陸の各諸国の十分の一にも満たず、また卓越した軍事力も持たぬちいさな国家にすぎない。

 

 にもかかわらず、この国は有史以来、常に独立を保ってきた由緒ある国として知られている。その秘密は、オリアナ国の南にそびえ立つ鉱山にあった。それは、この世界に住むものなら誰しもが有している魔晶石を、世界で唯一産出する鉱山なのである。

 

 すべての人間が欲する魔晶石は、すべてこのオリアナにある山から産まれ、諸国に輸出されて、はじめて人の手に渡る。その貿易による利益は莫大なものであり、古来からオリアナに莫大な富を与え、繁栄を支えてきた。しかし、その稀少価値ゆえ、古い時代にはこの国を巡っての諸国の争いが絶えず、そのたびに魔晶石の採掘は滞り、世界中の人間を危機に陥れた。

 

 そこで諸国はこのオリアナを、恒久的な独立国家として認める代わりに、政治的、また軍事的に中立を保つ条約を設けた。そこでは、魔晶石の安定した産出が、オリアナの独立国家としての必須条件とされている。それによってはじめて、世界における魔晶石の滞りのない供給が実現し、現在に至っているのである。

 いわばオリアナの存在は、世界の礎であると言い換えても良かった。


 そのようなわけでオリアナは世界一の富裕国であるのだが、同時に、その中立性から、古くから国を追われた要人などが真っ先に亡命する国家としても有名だ。

 また、その副産物として、そうした要人たちを介してもたらされた芸術文化の成熟ぶりも極めて高い。オリアナは、絵画や音楽、そして園芸に至るまで、あらゆる文化が花開く国家としても有名なのだった。


 

「あれが世界に名高いオリアナの、いちばん外郭の城壁なのよね。いつになったら中へ入れてもらえるのかしら」


 アシュリンが石造りの建物の窓から、そびえ立つ城壁を目に留めて、不安げに呟いた。オリアナに到着したふたりは、まず、城門の前にある建物に入れられた。オリアナの官吏によると、そこは入国希望者が収容される建物であるそうで、本来ならすぐに入国審査が行われるところだが、現在はクーデターが起こったフィルデルガー王国からの避難民が殺到しているため、しばらくここで待つように、と言われたのだった。

 

 それから既に三日。他の避難民と部屋は共用ではあるが、食事は一日三食配給され、寝床もきちんと整備された()()()()の環境とはいえ、さすがに気が焦ってくる時分である。アシュリンはもの憂げに、また、窓の外を見つめるばかりである。


 一方、アシュリンの隣に座したクラウスが考えていたことといえば、己の心持ちである。

 クラウスは、結局山の中にアシュリンを捨て置いて来られなかった自分自身に、大きく戸惑っていた。

 あのとき、山中で、ライナルトを許せない、と泣き崩れたアシュリンを前にして、クラウスはかつての自分を見る思いで彼女を見つめてしまったのである。

 そう、自分も泣き崩れたものだ。遠い昔、妹のレイラが殺されたと知らされたときに。


 ――俺も父さんに向かって号泣したっけな。「俺はエンフィールド家を許さない」と、何度も床を叩いて。


 その己の姿が、当のエンフィールド家の血を引くアシュリンと重なったのは、皮肉としか言いようがなかったが、ともあれそのとき、クラウスはアシュリンを捨て置かず、彼女とともにオリアナに向かうことを腹を括ったのだった。

 クラウスは考える。


 ――俺はあの時、エンフィールド家のすべてを許したのだろうか?


 そんな思念が浮かび、クラウスは即座に頭を振る。


 ――いいや、そんなことはない。断じて。今も俺の心の奥底では、復讐心が煮えたぎっている。しかし、なら、なぜ。


 クラウスは横にいるアシュリンへ視線を投げた。そして、何も知らない彼女の瞳をさりげなく見つめる。見つめるほどに、自分を支えていたどす暗い心の底のなにかが、ぐらり、と揺らぐのを感じる。それは、いままでにクラウスが経験したことのない未知の感覚だった。

 彼は、その何ものとも知れぬ感覚が、自分のなにかを塗り替えていってしまう気がして、怖かった。

 

 そのとき、クラウスの手は、腰のポケットのなかになにかを探り当てた。彼はいまさらのように、庭園を焦す火のなかで父とヴェロニカに手渡された、小袋とちいさな本を取り出す。本はアシュリンに託されたものだから後で渡すとして、彼はひとまず袋の封を開けた。

 袋の中には、種が入っていた。クラウスには見覚えのある種だった。


 ――これは“アシュリン”の種じゃないか。


 そう思ったとき、唐突に部屋の扉が開いてオリアナの官吏が入ってきて、口早に、入国審査の番が回ってきたことを部屋中の人々に告げた。途端に、わぁっ、と歓声が上がり、人々がいそいそと立ち上がっては荷物を手に扉の外に出て行く。アシュリンもそのうちのひとりだ。

 クラウスは慌てて種の入った袋と本を再びポケットに押しやり、彼女の後を追った。



 入国審査の順番は、クラウスが先だった。彼は必要事項を書き込んた書類を入国審査官に渡しながら自分の名を述べる。


「クラウス・ダウリング。職業は庭師です」


 入国審査官は、書類と右頬の傷が目立つクラウスの顔をうさんくさげに見比べた後、紙に入国承認の判を押す。クラウスは、ほっ、としながら出口に進む。

 ところが、その背をアシュリンの甲高い声が打った。何事かと振り返れば、アシュリンが入国審査官と、なにやらにらみ合っているところであった。クラウスはアシュリンのもとに慌てて駆け戻る。

 

「そんな! なぜ私の入国が認められないんです!?」

「だから、言ったでしょう。フィルデルガー王国から、故オズワルド・エンフィールド伯爵の一族は、入国禁止の措置を執るように要請が出ているんです」

「だって、オリアナは中立国でしょう?」

「中立国ともいえども、犯罪人は認められません。エンフィールド一族には、国財横領の嫌疑が掛けられています」

「……なんですって?」


 アシュリンは思いも掛けない嫌疑に絶句した。だが入国審査官は嫌らしそうな笑みを浮かべて、アシュリンの顔を眺めて小声で囁きかける。

 

「もちろん、抜け道はございますよ。エンフィールド家の一族の方なら、さぞかし財力もあるでしょうし……」

 

 クラウスは呆れた。つまりは、ありもしない容疑を示してアシュリンに袖の下を要求しているのだ。クラウスはアシュリンと入国審査官の間に割って入ると怒声を上げた。


「このせこい小役人が!」

「そうは仰られてもねぇ。我々としても国の益にならない人間は入国させられませんので」


 そのときだった。建物全体が大きく振動した。ついで、なにかの動物が、大きな唸り声を上げて暴れているような気配が伝わってくる。

 アシュリンが窓へと咄嗟に駆け寄り、そして外を見て叫び声を上げる。


「あれは……? 魔獣? 私……アカデミアの教科書に載ってるのしか見たことないけど……」

「なんだって?」


 アシュリンの声にクラウスも外を見る。すると、なるほど、一軒の家に相当するくらいの大きさの、巨大な熊に似た猛獣が暴れながら城壁に体当たりを繰り返しているのがクラウスの視界に飛び込んでくる。クラウスは思わず呟いた。


「たしかに魔獣だな……なるほど、山の方にはまだいるのだな……」

「クラウス、そんな、落ち着いてないで、私たちも逃げないと……! こっちに近づいてくるし!」

「ふむ……」


 クラウスはそこで数瞬考えを巡らせると、建物の中で固まっている入国審査官に大きな声でこう怒鳴った。


「いいか、小役人! よくそこで見ていろよ!」


 そう言い残すや、クラウスは、あちこちで震えている人々をかき分けて、建物の外に駆け出て行く。アシュリンといえば、彼の意外な行動に呆然として声を上げることもできず、その後ろ姿を、ぽかーん、と見ているしかなかった。

 


 クラウスは息せき切って建物から走り出た。

 魔獣は城壁を壊さんばかりに、今なお荒れ狂っている。その足元から砂塵が巻き上がり、ごぉーっ、とクラウスの身体を包み込む。クラウスは砂の嵐に身を捩りながら思念を集中し、両の手を重ね合わすと、虹色のひかりを浮き立たせた。

 

 不意に魔獣の動きが、ぴたり、と止まる。赤く巨大な目が、虹色のひかりを従えたクラウスの姿を捉える。そして、ゆっくりとクラウスのほうへ方向を変え、ゆっくりゆっくりと巨大な爪の光る足を前へと動かす。クラウスの頭上に巨大な魔獣の影が覆い被さる。


 ――魔獣が魔力に反応するのは、やはり変わらんな。いいぞ、もっとこっちに来い。


 クラウスは久々の実戦に震える足を、ぐっ、と地面に押しつけた。そして掌のひかりの輪を大きくしつつ、魔獣に見せつけるように、なおも宙にかざす。すると魔獣はまるでそのひかりに惹かれるように、唸り声を上げながら、クラウスへとじり、じり、と距離を詰めて行く。


 ――いいぞ、いいぞ。もっと近づいてこい。もっとだ。


 クラウスは胸中で呟いた。

 そうすることで、己の恐れをなくすように、強く強く、念じる。同時に、ポケットの中の魔晶石が掌のひかりと感応しあうのを感じ取る。やがて、魔獣の影とクラウスの影が完全に重なりあう。そして、魔獣がクラウスを踏み潰さんと大きく足を躍らせたそのとき――。

 

 突如、クラウスは大きく身体を後方に捻った。そしてその反動で、手元で大きく膨らんだ虹色のひかりの輪を魔獣の胸元に叩きつける。

 

 次の瞬間、魔獣の身体全体が虹色に輝き、発光した。魔獣が断末魔の嘶きを上げて、力の限りもがく。だが、クラウスの手から迸ったひかりの奔流は、魔獣の最後の力を押さえつけ、そして、十数秒の間を置いて大きく爆発した。

 力尽きた魔獣が、どおーん、と音を立てて身体を地表に崩れ落ちる。再び舞い上がった砂埃の渦のなかで、クラウスは息を弾ませながら、敵が倒れるのを見届け、大きく息を吐いた。


 

「すごいわ! クラウス!」

 

 窓から、その一部始終を見守っていたアシュリンは、息を切らしたクラウスが建物のなかに無傷で戻ってきたのを見て、思わず歓声を上げた。だが、彼は汗を拭いながら、部屋の隅でいまも固まったままの入国審査官にまっすぐ歩み寄ると、その襟首を掴んでこう怒鳴った。


「おい!? 今の一部始終を見ていたな?」

「あ、ああ……」

「だとしたら、認めるか? 俺が魔獣を倒すという、貴国にとって益を成す行動を取ったことを!?」

「認める、認める……! だから離してくれ!」

「そうか、だったら、アシュリン・エンフィールドの入国も認めろ! 俺は彼女に仕えている! 従者の益は主人も同様だ! 違うか!?」

「分かった、分かった! 認める! だから手を離してくれって!」

 

 そう入国審査官が手足をばたつかせながら叫んだのを聞いて、クラウスはようやく相手の襟首から手を離した。そして、入国管理官が慌ただしくアシュリンの書類に判を押し、彼女に手渡したのを確かめると、アシュリンに声を掛けた。


「さあ、行きましょう。お嬢様」

「え、ええ……」


 アシュリンは事態の成り行きに唖然としながら、クラウスの背を急いで追う。

 こうして、アシュリンとクラウスは、およそ想定外なやり方でオリアナへの入国を果たしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ