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第9話 閉じた心の扉はピッキングするかこじ開けろ

 ソフィアは部屋を紹介される時も、どこか固い表情を作っていた。あえて俺達との間に壁を作っているようだった。

 どうも仲良くなるためには少し時間がかかるようだ。

 まぁ、王族って庶民と話す機会なんてあまり無さそうだったし、ましてや相手は今までさんざん恐ろしい者と伝えられて

 来た魔王。それとその魔王と仲良くしてる俺。そりゃ怖いに決まってる、か。

 敬語じゃなくていい、と言うのは実は彼女なりの最大限の譲歩だったのかもしれない。


「うーむ、ソフィアよ、お主は随分と暗い顔をしておるのだな。我と一緒に風呂でも入るかの?」


 風呂場まで来たとき、ミアが無邪気な顔でソフィアの手を握りながら言う。ソフィアは少し顔を赤らめ、下を向いてしまった。


「いや、その、初対面の方と一緒に湯浴みをすると言うのは……」


「何を言っておるのだ! 裸の付き合いは友達になる第一歩だぞ! 何かに書いてあった気がするし!」


 間違ってはいないかもしれないけど、初対面で

 一緒に風呂に入るのは中々勇気がいると思う。

 まぁ同性同士なら問題は無いような気がするけども。


「我、友達と一緒にお風呂に入るのが夢だったのだ。ほら、ユイは顔が可愛くても男の子だから

 一緒に入る訳にもいかぬだろ? お主は女の子だから、一緒にはいれるかなぁって」


 いや、あなた俺と一緒に風呂入ろうとしてましたよね。お酒に酔ってはいたけど。

 てか顔が可愛いってなんだよ。意外とコンプレックスなんだよ。触れないでくれよ。

 と思ったが、「にへへ……」と八重歯を見せながら笑うミアを見て何も言わないでおこう、と決意した。


「……わかりました。一緒に入りはしますけど、もし何かしたら……」


「おお!! 入ってくれるのか!? やった~!!」


 ぴょこんとその場で跳ねて、ミアは脱衣所の方へまた駆けて行った。

 本当に友達(というか候補というべきか)が出来て嬉しいんだと思う。微笑ましい。


「何かあったら、頼みますよ、勇者様」


 固い表情でペコリ、とお辞儀をしてさっと脱衣所に向かったソフィア。

 王族ってあんまり人に頭下げないイメージあったけど、あの子は礼儀正しいな、と思う。

 だが、それとは逆に彼女にとっては王族であっても頭を下げないといけないような、緊迫した状態なんだ、と

 今更ながら痛感させられる。何とかして、打ち解けたいものだけども。

 でも今自分に出来る事はあまりない。付き合っていくうちに、本当にミアに害がないかを伝えるのは

 やはりミア自身がやるべきことなのだから。


「ミア、頼むぞ」



 ※※※※※※※※





 ──浴場は、サイデス城にあった王族専用浴場よりも、昔一度覗いた大衆浴場よりも圧倒的に広かった。

 魔王様は、あれだけ恐ろしい者、災厄の怪物……と伝え聞かされてきたものの、見た目は私より1、2歳くらい年上の

 女の子にしか見えない。中身に至っては、私以下なんじゃないか、などとも思ってしまう。

 でも、この世には姿を変えられる魔物もいるので、用心しないと。この性格も、人を騙すためなのかもしれない。


「どうした、ソフィア? ここのお風呂場の広さに驚いておるのか? 我はずっとここを使っていたからわからぬが、

 ここは相当に広いらしいからの」


 タオルを巻いた魔王様は、少し得意げに胸を張り、シャワーのある所まで歩いてお風呂用の椅子に腰かける。

 意外とスタイルが良い。男の人は、ああいう女の子が好きって使用人の男性が話していたのを聞いた事がある。

 勇者様も、それに惹かれたのだろうか。……考えても、意味のない事なのでやめておこう。

 シャワーがある、という所にも少し驚いた。あれは、確か「イセカイ」から来た人間が広めたとかいう技術だった筈。

 普通の浴場にはまだなかったはずだけど、なんで500年間誰も入らなかったこのお城にこんなものがあるのだろう。


「ぷはー、お主も我の隣に座るのだ。背中を洗ってあげよう」


「い、いえ、結構です」


「遠慮するでない、ほれ」


 そんな事を考えていると魔王様は私の所まで来て手をつないだ後、椅子に私を座らせてお湯をかけてくれる。

 その後、手にスポンジを持ち、石鹸をつけて泡立たせて私の背中に触れる。


「痛かったらいうとよいぞ」


 そう声をかけ、私の背中をゆっくりと、優しくスポンジでこする。

 スポンジの柔らかさと、泡のふわふわした感じがとても気持ちいい。


「友達にな、こうしてあげるのが夢だったのだ。

 ここ数日で我はたくさん夢が叶っておる。嬉しい事だな」


 その声は、嘘偽りなんて全く無いように聞こえた。

 本当に心の底から出た言葉のようで、あまりにも純粋な響きだったように思えた。


 友達、か。

 私はずっと王城で、長い事色んな人に世話を焼かれ、敬われてきた。

 でも、本当に対等な関係の人なんていなかったと思う。きっと、皆私が王女だから優しくしてくれるだけ。

 小さい頃、そう思ってしまった私はいつしか人を疑うようになってしまっていた。

 人間は、自分の利害の天秤の傾き方によってはあっという間に今まで敬っていた人を裏切る事が出来る。

 実際、父も信じていたはずのジャミに、殺されてしまったし。


 だから、この世には純粋な人間なんていないんだって。

 私が王女じゃなかったら、私に手を差し伸べてくれる人なんていないんだって思ってたのに。

 それなのに、どうしてこの魔王様は、そんな私をあっという間に友達って言ってくれるんだろう。

 今まで友達なんて、一人もいなかった私に。


「魔王様は、どうして私の事を友達だと思うんですか……?

 私、まだここに来たばかりで、特に何もしてない、ただの女の子なのに」


 そう問うと、魔王様は不思議な顔をして首を傾ける。

 お湯でしっとりと濡らされた白髪が、照明に照らされて一層輝きを増していた。


「一緒にお風呂に入れば、それはもう友達だと思っていたのだが……あれ、もしかして

 ソフィアと我ってまだ友達じゃなかったのか? なんだか申し訳ない気分になってきた……」


 しゅん、としてしまう魔王様に私は少し慌てる。


「そ、そんなことないはず、ですよ! 魔王様が私を友達だと思ってくれてるなら、それはもう

 友達のはず、です。……わからない、ですが」


 私だって友達なんていた事ないんだから、友達の定義なんてわからない。

 でも、この魔王様が、本当に純粋であるのなら。


 ずっと、友達でいたいって。王女である事も、魔王であることも関係なく、ただ二人の女の子として

 友達になりたいって、そう思った自分がいるのも事実なのだ。


「我が友達と思っているなら、友達、か。嬉しい事を言うではないか!

 それならばソフィアは我の友達だぞ! よきにはからえ!!」


 使い方を完全に間違えてる気がするが、私はそれを聞いてつい、「うふふ!」と笑ってしまった。

 人前で笑うのなんて、何年ぶりだろう?


「ソフィアは笑顔が可愛いと思うのだ! やっと笑ってくれたな!

 これからもよろしくなのだ、それと我の事は呼び捨てで呼ぶがいい!『ミア』とな!」


 とびっきりの、太陽みたいな笑顔で魔王様はそう言ってくれた。

 その笑顔が眩しかった。でも、私も負けていられない。


「これからよろしくお願いしますね。──ミア!」


 私も、今までにないくらい心の底から喜びの感情を顔に出した。

 上手くいったかはわからないけれど、ミアがとっても楽しそうで、うれしそうな顔をしてうなずいてくれたから、

 きっと大丈夫だったと思う。



 ──お父様。お母様。私にも、やっと友達が出来たよ。


 心の中で、もうこの世にはいない私の大切なふたりにそう告げ、私は先ほどのお礼に、と

 ミアの背中を洗ってあげようとするのだった。

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