未知なる生命体
意思疎通が難しい相手っていますよね。例えば、ペットと完璧な意思疎通をしようとしても、なかなか難しいものがあります。まあ、言葉が通じないからこそ、互いに踏み込んではならない領域に干渉しなくて良いのかもしれませんね。
ある街の中心から5キロも離れたところの畑に、突如、大きな円のようなものができた。雑草を刈り取って作られたように見えるその円は、いわゆるミステリーサークルと呼ばれているものだった。
特に珍しくもないので、マスコミが寄ってくることは無かった。だから騒ぎになることは無かったが、それをはじめに見つけた少年は、ミステリーサークルにではなく、その中心にいる者に興味を示した。
そこには、この星のものとは思えない生命体がいた。肌は、金属を柔らかくしたような美しい物で、目は真黒く大きな瞳をしている。
全身が銀色に輝くその生命体は、何やらもぞもぞと動いていた。
少年は、得体のしれない物への恐怖を感じていたが、その黒くて大きな瞳と目が合うと、犬や猫と目があった感覚になり、少しずつそれに近づいてみるのだった。
その生命体も逃げるような素振りは見せなかったので、彼はいよいよ、手を伸ばせばそれに触れるような距離にまで来ていた。
少年は、息をのみ、手を伸ばしてみるが、すぐに手を引っ込めた。彼が手を伸ばした瞬間、それは怯えているような表情をしていたのだ。動物の表情とはまた異なるが、直感でそう感じ取った少年は、すぐにまた距離をとる。
「ごめんね」
恐る恐る声を掛けてみるが、当然、返答は無い。今度は何やら困惑している様子だった。そして、ピコピコと電子音のような音が、その生命体からしたかと思えば、目が青く光り始めた。
少年は驚き、慌ててもっと距離を取り、草むらに身を隠した。しかし、何か起こる気配はない。
再び、恐る恐るその生命体のいる場所を覗くと、それはまた、黒い目を向けていた。少年には、先ほどの電子音や目の色の変化が、その生命体なりの会話なのだろうと思った。
もう一度、近づいてみる。今度は、「怖い」という気持ちは無く、純粋な興味だけで動いていた。再び、目が光るが、特に怖くはなかった。今度は、緑色に光るその瞳に対し、少年は敵対心を感じなかった。
ここで、少年は、前に両親に読んでもらった絵本の内容を思い出した。それは、UFOが不時着し、戸惑っている宇宙人に、やさしくしたおかげで、その宇宙人の仲間が地球にお礼をしに来るというものだった。
別に、お礼が目的とかではなかったが、困っているなら優しくしてあげようと言う事で、少年は、その生命体を何とかしてやりたいと思った。
「家ないの?」
勿論、返答はなかったが、捨てられたペットを見ているような気分になった少年は、家に連れていくことにした。
最初は、なかなか動かなかったその生命体も、しばらくすると2本の足で立ち上がり、少年の後をついてきた。背丈は少年よりも少し小さいぐらいで、人間だったら弟に見えていただろう。少年は、その生命体が懐いてくれていることが嬉しかった。
家に着くと、少年はこっそりと自室へ戻る。謎の生命体もその後についていた。両親に見つかると騒ぎになることは、なんとなく分かっていたのだ。
なんとかばれることなく部屋に入り、その生物と対面で座る。
改めてみると、とても不思議な生物だった。少年は絵本で見た宇宙人とそっくりだったので、これからは宇宙人としてその生物を見ることにした。
「僕らの言葉、わからないよね......?」
少年が呟くと、宇宙人は目を光らせ、電子音を鳴らして反応するものの、彼には何を伝えたいのかが理解できなかった。
仕方がなく、しばらくその宇宙人を観察することにした。家についてきたものの、初めは辺りをキョロキョロと見まわしているだけで、特に面白いことは無かった。
少し経つと、宇宙人は本棚にある絵本や漫画、図鑑が気に入ったらしく、次々に本を読んでいた。特に、宇宙図鑑は大のお気に入りのようで、他の本はすぐに読むのをやめてしまったが、これは何時間も読んでいた。
宇宙人が宇宙図鑑を呼んでいるシュールな光景に、少年は思わず笑ってしまう。
その時、急に宇宙人の目が光りだした。そして、あるページを指さし、激しい電子音を響かせた。少年には、何かを必死に訴えているように思え、そのページを見てみる。
それは、何ともない宇宙空間のようだったが、この太陽系から、一番近い恒星のものだった。
少年は、そこに宇宙人のふるさとがあるのだろうと思い、尋ねる。
「ここが、おうち......?」
今度は、頷くようなジェスチャーをした。漫画を読んで覚えたのだろうか、少年は、初めて意思疎通ができたことを嬉しく思った。
それからは、いろんな会話をした。会話と言っても、相変わらず宇宙人からは電子音が鳴るだけだったが、様々なジェスチャーを混ぜることにより、二人の距離は縮まっているように見えた。
そしていろんなことも分かった。宇宙人は、その恒星の惑星からやってきたという。肌などは地球には無い物質でできている事、食事は必要としていなく、水だけで生きていけるとのこと。
そして、とても知能が高いことも分かった。地球の惑星としての情報は大体把握しているようだった。しかし、なんで地球に来たのかだけは、なかなか聞けなかった。不時着し、一人取り残されたのだから、少年も気を遣っていたのだ。
日中、少年の部屋で静かにしている宇宙人には、両親も気づくことは無かった。食事も水だけなので、まさかペットを飼っているのでは、と感づかれることもない。まさに、少年と宇宙人だけの秘密の生活だった。
その生命体が少年の家に来てから1週間がたった頃、少年はテレビにかじりつくようにあるニュースを見ていた。
「......A天体観測所によると、太陽系から一番近い恒星、MR-Cが超新星爆発を起こしたとのことです......」
少年は食い入るように見つめる。
「......以前から、まことしやかに囁かれていたことですが、ついに爆発しました。これで、地球から一番近い太陽以外の恒星は、AQA-TZになり......」
そして部屋にいるであろう宇宙人のことを思い出す。「彼の星は大丈夫だろうか」と不安になる。
「......なお、この爆発による地球への影響はないとされています。肉眼で観察することはできませんが、その爆発の瞬間を望遠鏡がとらえたので、映像が入り次第お伝えします......」
ニュースが終わり、部屋に戻る。少年は、なんて顔をしてよいか分からなかった。今や、ちょっとの少年の心の変化も、その宇宙人は感じ取ってしまうぐらいに仲良くなっていたのだ。
部屋に入ると、宇宙人は宇宙図鑑を開いていた。そして、あの恒星のページを寂しそうに見ていた。故郷が、消えてなくなってしまったのかもしれない。
少年の眼からは、涙がこぼれた。宇宙人にも友人や家族がいることを以前聞いていたので、とても切ない気持ちになってしまったのだ。もし自分がこの立場だったらと思うと、いてもたってもいられず、その宇宙人をそっと抱きしめた。
その肌はひんやりと冷たく、やわらかいのに銅像を抱いているような変な感触だった。しかし、少年にはこみ上げてくるものもあり、そんなことは気にならなかった。
そんな少年の思いにこたえるかのように、宇宙人の眼は、いままで見たことないオレンジ色に光る。それが何を意味するのかは分からなかった。
その直後、いままで聞いたことのない電子音が部屋に響く。大きな音ではなかったが、脳内に直接響くようなものだった。少年にはそれが、誰かに何かを叫んでいるかのように聞こえた。故郷に残した者たちのことを思っているのだろうか、少年はより、涙が止まらなくなった。
少年が初めて肌で感じる生命の悲しみ、それは彼をまた一歩、大人へと導いてくれる。その未知の生命体との出会いは、彼にとってかけがえのないものとなる。
ついにMR-Cは爆発してしまった。故郷が消えてしまったことは悲しいことだが、私がこの星に来たのは正解だった。
この星の住人は知らない。大爆発によって、宇宙に放出される宇宙線は、彼らにとって非常に有害なものであり、その一つはこの星の表面まで到達し、それは彼らの技術ではまだ観測できないことを。
あと少しで、この星のあらゆる生物は間違いなく死ぬ。そうなれば私はこそこそすることなく、この星で自由に生きることができる。それに、この星には豊富な資源がある。彼らがこの世から去った後、故郷での生活よりも良い暮らしができるかもしれない。
だから私は他の星に逃げた仲間に向かって聞こえるように叫んだ。
「この星に逃げてきてよかったぞ」
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