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【エッセイ】誰もが怖いと感じられるものとはなんぞや

作者: 佐々丈伴太

 ITの発達により有史以来最も早く、それはもう圧倒的なスピードで消費されているホラーコンテンツたちをどう長生きさせるかを考える。考えざるを得なくなったきっかけとなった理由は大それたモノではなかったが、そこはそれ、真面目に考えてみよう。

 君だって今さらインプとかメドゥーサとか一反木綿にぬりかべなんて聞いても、別に怖いなんて感情は出てこないはずだ。私も精々ゲームかアニメしか思い浮かばなかった。まさにそこが問題なんだ。

 不死の存在、超越的な力、あらゆる法則が違う世界など。そういったものに少々現代人は慣れ親しみ過ぎた。

 私がコズミック・ホラーのシナリオを書くにあたってまず思い当たったのは、そんな愚痴みたいな事だった。鼻息荒くGoogleを開いて、広大なネットの海の中から資料に埋もれた宇宙的恐怖のなんたるかを仲間内で共有してやろうと息巻いていた私だったが、人知を超えた怪物の資料や伝説に語られるような惨事の資料をみつけてみればみるほどそれらに恐怖の感情をまったく持てないでいる事に気づいた。はて、私のハートはこれ程ホラーに強かっただろうか。あいも変わらずFNaFやP.T.は起動すら出来ないでいる私だが、宇宙的恐怖に関してはまったくと言っていいほど感じとることが出来ていない。これはいったいどういう事だろうか。もしこの私の感覚が仲間内でも共感を呼ぶようであれば、このままシナリオを書き上げて次のセッションを迎えてしまうのはそれこそ恐怖というものだ。この感覚をなんとかしなければ。こうして私はこの感覚の原因を深く探ることにした。


 世界にまだ最果てが存在していて太陽と月が大地を中心に回っていた頃、人々はいい意味で世界を知らぬが故に、天使や悪魔といった類のものが片田舎の農園にさえ偏在していた。彼らの無知から生まれる想像力たるや目を見張るものがあり、彼らはそんな妄想たくましい自分達が生み出した様々な空想の産物に日々おびえていた。

 だが今はどうだろう。私達は誰もが大地が丸い事を知っているし、太陽と月が同じ大きさだろうだなんて近所の子供ですら思っていない。知識を手にしてしまったばかりにそういった信心深さのようなものを失った現代人に、私がやれ天狗が出たと言ってみたところで怖がってはもらえなくなってしまったのも肯ける。例えこちらが手を変え品を変え怪現象を提供したところで、聞き手側のもつ逸話のレパートリーも多すぎて、ああこの現象はあれかなあの怪物はこれかなと推察されるばかりだ。もはやそこに"未知への恐怖"はない。

 ならば私たちライターは未知の恐怖をもう作れないのかというと、そんなことは決して無いとも思う。


 少し話は逸れるが、私は子供の頃に自分以外の存在や世界は実は存在していないのではないかなどと考えた事があった。だるまさんがころんだよろしく、自分が目をつぶっている間は世界は存在しておらず、目をあけて写る景色は何か超越存在によって用意された幻の類ではないかとも疑った。そう疑える程には世界にはまだ知らない事が溢れていたとも言える。(そんな私も今では様々な事をそれなりに知り、明確にこれを否定出来るだけの幾つかの論拠も持ち合わせている。安心してほしい。)この子供の頃に感じた漠然とした恐怖感を「悲観的な推測からくる、確証を持てない恐怖」とでも名付けるならその逆、「楽観的な推測の、その論拠が崩れる恐怖」なんてものはどうだろう。あれはおそらく既知のものだろうと楽観的に真実に近づこうとした時に、近づけば近づくほど異質さを感じ取っていき、ある時点で最初に立てた楽観的推測が自分自身で信じきれなくなるという寸法だ。ああこれならあれの事だろう、知っているぞ、そう、そうそ……ん、いやまて、それはおかしい、ちょっとまて、なんだそれはといった具合で。この手法の演出はなかなかに未知に対する恐怖を思い起こさせてくれるのではないだろうか。


 例えば君がクルーズ船で休暇を楽しんでいたとしよう。ロビーや談話室でくつろいでいる時、ふと騒がしさに目を奪われ部屋の隅に人垣を見つければ小さな好奇心が生まれるだろう。一体彼らは何をそんなに騒いでいるのだろうか。どこかの団体客がなにか特別な催し物でも開いているのだろうか、と。

 すると君は誘われるようにそれに近づいて行き、漏れ聞こえる会話から拾える情報と先の君の推察を照合しだす。近寄る前に思った事が当たっていたかどうかを探るのだ。この段階で君の推察が真実であったなら、なぁんだと君の興味は急速に失われてしまっただろう。しかしどうやらそうではないらしい。集まっていた客たちの顔ぶれはお世辞にもまとまりがあるとは言えない。老若男女の多様な客層であるし、こうして部外者の君が寄って行っても邪険にされる事はなく、一体何があったのかと声をかけてくるのを待っている雰囲気さえある。

 さて、こうなると君の好奇心はぐっと高まる。最初に抱いた小さな好奇心と推察や期待を持参して、さあ実際はどうなんだと事実に近づき照らし合わせたとき、それがどうやら違うようだと裏切られてしまうと余計に真実が知りたくなってしまうだろう。ふむ思ったのとちがうぞ、では一体なんの騒ぎなんだろう。そういった具合だ。

 船の話に戻ろう。君がここで聞きつまんだ話をまとめるに、どうやら人が甲板から海へ落ちたらしい。ただこの人達は、海の藻屑となった人物が何号室の誰さんだったのかがわからずあれこれ騒いでいたようだったとする。どうせ丘に上がるまでやる事もない、と探偵の真似事を始めた君は、噂のしっぽを掴んでいく内に件の落下を直に目撃した者までたどり着く。この目撃証言によって聞き出すことができた人物的な特徴から落ちたと思われる人の推測もできて、ようやく聞き手は幾分すっきりとした気分となる。ここまで調べる段階で知り得た故人の近況や財政状況に交友関係も合わせれば、それとなく身を投げた理由を推し量ることもできそうだとしよう。ああそれは海に落ちても仕方がない、と思えるようなやんごとなき理由だ。かわいそうに。

 さあ大体の真相を推測できたおかげで君の好奇心は完全に満たされた。がブルーな情報を手に入れてしまったおかげでせっかくの休暇が残念な事になってしまった、と心に少なからずもやもやも残るだろう。軽い気持ちで君の探偵劇を横から見物していた周囲の人々もその事に悪態をつきながら三々五々に散っていく。そんな中、残された君の記憶が知る”これでは納得のいかない些事”がちくりと胸を刺しはじめる。

 まてまて本当にそんな理由で彼は命を投げ捨てたのか?彼は港を出るとき誰と会っていた?思い出すんだ、どんな様子で彼はこの船に乗っていた?……と、記憶の旅を終えた頃には君の疑念は確証に変わりだす。彼が海に身を投げざるをえなかった理由は、別にあるはずだ。あるに違いない。

 そうして君と周りとの間にこの事件に対する温度差が生まれる。周囲の人物と差別化を図った事ではれて物語の主人公となった君は、知らなくてもよかった本当の真相へと向かっていく。この後少しばかりの紆余曲折を経て手に入れるであろう真相という箱を開ける前に、私が君にふと考えさせてみよう。彼が海に身を投げざるを得なくなったような、逼迫した事情がきっとその真相という名の箱の中にある。この箱の蓋を愚かにも開け放ち、中にある"何か"を"知ってしまった"が故にきっと彼は身を投げたのだ、というように。

 そうすると君はこれを開けるだけの決心をつけられるだろうか。もしそれでも開けるというのなら、それははたして勇気か無謀かどちらなのだろう。海面に浮かぶ死体をひとつ増やしてしまうだけに終わるのではないだろうか。そんな考えに震え出す一方で君はこうも思う。しかし一体”何”が彼をそうまでさせたのか、その答えはもう目の前にある。

 さあこれでその真相という箱は君にとって完全に未知にあたるものになった。君がここまで立ててきた数々の推測も、その論拠を自らで打ち壊してきた結果手に入れられた完全なる未知だ。


 こうして私は未知の恐怖を用意できた。でも私のようなライターは絶対にこれを主人公に開けさせようとはしない。もし開けてしまったのならその先は絶望のあまり廃人となるか揺れる水面に身を投げるかしかシナリオの選択肢を用意できないからだ。それはもう恐怖ではなく、単なる死だ。私というシナリオライターは君という読み手を恐怖させたいのであって、別に殺したいわけじゃあない。だからこそ、何があってもその箱を開けさせてはならないのだ。だが開けなければ宇宙的恐怖という腹の底まで冷え切るような恐怖を味わうことも出来ない。だから私は君が箱を開けたらそのタイミングでSanチェックだけを行い、なんの情景描写も行わず無言でキャラシートを取り上げセッションの終了を告げるしか無いのだ。


 よし。なんとなくどんなシナリオを書こうか決まってきた。あとは書きながら考えよう。それで皆が怖がってくれればよし。そうでなければその時はその時、また何か書きながら考えればいい。

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