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信じる者が馬鹿を見る

今のご時世『犬系女子』『猫系女子』『ウサギ系女子』など、個人の性格や行動パターンを動物に例えて言い表すことをよく見るようになった。言われてみれば確かに犬のように甘えたがりや猫のように突き放すような態度など、似ている部分がよくある。そしてそれは女子に限らず、男子にも例外ではない。


?「――…あっ!梅子ちゃーん!!」


私と高校の同じクラスにも、いわゆる『犬系男子』が存在する。

人懐っこくて人を引き寄せるみんなの人気者。それが『犬系男子』というものだが…


?「おはよう!今日も可愛いね!!」

私「近づかないで、チャラ男」


私はそんな『犬系男子』が大嫌い。



緑「おはよー、梅子。今日もワンコと一緒だねぇ」

私「もうほんとに勘弁してほしいんだけど…」


ケラケラと笑うのは唯一の親友《三枝(みえ) 緑》。

陸上部とバスケ部の掛け持ちをするほど運動神経が良くて明るい彼女とは、中学2年生の時からの付き合い。高校も同じとこ選んで今の2年生まで同じクラスで、と長く一緒にいる。


そんな私と緑が『ワンコ』と密かに呼んでいる奴こそ、このクラスの『犬系男子』こと《八谷(はちや) 亮輔(りょうすけ)》である。


八「なになに!?もしかして俺のこと話してる!?」

私「別に話してないから、そのキラキラした目向けないで」


ブンブンと大きく揺れる尻尾が見えそうなほどの喜び方この男は、毎日飽きもせずこんな風に私に付いて回る。それも、2年生になって同じクラスになってからだ。

キャラ作りしてますと言わんばかりの胡散臭さとチャラさ。これがとても私の癇に障る。


緑「ほんっと八谷って梅子のこと好きだよね~」

私「なっ!?ちょっと緑!冗談やめてよ!」

緑「いやいやいや、こんだけ毎日アピールされてるのに冗談も何もないでしょ」

私「あんな口の軽い奴は、私みたいなモブ女子に冗談言ってからかうのが好きなだけだよ!

  心にも思ってないことも平気で言うんだから」

緑「…冗談、ねぇ~」

私「…何よ、その何か言いたげな目は」

緑「いいえ何にも~?」


緑はまるで何かを哀れに思うかのような視線を《あいつ》に送ったかと思えば、何事もなく自分の席に着いた。不思議に感じたが深くは考えず、私も席に着いたのだった。



八「う~めこちゃんっ!今日お昼一緒に食べてもいい!?」

私「はい?」

緑「いつもあそこの男子たちと食べてるじゃん。どしたの、ケンカでもした?」


昼休みのチャイムの後、八谷は私に満面の笑みを浮かべてみせた。

キラキラとした大きな目に無駄に整ったこの顔で笑いかけられれば、普通の女子ならば二つ返事で了承してしまうだろう。


八「いいや?ケンカなんてしてないよ。ただ梅子ちゃんとご飯食べたいな~と思って」

私「…私は緑と一緒に食べたいから。行こ、緑」

緑「え?あ、ちょっ、梅子!」



足早に教室を出て屋上に繋がる階段を上がっていく。

呼び止める緑の声にも振り返らず、ただただ足を動かし、屋上のドアを開いた。

真っ青な夏空。じわりと汗ばむ汗。


(あぁ、あの日もこんなに暑かったなぁ)


――中学3年生のころ、こんな私にも好きな人がいた。

同じ学年で明るい性格のその男子とはそれなりに仲が良かったし、一緒に帰ったりとかもしていた。

そんな時の夏休み前日の登校日、私はその男子に呼び出され告白された。

とても、とても嬉しかった。私と同じ気持ちだったんだって。


その日一緒に帰る約束をしていた私は、その男子のクラスに向かった。

少し空いていたドアに手をかけたとき、ふと声が聞こえた。


『…――で、結果は?』

『お願いします、だってよ』

『うーわっ!まじかよ!』


教室の中心でその男子と他の男子が話しており、話は告白のことだった。

なんとなく恥ずかしくなった私はドアにかけていた手をそっと下ろし、せめてその話が終わるまで待とうと話をこそっと聞いていた。


『やっぱすげぇな~、お前。さすが女子に人気なだけあるわ。これで何人目?』


(……え?何人目?)


耳を疑うような単語だった。でもその男子は確かに他の女子からも人気があるのは知っていたから、これまでの彼女の人数だろうと自分を落ち着かせた。


『あ~…、これで3人目、かなぁ。他の女子にばれないか必至だっての』


(…ばれないかって…、なんでそんな心配…)


『にしてもお前も悪い考え思いつくよなぁ。嘘の告白に何人の女子がOKするか試してみるとか』

『あははっ!まぁほぼ100%OKだろうけどよ、こいつの顔と性格なら』

『お前ら、ほんと俺のこと遊び道具にしてるだろ。…楽しいからいいけどよ』


(…嘘の、告白?)


グラリと目の前が歪んだ。夏の暑さとは違う汗が背中に滲む感覚を覚えてる。

無意識に早くなる、心拍と呼吸。


――…ガタンっっ!


私『…っ!!』

『ぅおっ!?…あれ?吉田?』


黙って去ろうと思ったのに、持っていたスクールバッグがドアに当たってしまい大きな音を立てた。

自然と合ってしまうあの男子との視線。


『…あー…、もしかして話聞いてたパターン?』

私「……」

『…はぁ~…』


私の彼氏"だった"男子は大きなため息をついて、いたずらっ子のように笑った。


『あ~ぁ、もうばれたのかよ~。あと2、3人はいけると思ったんだけどな~』


悪ぶる様子もなく、笑顔で、私にそう言い放った。

ドッキリのネタバレのように。明るく。


私『…告白は、嘘だったの…?』

『ん?…そ。全部嘘。俺、意外と演技上手かっただろ?』

私『…そ、んな…』

『そもそも好きなタイプじゃないし。最近仲良かったからいけるかな~って思っただけ。

 …だから、告白は白紙ってことで!』


無邪気に笑ったその顔を最後に、気づけば私は家にたどり着いていた。

どう帰ったのか覚えてはいない。ただ、涙が流れていた。

どこにこの感情をぶつければいいのか、それさえもわからなかった。


(……信じた私が悪い。簡単に信じちゃいけないんだ)


好意の裏は必ずある。甘い話程、それは根強く濃い。



(…嫌なこと思い出したな)


緑「…――梅子ってばっ!!!」

私「ぅわぁっ!!な、なにっ!?」


肩を掴まれ現実とともに緑の声が屋上中に響いた。

緑はずっと私のことを呼び掛けていたらしく、振り返るとむす~っとこちらをみている。


緑「なに!?じゃないよ!!ずっと呼んでんのに振り返りもしなかったからじゃん!」

私「え、あ、ご、ごめん」

緑「…まぁいいけどぉ~。でも教室出てったからびっくりした」

私「そ、れはあいつが変なこと言うから…」

緑「…梅子ってあからさまに八谷のこと嫌ってるよね~」

私「え?」


よっこいしょっと影に腰を下ろした緑は、ガサゴソとコンビニの袋を漁りながら話しかけた。

私もその隣に座ると、真面目な顔をしてこっちをみる。


緑「…あいつの肩持つわけじゃないけどさ、あいつ良い奴だよ」

私「…な、何急に…」

緑「いや…意味は無いんだけどさ。信じないのも大事だけど、少しは自惚れてもいいんじゃない?」

私「…っ!」

緑「…ごめん、変な話したね。ご飯食べよ!」


緑も、私のあの出来事を知っている。それが原因で他人からの好意を信じなくなったのも。

だからこそ心配してくれてるんだろうな。


私「…ありがと、緑」

緑「…何のことだかさっぱり」


にかっといつもの笑顔をみせてくれた緑の言葉だけは、私は信じられる。

そう思えた。



――…放課後。

緑は部活に行ってしまい、帰宅部の私は帰る準備をしようと一人教室に残っていた。

あれだけ騒がしかった教室が一気に静かになるこの時間が、何気に好き。

夕方だけど夏なだけあってまだまだ明るい。

下駄箱に向かうべく階段を下りる。


(…――ん?)


少し先、体育館の入り口あたりに人だかりが見えた。

しかも心なしか女子の割合が高い気がする。

興味本位でその群がりに近づくと、キュッとシューズの擦れる音が響きわたる。

そして、音もなくゴールに吸い込まれるバスケットボール。


「「キャアァアアァアッッ!!!」」


黄色い歓声がそれと同時に私の耳元で発せられ、ついつい耳を塞いでしまった。

たぶんこの女子たちの目当ては……。


「八谷くーーんっ!!」

「先輩かっこいいーーっ!!」


(…やっぱりあいつか)


八谷 亮輔はバスケ部。顔面偏差値が高いうえに運動まで出来るもんだから、ファンクラブまであるという噂がたつ程の人気ぶり。

他にも男子がいるというのに、聞こえてくるのは八谷の文字だけ。

ピーッと休憩の笛が鳴ったと同時に群がっていく女子たち。


(…気づかれる前に立ち去ろう。まぁ、こんな人だかりの中で見つかるわけないけど)


なーんて柄にもなく変なフラグを立ててしまったもんだから、


…――ガシっ!!


私「っえ」

八「はぁっ、う、梅子ちゃんっ、見に来てくれたの!?」


フラグ回収。


まだ息も整ってないまま、私の腕を掴み見つめてくる。

頬や首筋に汗が流れている姿が不覚にも少しかっこよくて、ふいっと目線を下に向けた。


私「み、見に来たわけじゃないから」

八「え、じゃあなんでここに…」

私「人が群がってたから興味本位で来ただけ!…分かったなら手、離して」

八「あ、ご、ごめんっ」


周りの女子の視線が見なくても分かるほど痛く、私の体中に突き刺さるようだ。

その場にいるのが限界になった私は八谷の顔を見ずに去ろうと思ったが、ちらっと見えてしまった八谷の顔が何となく悲しそうで。

いつもの私ならそんなの関係なく帰られるのに。


緑『あいつの肩持つわけじゃないけどさ、あいつ良い奴だよ』

緑『少しは自惚れてもいいんじゃない?』


(…緑が、あんなこと言うからだ…)


私「………ぶ、部活…頑張って」

八「…えっ」

私「そ、それじゃあね!」


八谷の呼び掛ける声を振り切るかのように、私は家に急いだ。

こんなはずではなかったのに。



先「…――じゃあ、夏休みだからと言って羽目を外しすぎないように!!」


真夏を迎えたころ、私たちの夏休みが始まろうとしています。

ホームルーム終了後はウキウキと今後の予定を立てる声が、あちらこちらで聞こえる。


緑「夏休みか~。私はほぼ部活だなぁ」

私「部活掛け持ちしてるから尚更だよね」

緑「まぁねー。梅子は夏休みどうするの?」

私「う~ん…、これと言って予定は…」


部活には入っていないし、趣味と言えるものもない。恋人なんているわけもなく。


(…我ながら悲しい夏休みを過ごしそうな予感…)


緑「…あっ!じゃあさ、夏祭り一緒に行こうよっ!」

私「え、夏祭りってここの?」

緑「そうそう!浴衣も着て、屋台まわって!あ~っ、想像するだけで楽しそう!」

私「いいねぇ、楽しそう」

緑「よしっ!決まり!細かいことはまた連絡するよ」

私「うん、わかった」


悲しい夏休みの中にできた楽しみな出来事。それだけで気分が晴れるようだ。

じゃ、また!と部活へと去って行った緑。

入れ替わるように私の前にやってきたのはもちろんあの男で。


八「梅子ちゃんっ、夏休みってなにか予定ある?」

私「…別に予定はないけど。何か用?」


目を合わせるとパァッと笑顔になる八谷。いつみても『ワンコ』という呼び名がよく似合う。


八「よかったら俺の部活の試合見に来ない?俺、梅子ちゃんが来てくれたらめちゃくちゃ頑張れる!」

私「は?なんで私が…」

八「前に頑張ってって応援してくれたでしょ?あの後の部活めっちゃ頑張れたんだ!

  シュートもいつもの倍入ったし!だから、試合でも応援してほしい!」

私「あ、れは…、その…」


自分でもなんであんなこと言ったんだろうと後悔したあの日。思い出すだけで恥ずかしくなるから、自分の記憶から消そうとしてたのに。


八「お願いっ!!」


バッと頭を下げてくる八谷。無駄に声が大きかったためちらほらこっちを見る生徒が。

周りからみたら私が頭を下げさせてると思われかねない。


私「……わ、分かった。見に行けばいいんでしょ」

八「ほ、ほんとっ!?ほんとに来てくれんの!?」

私「来てくれって言ってんのはそっちでしょ!そんな驚かないでよ!」

八「てっきり断られると思って…」

私「見に行くだけだからね、応援するかどうかは別」

八「それでもいい!来てくれるだけでめっちゃ嬉しい!!ありがとう!」


ニッコニッコと笑いかけて「やったー!」と叫びながら友達のもとに走っていく八谷。

その友達はまるで受験にでも受かったかのように大喜びしている。


(…まだ、信じたわけじゃないから…うん)


そう言い聞かせながらバッグに教科書を詰めていく私であった。



そして、その日はすぐに来た。試合の会場は少し大きめの市民体育館。

そこにはすでに見覚えのある女子たちが集まっていた。

目当ては聞かなくても分かる。


(…これだけの観客がいれば私なんて居なくてもいいじゃん)


なんて思いつつも一応約束は約束。空いていた観客席に腰を下ろす。


(…というか、女子バスケ部はいないのかぁ。緑がいたら緑を応援するのに)


内心がっかりしていると、試合開始の合図が響き渡った。

バスケのルールなんて細かいものは分からないし、どこが強くてとかも全然知らない。

周りから聞こえる無数の歓声と熱気。そして緊張感。私が感じられるのはそれくらい。


(……あ、八谷)


ふと試合チームから視線を外すと、端に壁に寄り掛かった状態で試合を見つめている八谷の姿が。

その視線はいつものキラキラした視線ではなく、まるで相手の隙を伺うかのようなそんな視線。

あんな顔は初めて見たような気がする。


…――ピーッ!


他校の試合が終了。長いように見えて案外早く終わってしまうのだなと思っていた矢先黄色い歓声が体育館中に駆け回った。

そう、今度はうちの高校チームの番だからだ。


続々とチームメンバーがコートに入っていく。

試合の合図が鳴るまで応援の声は止まなかったが、合図が鳴れば…――。


「「………っ」」


みんなも私も、嘘のように息をのんで見守る。

八谷は人気があるだけあって、動きが飛び抜けていた。スピードもテクニックも。

みんなを彼が惹きつけて止まない。


(…あぁ、こりゃあ愛されるだけあるわ)


そんなことを、また柄にもなく思ってしまった。



私「……ふぅ、やっと全部終わった…」


なんだかんだ最後まで見ていた私。周りはゾロゾロとどこかに向かっている。

一応見に来たんだし、顔ぐらい見せた方がいいのだろうか…。

そんなことをふと思い、女子たちに付いていくことにした。



(…やっぱりたどり着いた。ほんっと人気があるよなぁ)


女子の輪の中には八谷の姿。アイドルが来たのかと思わせるほどの騒動ぶりになっている。

近づくのも至難の業かもしれない。


(…やめといたほうがいいかもしれないな、これは)


諦めながらその光景を眺めていると、バチッと八谷と視線が合った気がした。

そのあとすぐに人ごみをかき分けて出てくる人影。


八「…―梅子ちゃんっ!!来てくれてたんだね!!」


さっきの八谷はどこに行ったのやら。またいつもの『ワンコ』に戻った表情をしていた。

周りの女子は「誰?」「彼女?」とざわざわしている。


(…これは長居したらまずいことになる…)


私「まぁ、一応約束したから」

八「ありがとう!今すごく嬉しい!!頑張ってよかったよ!」

私「……私が来なくても観客は大勢いるのに」


ぼそっと独り言を呟いたが、それは周りの騒音にかき消され音を無くした。

それなのに、まるで聞こえてたかのように真面目な顔をして、


八「…今回の試合は、梅子ちゃんのために頑張ったんだ」


見透かされているような、そんな感覚になった。


先「おーい八谷ー。学校戻るぞー」

八「え、あ!じゃ、じゃあまたね!今日はありがとう!」


風のように現れて風のように去って行った八谷。

それについていくように女子の群れも移動していく。


私「……ほんっと、調子狂う」



8月中旬。今日は楽しみにしていた緑と花火大会。

親に浴衣を着せてもらい、下駄をはいて、少しだけ髪も結って。

なんというか、『女の子』になった気分だ。


私「いってきまーす」


足を運ぶたびにカランコロンと下駄が音を奏でる。

少し行った先で、緑が大きく手を振っていた。


緑「おーい!梅子ー!」

私「緑、お待たせ。焼けたねー」

緑「でしょ~?陸上はどうしても屋外だからさー」

私「確かにねー」

緑「ま、そんなことはいいんだよ!今日はパーッと回るぞー!」

私「おー!」


会場に着くと、すでに大勢の人たちと屋台からのいい香りが立ち込めていた。

人の熱気すら花火大会の醍醐味とも言える。


緑「どれからいこうかな~」


隣でウキウキと見渡している緑はとても可愛い。

長い黒髪を後ろ頭にまとめて花飾りで留めて、少し暗めの水色の浴衣を身にまとっている。

緑はもともと顔が良い方だ。モテないと言ったら嘘になる。


(でも、その緑は私が独占しているのだ!)


なんて考えながら焼きそばや綿菓子屋などあらゆる店を巡った。



緑「すっかり暗くなったねー」

私「そろそろ花火が上がるのかなぁ」


お腹も満たされ、あとはお待ちかねの花火。周りの人たちも場所取りを始めていた。


私「…あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」

緑「じゃあこの辺で場所取っとくわ!」

私「ありがとう」


人ごみをかき分け仮設トイレに向かっていた途中、一瞬見覚えのある人影が見えた。

まさかね、と前を向きなおすと、


八「…梅子、ちゃん?」

私「…は、八谷も来てたんだ」


Tシャツにジーンズとラフな格好の八谷は私の見慣れない姿を見て固まっている。

そんなにじろじろ見られてはたまったもんじゃない。


私「…そんなに見ないでほしいんだけど」

八「えっ、あ、ご、ごめん!!」

私「馬子にも衣装って感じでしょ。わかってるから」

八「ちがっ!!めちゃくちゃ似合ってる!!ほんとに可愛いよ!!」


私の両肩を掴み、必至な顔して弁解してくる八谷。別に怒ったりしないのに。


私「わかったわかった、もういいよ。じゃあ私行くから」

八「え、あ、ま、待って!」

私「…なに?」

八「…きょ、今日って誰かと一緒に来たの?」

私「そうだけど…それが何?」

八「…それって、男とか?」

私「…は?」


まっすぐ私から目を逸らさずに、そして逃がさないと言わんばかりに熱い。

じわりとかいた汗は、きっと夏の暑さのせい。


私「…み、緑とだけど…」

八「三枝さんと二人?」

私「そう…だけど」

八「…はぁ~…良かったぁ…」

私「えっ、あ、ちょっと!?」


へなへなぁっとその場にしゃがみ込む八谷。慌てて私もしゃがみ込む。

八谷の顔はなんだか嬉しそうで。


八「…てっきり男と来てるのかと…」

私「そんなわけないでしょ。ほら、しゃがむならもうちょっと端にいきなよ」

八「あ、そうだね…――」


ぱっと八谷が顔を上げると思ったよりも顔が近くて。整った顔がすぐそばに。

離れなければ、と思って体を動かす前に八谷の手が私の顔に触れた。


八「……マジで可愛い」

私「…え」

八「…梅子ちゃん。俺ほんとに梅子ちゃんのこと…――」

私「八…――」


――…ヒュ~~~~…バァアンッ!!!


私「…え?」

八「…あ、花火…」

私「…――っ!じゃ、じゃあね!!」

八「え?あっ!梅子ちゃん!!」


花火によって現実に戻された私は、逃げるかのようにその場を去った。



緑「…―あ!梅子遅いー!花火もう始まっちゃったよー…ってなんか顔赤くない?」

私「え!?は、走ってきたからじゃない!?」

緑「ふーん、まいっか。早くこっちおいで!」

私「う、うん」


緑の横に座り花火を見ようと空を見上げるが、頭にあるのはさっきの光景。


八『俺ほんとに梅子ちゃんのこと…――』


あの言葉の続きはいったいなんだったんだろうか。

自然と早まる鼓動。


(……いや、私が思っているようなことなんてない。忘れよう、それがいい…)


無理やり記憶を消し去り、目の前の花火だけに集中した。


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