第8話 王女と魔王と無職
ミアの城に入り、門を開いた。相変わらず、彼女に似合わず不気味な城だ。
王女は、後ろで警戒したまま一緒には来てくれない。
紅い瞳でこちらをじっと見たまま、いつでも逃げられるような体勢を取っていた。
「大丈夫ですよ、特に何もありませんから」
「だ、だって魔王のお城ですよ!? 人類の脅威、最悪の災厄、破壊神……様々な呼び名が
ありますが、なんにせよ人類とは相容れない存在なんですよ!」
「だいじょぶだいじょぶ、俺魔王と友達だから」
その言葉に絶句し、何やら震えだす王女。
口元にあてた手から不安な様子が読み取れる。
「ま、魔王と友達って騙されてませんか? それに、やっぱりあなたは魔王と組んで
この国を陥落させようと……」
「そんな事しませんよ、ほら入って! 魔王に紹介してあげますから」
王女の手を引き、城にはいる。震えている王女をなんとかなだめながら
玉座の間についた。このさきにミアが待っててくれるはずだ。
「ただいま、ミア。戻ったよ」
「ユイ!! 帰ってきたか、よかったぞ!!!……して、そこにいるおなごは……」
玉座に座りながら俺を見て、一瞬ふわっと明るい表情になったミアだが、後ろで震えている
王女を見て表情が固まった。
どうしたのだろう、と訝しんでいるとミアの目には少しずつ涙が──
「そ、そなたはユイの浮気相手かの?」
と、王女に聞いた。
俺はあわてて、この子はルグリア国の王女様で、わけ合って俺と一緒に逃げている事を
説明した。
「そ、そうだったのか、早とちりしてしまったな。
我はミア。この城の主で、魔王と呼ばれておる。よろしく頼むぞ、王女よ」
「ソフィアです。よろしくお願いします。というか、魔王様って女の子だったんですね。
あ、二人とも。別に私の事呼び捨てで構わないですよ。もう、王女じゃないので。敬語も必要ないですからね。
お二人の方がきっと年上でしょうし」
そういうと、お辞儀をしてスッと後ろに下がった。
そういえば、今までずっと王女様って呼んでたな。まぁ実は名前を覚えてなかったりしたせいなんだけど。
「よろしく、ソフィア」
「よろしくなのだ、ソフィア!」
ミアと俺の自己紹介を聞いて、ソフィアは「よろしくお願いします」とは言ってくれたものの、
どこかぎこちなかった。この環境の移り変わりについていけないのだろう。
そりゃそうだ。今まで平穏に城の中で暮らしていたはずが、一人でこんな、恐ろしいものとされていた魔王
の城に来てこれから生活しなければならないのだから。むしろ、取り乱さずよくここまでしっかりとしているものだ、
と感心してしまう。
「に、人間が増えた……! やはりユイは我の救世主なのだ! 我の為に、友人候補を連れてきてくれるなんて!」
一方、ミアは子供のようにはしゃぎスキップまでし始めた。
いや、友達になってほしいと思って連れてきたわけじゃないんだけどね。
でも確かにここ二人が友達になったらいいかもしれない。
「なぁ、ソフィア。あの魔王……ミアって400年ここに一人だったんだって。友達になったりしてくれない?」
俺がそういうと、ソフィアは少し難しそうな顔をして腕を組んだ。
よく見ると、編みこんであった金髪が崩れてしまっていた。直してあげたいが、俺にはそんな技術はない。
「よ、400年一人というのには同情を禁じえませんが……魔王様と、ご友人に、ですか。
……ちょっと怖いですね。まずは色々話してこちらに敵意などが無いか、
探りますけど……しかし、貴方も魔王討伐を命じられて何で魔王と友人になっちゃってるんですか」
「しょ、しょうがないだろ。ここにずっと独りでいたなんて聞かされたらさ」
そんな会話をしてる中、ミアは構わずご機嫌でスキップし続けている。
と、スカートの裾が引っかかり、家具の角に膝をぶつけてしまった。声も出なかったのか、無言でうずくまっている。
あ、アホなのかあの子は……
「大丈夫か、ミア」
「いたい、いたいのだ。もうスキップなどしないのだ……」
「気を付ければいいだろ。それよりも、ソフィアにお城の案内とかしなくていいのか?」
「!! そうだ! お客様をご案内せねば! ソフィア、付いてくるのだ!!」
ミアはさっき膝を痛めたのも忘れたかのようにだーっ、と駆け出して行った。
こんなに勢いとノリで生きてそうな魔王が他にいるだろうか。
駆けて行ったミアがいなくなった後を、ソフィアはなんとも言えない呆然とした顔で見ていた。
「い、いかないのか?」
と、聞くと少し心配そうな顔をしてソフィアは俺を見てきた。
瞳が不安に揺れている。
「ま、魔王とかどうとかはともかく、あのノリについていけるか私わからないです……」
それもそうか。確かに初対面であの勢いはなかなか厳しいものがある。
まぁ俺も最初はちょっと戸惑ったけど。
「俺もついていくから、とりあえずミアの好きにさせてあげたらいいと思う。いこっか」
「ついてこないのかー?」と、こちらを角から
ちらりと見てくるミアの方に俺が向かうと、
ソフィアはおずおずと俺の後ろをついてくる。
その様子は王女様ではなく、ただの少し臆病な、普通の少女に見えた。