2話 いきなりピンチなんだが?
僕は今まで、1人で森に出たことがない。
さっきまで我を忘れて走っていたので、僕は森の中で迷ってしまっていた。
「...あれ?ここどこだろ...?どうしよう、クルトじい...」
唐突に湧いてきた不安に押し潰されそうになり、泣きそうになる。
「...いや!もういいんだ!ツルピカクルトじいなんかに頼るもんか!僕は1人で生きていくんだ!」
半べそをかきながら、僕は1人で森を歩いていく。
「でも、僕はこれからどうすればいいんだろう...うーん。」
今までクルトに何不自由なく育てられてきたので、森で生活するにはどうすればいいのか分からない。
ぐぅ〜〜〜。
そんな時、僕のお腹が鳴った。
「そうだ!まずはご飯だ!お腹がすいた!よーし!動物を探して食べよう!」
頭の中をごはん一色にして、僕は動物を探し始めた。
しかし、動物はなかなか見当たらない。
「あれー?全然いない...巣とかがあるのかなぁ?」
めげずにしばらく探していると、遠くから沢山の鳥が飛んできた。
「わぁ!いっぱいきた!」
僕は、たくさんの獲物が来たと思って喜んでいたが、鳥達はすぐに僕を通り過ぎて飛んでいく。
何かから逃げてきたような感じだ。
鳥達が去って直ぐ、さっきまで長閑だった森が、急にざわめき始める。
いろんな動物が、そこかしこで慌てたような鳴き声で鳴く。
「な、なに...?何が起きてるの?」
僕は怖くなってその場にうずくまった。
「怖い、怖いけど...!こんなことでうずくまってちゃ冒険者になんてなれないよね...!負けるもんか!何が出てきても僕の晩御飯さ!」
恐怖を振り切り、僕は再び歩みを進めていく。
しばらく歩いていると、僅かに地面が揺れていることに気づいた。
「...揺れてる?」
耳を澄ますとドスン、ドスンと大きな足音のような音が聞こえてくる。
「な、なんだろう?もしかしてお話に出てきた巨人さんでもいるのかな?もしそうなら近くで見てみたい!」
遠くからでも聞こえる大きな足音。
それは、クルトじいの冒険の話に似た状況だった。
無知な僕はこの状況に興奮し、いてもたってもいられなくなってしまった。
「すごい!本物がいるかもしれない!はやく見たい!」
走って足音に近づいていく僕。
「ハァ...ハァ...もうすぐだ!足音が近くなってる!」
足音の主は、それ程離れておらず、しばらく走るとすぐに姿を現した。
「ハァ...ハァ...あ、あれか!」
そこには本当に、大きな人型の何かがいた。
その身長は森の木々よりも高く、丁度木のてっぺんが、首あたりの高さである。
そしてそれは人間とは違い、肌は深い緑、顔には大きな眼球が1つだけ。
筋骨隆々なその巨体はトロルと言われる魔物そのものだった。
しかも、シオンの目の前にいるトロルはただのトロルではなく、亜種個体のトロルシャーマンと呼ばれる魔物である。
トロルシャーマンは頭に羽飾り、手には棍棒ではなく大きな杖を持っている。
本来はAランク冒険者が相手をするレベルの討伐対象。
そして主に、雷属性の魔法を使って攻撃をしてくるのだ。
そんなことを知りもしない僕は、草むらからひょっこりと顔を出し、目を輝かせてトロルシャーマンの後ろを追いかけていた。
幸い、トロルシャーマンは僕に気づいている様子はない。
(すごい!僕バレてないよね!?どうしよう!カッコイイなぁーっ!友達になれたりしないかな!?)
内心ワクワクがとまらない僕はトロルシャーマンから目が離せないでいた。
その結果、周りが全く見えていなかった。
「痛っ!?」
草むらに隠れて移動していた僕は、誤ってイバラの草むらに入ってしまっていた。
「痛たた...あっ、血が出てる...うぅ...痛いよ...」
大泣きする寸前で、僕は草むらにうずくまる。
ドスン。ドスン。
足音が、僕のいる草むらに近づく。
(しまった!巨人さんから気がそれてた!もしかしてバレてる!?)
ドスン。ドスン。ーーー。
僕の目の前で足音が止まる。
ーーー。
僕は見つかる覚悟をしていたが、しばらくしても何も起きない。
(あれ...何も起きない...もしかしてバレてない?)
僕が恐る恐る草むらから顔を出して確認すると、
じっ、、、
至近距離でこちらを覗き込むトロルシャーマンの巨大な単眼と目が合った。
僕の本能が危険だと警笛を鳴らしているが、あまりの恐怖に僕は体を動かせない。
怯える僕を見て、トロルシャーマンの目が明らかに笑った。
そして僕を丸飲みできるほどの大きな口を開く。
「グォォォォオオオ!!」
「うわぁぁあ!?」
あまりに巨大な咆哮に、僕は竦んでしまう。
(ヤバい!ヤバイヤバイ!友達なんかになれそうな感じじゃないよ!!うずくまってる場合じゃない!に、逃げなきゃ!!)
言うことを聞かない体を無理矢理に動かして、僕は泣きながら一目散にその場から逃げ出す。
「うわぁぁぁ!!助けて!誰か!クルトじいぃぃ!!」
(今は意地を張ってる場合じゃない、とにかく助けを求めないと!)
大声で叫びながら森の中を走って逃げる。
だが、僕の歩幅は小さく。
トロルシャーマンの歩幅は恐ろしく大きい。
追いつかれるのも時間の問題だ。
「うわぁぁぁぁ!!助けてぇぇ!!」
一生懸命に森の中を走る。
所々、足に擦り傷ができてしまっているが、今はそれどころじゃない。
「ハァ...ハァ...あれ?」
しばらく走っていた僕は、ふと疑問に思う。
先程からドスンという足音が聞こえないのだ。
(あれ?逃がしてくれた?)
そう思い後ろを振り返ると、視線の先にはトロルシャーマンが杖を天に掲げ、ブツブツと何かを呟いているのが見えた。
「な、何をしてるんだろう...?」
不思議に思って立ち止まっていると、
「シオン!!!逃げろ!魔法だ!!!」
頭上からクルトの声が聞こえた。
「あっ!クルトじい!なに!?魔法?」
「逃げろシオン!クソっ!間に合えぇっ!!」
紫電を纏って空を翔け、シオンを庇おうとするクルトであったが、
(っ!!ダメじゃ!間に合わん!!)
紙一重、トロルシャーマンの雷魔法の方が早い。
刹那、凄まじい光とともに、僕の視界が真っ白に染まっていく。
ドゴゴゴゴォォォン!!!!
大木を丸ごと消し去りそうな程の轟雷が、僕に直撃した。
そして真っ白な視界の中で、僕は不思議な声を聞く。
「根源魔力を毎日使い果たしなさい。」
静かな、しかしハッキリと頭に響いたその声を最後に、僕は意識を失った。
「...ッ!クソ!シオン!!?」
鼓膜が破れそうな程の轟音が静まり、クルトは直ぐにシオンがいた位置へ着地する。
するとそこには、深く抉れた地面の中心で、無傷で倒れているシオンの姿があった。
「シオン!?無事なのか!?おい!!」
「...あれ?クルトじい...?僕、生きてるの?」
なんと地面が深く抉れる程の威力の魔法を受けたのにも関わらず、シオンは服すら破れていないという無傷っぷりだったのだ。
「よかった...!!シオン...!!無事なんじゃな!!」
「うん!なんだか知らないけど大丈夫だよ!でもさ、さっき足にトゲトゲが刺さって血が出て...うぅ...クルトじいぃぃ!!怖かったよぉぉ!!ごめんなさぁぁい!うわぁぁぁん!!」
僕は、あまりの出来事に暫く泣くどころでは無かったが、クルトが現れたことにより、今まで我慢していた感情が溢れ出し、涙が止まらなくなってしまった。
「よしよし...シオンや、ワシこそすまなかった!!不甲斐ないワシを許しておくれ!!」
「うわぁぁん!ごめんなさい!!ごめんなさぁぁい!!」
僕はもう、大声で泣いて謝ることしかできなかった。
「さて、シオンや。泣くのは後にするのじゃ!まずはあのトロルシャーマンを何とかせねばならん!」
「うぅ...ふぐぅ...う、うん。はやく逃げよう?」
なんとか涙をこらえ、クルトにはやく逃げるように促すが、
「いや、アレは放置してよいものではない。ここでワシが駆除せねばならん。」
「えぇっ...ダメだよ!危ないよ!!一緒に早く逃げようよ!!」
予想していなかった返答に、僕は大きく戸惑う。
「心配してくれておるのか、シオンや。本当に優しい子じゃのぉ...」
そう言いつつ、クルトはドーム型の結界を生成し、僕を中に入れる。
「ふむ。正常に機能しておるな。シオンや、この中から絶対に出るでないぞ?」
「う、うん!クルトじい!本当に戦うの!?」
僕は涙目のまま、クルトに声をかける。
「ほほ!心配せんでもよい!ワシはこの程度のモンスター、何百匹と狩っておるよ!」
そう言って、クルトはトロルシャーマンへと体を向けた。
その時のクルトの背中を、僕は一生忘れることは無いだろう。
それ程にかっこいい後ろ姿だった。
バチチチッ...
クルトは地を翔けながら、己の身に再び紫電を纏う。
次の瞬間、クルトはトロルシャーマンの頭上より5メートルほど上まで一瞬で移動した。
空中で浮遊したままで、クルトは口を開く。
「さて、シオンを狩ろうとしたのじゃ。己が狩られる覚悟は出来ておるんじゃろうな?」
残っているクルトの髪と髭が重力に逆い、クルトは叫んだ。
「ワシが紫電の奏者と言われる由縁を見せてやろう!」
クルトは上空に術式を描きながら、同時に詠唱をし始める。
「空を支配する全知全能の神よ。荒れ狂え、そして空と大地を焼き尽くしたまえ。ここに光輝たる由縁を顕現せよ!!」
空中でトロルシャーマンを囲むように、魔法陣が現れたかと思うと、魔法陣から12本の雷槍が現れた。
「"雷霆"!!!!!」
刹那、先程の轟雷などかき消す程の閃光が迸り、12本同時にトロルシャーマンごと大地を貫いた。
ーーーーーー!!!!!
形容し難い轟音が暫く鳴り響き、後にはクレーターだらけの焼け野原が、ただそこにあるだけだった。
完全にオーバーキルと言ったところだが、トロルシャーマンは高い雷属性耐性を持っている。
なので雷属性の魔道士がトロルシャーマンと会敵した場合には、自分のもつ最大の魔法を唱え、それが通用しない場合は逃げるしかないと言うのがセオリーである。
クルトは経験上もっと弱い威力でも充分倒せていたのだが、シオンにカッコイイところを見せたかったのもあり、大技の神大魔法を放ってしまった。
「...ちとやりすぎたかの...またギルドに怒られるのが目に見える様じゃわい...」
クルトはそう呟き、シオンの元へ着地する。
「す、すごいや!クルトじい!すごすぎて何が起きたのか全然わからなかったよ!!」
僕には正直、何が起きていたのかよく分からなかったが、何か物凄いことが起きていたのはわかった。
「まぁワシにかかればこんなもんじゃよ!ホホホ!それよりシオンや、傷はどこじゃ?効くかわからんが回復薬をかけてやろう。」
クルトにそう聞かれ、僕は足の傷を指差す。
「ここ、ここにトゲトゲが刺さって血が出たの...」
「...どこじゃ?」
クルトにそう言われ、自分でも傷を確認すると、何故か傷が無くなっている。
「あれ?ここから血が出たんだけど...」
「少し血の跡があるから出血したのは確かなんじゃろうが...治っておるな...」
「あれぇ?でも、治ったならよかったよ!」
「ふむ。そうじゃな!今は無事を喜ぼう!」
シオンが無事なことに喜ぶクルトだったが、ふとシオンがなぜ無事だったのかが気になった。
「シオンや。おぬし、なぜ雷に撃たれたのに無事だったのじゃ?」
「ふぇ?わ、わかんない...ピカってなったときに、僕の体がふわってなって!そしたらドッカーン!て音が鳴って!...気づいたらクルトじいが居たんだ!」
「ふ、ふむ...もしや...シオンには魔法が効かないのかもしれん。帰ったら安全な水魔法で試してみようか。」
「え?ほんと?それってすごいこと?」
「あぁ、とんでもない事じゃ。普通なら有り得んが...しかし、シオンならば...」
クルトは険しい顔で言った。
「まぁ、それは帰ってから試せばよい。」
「うん!あ!あと雷に打たれた時、変な声が聞こえたよ!」
僕はふと先ほど聞こえた声を思い出し、伝える。
「ふむ。「根源魔力を毎日使い果たしなさい。」...か。根源魔力という単語はワシも聞いたことが無い。しかし空耳とも思えん内容じゃのぉ...」
「クルトじいも知らない言葉なの?でもハッキリ聞こえたよ!?」
「うぅむ。もしかすると、ワシに送ったあの魔力の様なものの事を指しているのやも知れん...」
「僕の体の中でもやもやしてるやつのことか!」
「うむ。まぁ憶測でしか無いがの。声の主については、正直全くわからん。もしかすると、神の言伝なのかも知れんのぉ。」
「えっ!?神様の声だったの!?」
とんでもない憶測に僕は思わず声を上げる。
「ほほ!それは神のみぞ知る。じゃの!さてシオンや、そろそろ家に帰るぞ。」
「う、うん!わかった!...もう飛び出したりなんてしないよ!」
「あぁ、いい子じゃ!褒美に今日の晩御飯はご馳走にしてやろう!」
「ほんと!?やった!!ステーキがいい!」
こうして僕達は完全に仲直りし、笑顔で晩御飯の話をしながらクルトの家へ帰っていった。