第1話 俺が倒すべき魔王がこんなに可愛い訳がない
「我はミスト領を支配し、ゆくゆくは世界をも支配する者、魔王ミアである!!
この城に足を踏み入れたのなら命は無いぞ! 覚悟しろ!!」
目の前の玉座から立ち上がり、大きな杖を構えている白髪の少女──
魔王ミア、と自称する人が自分に向かって杖を向けてくる。
俺は、それに対して剣を構えるでもなく、その様子をぼんやりと眺めていた。
すると、魔王は容赦なく炎の魔法を俺にぶつけようとしてきた。
大きな火球が目の前に迫る。
その瞬間、走馬灯的な何かが走った。
一年前に交通事故で死んで、この世界に転生というものをさせられたのが
遠い昔の事のようだ。
別にそのまま死んでもかまわなかったのだが、この世界の女神様とやらに
「そうはいきません」と、強制的に生かされたのである。
強力な力を持たされ、この世界にいるモンスターなんかを適当に倒していたら
なんか王様の目にとまったらしく、各地の色んな災いをもたらす魔物を倒す
任務を任され、ついに魔王と戦う事になったのだが──
「……どうした? 戦う意思もないのか。まぁ、我の強さを一目見れば当然かの」
魔王ミアは、杖をくるくると回し、魔法を止め、不思議そうな表情で俺を見てきた。
こうしてみると、魔王なんて言う割には随分小さくて可愛らしいなと思う。
八重歯が少し覗いている口元。サラサラしてて柔らかそうな白髪。大きな瞳。
ゴスロリと言えばいいのだろうか、そんな服もとても良く似合っている。
少なくとも、この世界で見たどんな女性よりも可憐に見えた。この世界は元の世界より
美少女が揃っているのにも関わらず、だ。
しかも、さっき俺の事を好みの顔と言ってくれた。初めて、そんな事を言われた気がする。
「なあ、どうしてもお前と戦わないとダメなのか?」
「え、いや、お主が我の城に入ってきてしまったから、戦わざるを得ないのだ」
「なんで?」
「な、なんでって言われても……お、お主が勇者で、敵対する存在で、
我を脅かしそうで、我は人類の敵とみなされてるから……か……?
ぶ、部下になってくれるなら勿論敵対などはせんが……いや、それは
高望みしすぎたか……」
魔王は予想外の質問に面食らったのか、杖を回すのもやめ、頬に手を当てて考え込んだ。
最後の方の言葉は少し頬を赤くしながら、だんだんと小さくなる声を絞って
やっと言ってきた。
魔王の言葉を聞いて、それならば、と思い付き──持っていた剣を膝で真っ二つに折った。
「な!? お、お主、何をしている!! いくら戦意喪失したからとはいえ、
武器を折るなどとは!」
「いや、いいんだよこれで。なんせ俺は魔王と戦いたいわけじゃなくなったしな」
呆然とする魔王の目の前で、俺は腰を降ろして地面に座った。
大理石の床の上、魔王は俺に敵意が無い事を確認すると玉座に戻るでもなく
俺の目の前に座ってきた。
意外と距離が近い。蒼い瞳が俺を捉えた。少しドキドキする。
「なぜなのだ? ここまでお主は我を倒すためにやってきたのではないのか?
それとも、部下になってくれるのか?」
「部下にはならないけど、取り合えず戦おうって気はないよ。
まぁ、それで俺が魔王に攻撃されるんなら俺も正当防衛で戦う、けど」
しかし、不思議な物である。どうしてこんな急に敵意が消えたのか。
いや、正確に言えば最初から敵意なんてなかった。俺はただ、王に言われて
魔王を倒しに来ただけで、命じられなければそんな事しなかっただろう。
「魔王ミア……だっけ。良かったら、俺の身の上話をちょっと聞いてくれたりしないか?
そんな時間はとらないし、話してる途中で襲ったりもしないからさ」
「い、いいぞ。どんとくるのだ」
喋り方がいちいち頑張って王様っぽくしてるようでなんかいいな、
と場違いな事を思いつつも、この世界に来てからの事を目の前の魔王に喋りだす。
「そもそもさ、俺この世界に来たいわけじゃなかったんだよ。でも、なんか来たからには仕方ない、頑張って生きるかって魔物とか倒してたら王様に雇われたわけだけどね? 王様ときたら碌に装備もくれないし報酬も明らかに他の兵士とかと比べても少ない時あるなって最近気づいちゃったんだよ。挙句の果てに俺、顔がちょっと女っぽいからって側近の奴にセクハラされた事報告しても聞いてくれないし。
兵士にはそこまで危険な事頼まないけど俺にはガンガン危険な任務頼むしさ。
まぁ毎回それで敵倒してた俺に期待してかもしれないけど、今思えば超強い捨て駒
扱いだったよな、あれ」
あっ、やばい。喋りすぎたし早口だった。
喋りだすとつい、いつまでも愚痴ってしまう。勿論、今まで流されてきた俺が
悪い部分もあると思う。でも、何かあんまりな気がしてきた。
俺はこんなことの為に異世界に転生させられたって思うと悲しくなる。
大体、魔王倒して来いってなんだよ。魔王って言ったら残虐だったりするから
倒して来いって言うのかと思ったら、500年以上前からその領地に住んでて、
めっちゃ強いらしい。反抗されたら大変だから倒してきて」ってなんだ。
誰かこの魔王が脅威になるって調べたのか。
「で、色々あって魔王を倒しに来たんだけどさ、魔王はなんか悪い事したわけ?」
「いや、我この城から生まれてから一歩も出た事ないし、人間が来たら倒せとは
言われてたけど人間が来たのお主が初めてだぞ……」
なんという事だろう。つまり、罪は全くないのである。生きてるだけで
毒まき散らしてるとかならあれだったけど、そういうふうでもなさそうだし。
ただ長生きな女の子なだけじゃん。
「……あーあ。馬鹿らしくなってきた。帰ったら王様には魔王城に行けませんでした。
って言うか。怒られるかもしれないけど、まあいいよな」
ここから帰って、またいつものように魔物を倒す生活。
──果たしてそれをまた続けて楽しいか、という声が内側からしてきた。
でも、それ以外に生活する方法がもう、俺にはないのだ。
そんな事を考えていたら、ふと服の裾を引っ張られるのを感じた。
目の前の魔王、ミアが服を掴んでいた。少し涙目になっているが、どうしたというのか。
「か、帰っちゃうのか? もう少し、ここにいてはくれないか?」
その顔は、男子の本能をくすぐるのには十分だった。
正直言って、可愛い。ものすごく可愛いとしかその一瞬は思えなかった。
IQ3くらいしかなさそうな思考である。
「わかったよ、もう少しいるけど、俺の事は殺さないでくれよ」
「やった! あ、違う、やったぞ! 初めてのお客様なのだ~!」
そんなこんなで、魔王討伐任務は大失敗となってしまったのである。
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