16話 発動
今日からまた書いていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。
森を抜け、平坦な道のりを歩き続ける。ノームの言っていた氷の国≪フェンリア≫とやらは未だ見えてこず、ただ代わり映えのない景色の中を進む。とは言っても、その景色はアスファルトでできた道や両脇を高い建物に囲まれたものではなく、草むらが適度に生え渡っており、遠くまで見通すことができる草原のようなもので、目には清かであった。であるから、つまらない道のりでもどこか明るい気分でいることができる。
ポツリ、ポツリ
徐々に空が曇ってきたと思ったら、雨が降ってきた。
こっちの世界でも同様に雨っていうものは降るんだな、と変わらないことを見つけ少し感慨深くは思ったが、これはとても困ったことだ。
「誰か傘とか持ってきてるか?」
「ううん、急いで詰めてたせいで雨具は持ってきてなかったわ。」
「僕は持ってきたけど、折りたたみのやつだから皆で一緒に入るっていう訳にはいかないよ。そういう凪は持ってきたの?」
「いいや、俺も忘れてきちまったんだ。」
俺たちは3人に対して、傘は1本しかない。特に着替えを持ってきたわけでもないし、そんな中で雨でグッショリと服やズボンが濡れてしまったら、冷えて風邪を引いてしまったりと、今後に響きかねない。
なら、一刻も早く雨をしのげる場所を見つけた方が良さそうだな。幸いなことに降り始めた雨はまだ小雨である。
「雨が強くなる前に、雨宿りできる場所を探すとするか。」
そうして、俺たちは雨宿りに適した場所を探すことにした。しかし、ここは見晴らしのいい草原だ、そんな直ぐには見つかりはしないだろう。と、半ば諦め気味ではあった。
「ねぇ!そこに、家っぽいのない!?」
なんだって!?
しかし、そんなにも都合がいいことはないだろうと思ったが、芽依の指す方に目をこらしてみると、遠くの方に確かに家らしきものが見えた。草原の真ん中にポツリと佇むその家はとても異様なものに思えたが、他に雨宿りできそうな場所が見当たらないのでひとまずそこへ駆け足で向かってみることとした。
家の前まで来るといよいよその不気味さが増してくる。明かりは灯っておらず、穴の開いた壁は所々つぎはぎされた後が見受けられ、住んでいたと思われる。
ここに入るかどうかを3人で相談したが、背に腹はかえられないということでノックだけして入ることにした。
コンコン
木でできたドアをやや強めにたたくが、中から返事はない。今は誰も住んでいないということだろうか。返事はなかったものの中に誰かがいては困るので、一応「おじゃましまーす」と発しながら、ドアをゆっくりと開く。
うん、やはり誰もいない様子だ。
「雨が止むまでここで休ませてもらうとしようか。」
「そうね、雨が強くなる前に見つかって良かったわ。」
壁は所々穴が開いて、すきま風が入ってきていたが、天井の損傷はあまりひどくなく雨漏りは少ししかしていなかった。ここなら安心して過ごせそうだ。
「森からだいぶ歩いたけど、まだフェンリアは見えてこないね。いったい後どれだけかかるのやら・・・」
床にドスッと座り込んだカイのその声色から、明らかに疲れの色が見て取れる。
「ほんとほんと。歩いても歩いても草ばっかりで、人の姿すら見当たらないじゃない。せめて何か見えてきたら歩きがいも増すんだけどなー。」
「ノームのやつ嘘言ってないだろうな・・・あいつ森から出られないみたいなこと言ってたし。」
「そうだったら、このまま一生草むらを歩き続けることになったりしちゃうかもね。」
「ちょっと!冗談でも止めてよ。」
いつもの会話のノリではあったが、疲れのせいで乾いた笑いしか出てきはしない。はぁ、本当に疲れた。
俺もドサリと床に座り込むと、
カランカラン
と何かが鞄から滑り落ちた音がした。
「はいこれ、落ちたわよ。」
拾おうとしたら、先に芽依が俺に拾い上げてくれた。
何が落ちたのかと思ったら、それはノームからもらった義父さんの形見、そうオーパーツであった。初めてまじまじと見るが、キラキラ輝いており、やはりとても綺麗である。
そういえば、これには不思議な加護があるとノームが言っていたな。思いがけず、そのことが頭をよぎって見渡すが、これといってそんな様子は感じられない。ただの綺麗な置物でしかない。
「ねぇ、凪。そのスイッチ押してみてよ。」
考えにふけっていると、カイが口を挟んできた。
しかし、確かにこのスイッチを押したことがなかったので、それもそうだなと思って、押してみることとした。
カチッ!
そう音を立ててボタンが深く押された。だが、目に見える変化や事象が起こる気配すら感じられない。ちょっと期待していた分、こうなにも起こらないと少しがっかりした気分になってしまう。異世界があるのなら、魔法や異能力の1つ2つあったとしてもおかしくはないだろうに・・・。
「なーんだ、何も起こらないのね。つまらないの。」
「ま、こんなことだろうと思ってたけどね。」
うるせ!それを言いたいのはお前らじゃなくて俺の方だっつーの!
「お前らのやつにも何かあったりしないのか?」
「うーん、僕のやつは見たとおりのただの鍵だからね。何か仕掛けがあるようには思えないよ。」
「私のもただのピアスだし、カイのに同じく。」
まぁ、そうだよな。だから俺はこれを選んだわけでもあるし。俺のになくて、2人のにあったりしたら交換して欲しいくらいだ。
あー、疲れたし、何より暇だなぁ。
オーパーツに関する話題は直ぐに終わりを迎え、ますます手持ちぶさたのなってしまったものだ。だが、動く気もしない。
そうして、何気なくもう一度カチッとオーパーツのボタンを押し込んでみた。
すると瞬間、目の前がグワンと揺らいだように思われた。はぁ、そうとう疲れが溜まってるんだな。少し横になるとでもするか・・・。
そう思い、体勢を寝かせようとしたときであった。ある異変が起こったのは。
「なーんだ、何も起こらないのね。つまらないの。」
「ま、こんなことだろうと思ってたけどね。」
芽依とカイが先ほどと全く同じ言葉を発したのである。そう、さっきボタンを押して何も起こらなかったときと同じ言葉を。
「お前ら、それどういうノリだよ。何でさっき言ってたことをもう一度言うんだよ。オーパーツについての話はもう終わっただろうが。」
こいつらも疲れているせいで、おかしくなっちまったんだな。
「お前らも疲れてるんなら横になったらどうだ?」
そう言い放ち、2人の方を向くと、2人は顔をしかめて俺の方を見ていた。ん?俺の顔に何か付いてるのか?
「なんでそんな目でこっちを見てんだよ。」
すると芽依が口を開いた。
「あんた何言ってるの?あんたの方こそ相当疲れが溜まってるんじゃないの?」
「はぁ?確かに俺は疲れてるが、数分前に自分の言ったことを忘れるようなお前たちよりは大丈夫だよ!俺より先に自分の心配をしろ。」
疲れのせいか、思ったことがスラスラと口から出てきた。どうだ、いつもはいじられっぱなしだが、今回は言ってやったぞ!
しかし、相も変わらず2人の表情はいぶかしそうである。
「私たち同じことを2度も言ったりなんかしてないわよ!一体何を言ってるの、さっきから。」
「いや、思いっきり言ってるじゃないか!『なーんだ、つまんないの。』ってな!」
芽依の口調のまねをしながらそう言って見せた。
「待って!」
俺と芽依がバチバチと口論を交わしていると、カイがその間に静かに割り込んできた。
「あぁ?」
「何よ!」
2人ともカイに食いかかるかのように、そちらを向いた。
「もしかしたらだけど・・・もしかしたらだけどだよ?」
「早く言えよ」
もしかしたらと自分の言うことに保険を掛けて、カイは慎重に話し始めた。
「もしかしたら、凪の言い分も、僕たちの言い分も両方とも真実なんじゃないかな。」
カイの全く中身が見えてこない言葉に、「どういうことだよ?」と首をかしげる。
「凪が僕たちの言った言葉が2回目だって言うのと、僕たちがそれは1回目だって言うのが両方とも本当だって言うことだよ。」
「だから、どういうことだよ?」
「さっき凪が、オーパーツのボタンを押したときに実は何かが起きてたんだよ。そしてそれは、たぶん、時間移動みたいなことなんだ。ボタンを押した凪だけが、少し先の未来へ進んで僕たちの言葉を聞いて、それでそれを聞く前に戻ってきたんだ。だから、凪からしたら2回目だし、時間を移動しなかった僕たちからしたら1回目なんだよ。」
っ!?
正直、適当なことを言ったら言い返してやろうと思っていたが、あまりにもその説明がこの状況を正しく説明しており、反論することができなかった。むしろ、その通りだとまで思える。
「きっと、この不思議な現象がノームの言っていた『不思議な加護』ってやつなんじゃないのかな?」
まさか、そんなことが本当にあるだなんて・・・
その事実に驚きを感じると共に、自然と胸が高鳴っていたのはいうまでもないだろう。