第2話 はじめてのにんげん
魔王ミアは、俺に魔王城の中を案内してくれた。
服をはためかせ、髪をなびかせながら走り、ここが寝室だ、ここが調理場で、
ここがトイレで、ここが──
などと、一つ一つの部屋を俺に紹介してくれる。
「なぁ、魔王」
「魔王じゃなくて、お主にはミアって呼んでほしいのだ。それで、
どうした勇者よ──あっ! 我お主の名前聞いてないぞ!
教えたまえ、魔王命令だぞ!!」
「いや、命令じゃなくても教えるけどさ……ユイって言うんだ、よろしくな、ミア」
「ユイか! しかと覚えたぞ!」
この魔王、先ほどから俺と喋る時はずっと楽しそうにニコニコしている。
そういえば、さっき500年この城にいたって言ってたな。
「ミアってさ、この城に500年一人で住んでたのか?」
「……いや、400年間は独りだったが、それより前は部下とかもいたぞ。
まぁ……いや、この話は無しにしよう」
笑顔だったミアの表情が初めて曇った。だが、俺もかなり表情が曇ってしまった
気がする。戦慄した、というべきなのだろうか。
この広い城にたった一人で、数百年。常人なら気が狂ってしまっているだろう。
「──」
そう考えると、ふと目の前の少女があまりにも可哀想に見えてきてしまった。
俺がいるだけでこんなに喜んでくれるなんて、この世界でもこの子ぐらいの
ものだろう。それほどまでに、人恋しかったのだ。
「ここは宝物庫なのだ、来てくれた記念にお主には好きなものを持って行かせてやろ
──ユ、ユイ、どうして泣いてるのだ。この宝を貰えるのがそんなにうれしいのか?」
「いや、それは嬉しいけどそうじゃなくて」
こんなに無邪気で、こんなに可愛い子をこの城にずっと閉じ込めておくなんて、
この世界は何をしているんだ。
そう考えた瞬間、俺が本当につくべきなのはこの魔王の下だったのではないか、
などと考えてしまう。
「ふう、お主が泣いている間に玉座の部屋まで戻ってきたぞ。さて──」
ふと気が付くと、いつの間にかミアと最初に出会った部屋に戻ってきていたらしい。
どうやら城を一周し終わったようだ。ふと窓を見ると、もうすっかり黄昏時も
終わろうとしている。
俺はもう、王の居た城に戻らなければならないな、と思った。
日没までに魔王倒して来いってよく考えると頭がおかしいのだがあれでも雇い主だ。
「じゃあ、そろそろ帰るとするか。……また来るよ」
「何を言っているのだ、帰すわけなかろう」
後ろを振り向くと、ミアが俺に向かってフライングプレスしてきた。
倒される、と思ったがミアの身体は見た目以上に軽いらしく、
首元に抱き着かれただけで終わった。
「い、いや、俺日没までに帰らないと怒られるんだよ。何やってるんだ、
それでも勇者かって。まぁ、魔王倒せなかった時点で同じかもしれないけど」
「……お主、そんなところにいて楽しいのか? 我と一緒に居れば、
もっと楽しい時間を過ごせるぞ」
確かにそれは魅力的な提案に思えた。
あんなおっさんの下についてひたすら戦わせられるより、
美少女と一緒に暮らしたほうが幸せだろう。
しかし、魔王とともにいる、という事は社会的地位を捨てる事にもなる。
それどころか指名手配をくらい、殺されてしまうかもしれない。
「それでも、帰らなきゃいけないんだよ……」
「むぅ、頑固者め! せっかく友達になったんだから、お泊り会とかしてみたかったのに!
せめて一泊でいい、止まっていくのだ! いーくーのーだー!!」
ミアが腕を引っ張ってきた。め、めちゃくちゃ強い……!!!
こんなほっそい腕の、どこから力出してるんだこの子は。
「わ、わかったわかった、一泊な、一泊だけだぞ」
「やたー! そうと決まれば夕食の時間だぞ、殆ど使ってなかった食堂を整えてくる!
しばし待ってろ!」
そういうとミアは嵐のように駆けていった。つくづく、バイタリティ溢れた子だと思う。
「やれやれ……」
俺は床にぺたりと座ってためいきをついた。
まぁ、一日ぐらいならなんとか言い訳をすればお叱りも受けないだろう──