第1話 金持ち老人の噂
「カネが欲しい」
人間なら誰しも持つ欲望だ。宮本 進は幼いころの悲劇のせいで、その思いが普通の人間の3倍くらいは強く持っていた。
令和3年の関東地方のとある県庁所在地にほど近い場所にある、どこにでもありそうなデイサービス施設を舞台に話が始まる。
「ねぇ知ってる? 進君? 最近ウチに通い始めた人なんだけど」
休憩室でおしゃべり好きな中年女が後輩の宮本 進に話しかけてくる。
「最近通い始めた人が……何か?」
「その人なんだけど噂じゃかなりのお金持ちらしいのね。80を超えてるそうだけど、今でも年収が1億もあるとかいう噂らしいわよ」
「!! い、1億!?」
「ええそうなの。確か、松下 ススム」と言ったわねぇ。あら、進君と同じ名前じゃない」
「そ、そうなんですか。奇遇ですね」
とにかくカネが欲しい……進はそう思っていた。
だが今の職業は月給20万かそこら、夏冬のボーナスは出るものの0.5ヶ月分というデイサービス施設の職員で、高卒で働き始めて年齢も30歳。
そろそろ人生の曲がり角が見えてくる頃だ。
それでも彼はカネが欲しかった。使いきれないほどのカネを持つ事で、カネが無い事への恐怖、不安、そして「死」を避けたかった。
そう。幼いころの悲劇のせいで進にとって、カネが無いというのは「死」とイコールだった。
「先輩! そのススムさんに会いたいんですがどういう人なんですか!?」
「!! いきなりどうしたの? 進君?」
「そのススムさんという人に会いたいんです、会わせてください!」
「わ、分かったわよ。じゃあ明日の昼にいると思うから会わせてあげるわよ」
進は必死の形相で先輩である中年女に頼み込む。彼女は慌てたもののすぐに会わせてあげると約束することになった。
4月を迎え春本番の陽気となり新年度になって間もないこの日から、
運命の羅針盤は進に黄金の道を指し示す事になったのだが、この時の進はまだ知る由もなかった。
【次回予告】
今でも年収が1億円あるという老人、松下 ススム。宮本 進が彼と出会うことで物語の幕は上がる。
第2話 「しおりを持ってこい」