14話 成浩
「なんと面白い神のいたずらか。」
ノームの言う「成浩」が俺たちの義父さんであるということが判明すると、ノームは誰にも聞えないような声でそうつぶやき、改めて俺たちを見つめてくる。その眼差しはまるでとても懐かしいものを見るような眼差しであった。きっと俺たちの姿に義父さんの姿を重ね合わせているのだろう。でも、俺たちと義父さんは本当の親子じゃないから面影どころではなく、申し訳なさをひしひしと感じていた。
だが、だからといって真剣なノームを止めさせたりするのは悪いなと思ったのでノームの気が済むまでの間、俺は視線を宙で泳がせ、この場をやり過ごすことにした。
「しかし、お主らは成浩とあまり似ておらんのだな。あやつはもっとこう、目がほっそりしておったぞ。」
あっ、やっぱり気づいたな。
「あぁ、義父さんは、じゃなくて成浩は本当の父さんじゃないからな。俺たち3人は元々孤児で、幼い頃義父さんに拾われたんだ。だから似てねぇんだよ。」
そのことを知らせると、突然ノームは「はっはっはっ」と大きな声で高笑いをし、俺は何か気に障ることを言っちまったのかとピリリと身を痺れさせる。しかし、それは杞憂に終わることとなる。
「それはいかにも成浩らしいな。余が知るあやつも困ってるものを見捨てられぬ性分であった。『助けて』と聞けばエルフだろうと人間だろうと、種族の問題などつゆ知らず救っておったわ。」
そう言って、ノームはまた「はっはっはっ」と笑い続ける。そして義父さんとの思い出を思い出すとまた話し始め、それが終わると笑い、思い出すとまた話し始める。ゾーヤおばさんには迷惑だっただろうが、俺たちにとっては義父さんの過去や、思わぬ一面などを知ることができるとても楽しい時間であった。このようにしてノームの話を聞いている内に、時間はどんどん過ぎ去ってゆき、気づけば太陽は下り始めていた。
「はっはっはっ、少しばかり話をし過ぎたな。」
「いえいえ、僕たちにとってもとても楽しいお話でした。」
「うんうん、お義父さんにそんなアクティブな一面があったなんて驚いたわ。休日とかは家から一歩も出ようとしなかったのに。」
「して、まだ聞いておらぬことがあったな。」
「おう、なんだ?」
「成浩、あやつは今も息災であるか?あやつがこの森を去ってからというもの、いつも気にしておったことだ。」
不意に言い出しづらかったことを伝えなければならない瞬間が訪れた。別に隠しているつもりはなかったが、ノームのあまりにも楽しそうに話す姿を見ている内に、知らせないまま幸せでいれるのならその方がいいのかもしれないと思った時もあった。
だが、ここまで義父さんと仲が良かったノームに真実を隠すのはやはり残酷なことであり、ここまで仲が良かったノームだからこそ言わなければならないと思える。
念のためチラッと2人の方を見てみると偶然的に、いや、たぶん必然的に目が合った。ノームの問いを受けて、2人とも俺と同様「どうしようか」と思ったに違いない。
そして目で訴え合い、3人の意思が同じであることを確認した。よし、ノームには本当のことを伝えよう。
「急に黙り込んでどうしたのだ?」
少しばかり打ち合わせに時間がかかりすぎたせいでノームから催促の言葉が投げかけられた。まぁ、それほど義父さんの状況を知りたいという気持ちが強かったということだろう。しかし、聞きたかったのは義父さんが息災にしているという報告であっただろうけれど。
「あぁ、悪い。義父さんのことだよな。」
「そうだ、成浩はどう暮らしておる?」
向けられる目や弾むような声から期待が詰まっているように感じ、その期待を奪いたくはないと心が締め付けられるようだった。でも、言わなければいけない。
「・・・義父さんはつい先日、死んじまったんだ。」
その言葉は文字にすればとても短く、平素なものである。しかし、そこにはあまりに膨大な情報が織り込まれており、直ぐに「そういうことか」と理解することはできないだろう。
そのためか、俺が義父さんの死を告げてからの数秒、先ほどまで軽快に話していたノームは何も語らず、俺の言ったことを自分の中で反芻しているかのようであった。
「そう・・・であったか。成浩はもうこの世にはおらぬのだな。」
そして理解するに至ると、似つかわしくない細々とした声でそうつぶやいた。気のせいかも知れないが、その時のノームの目にはうっすらと光るものが見えた。
それからはノームが次の言葉を発するまで、ただ沈黙だけが過ぎ去っていった。
「つらいことを思い出させてしまったな。すまない。」
「ノームと義父さんの話を聞いてたら、教えてあげないといけないなって思ったから話したまでだ。だから、全然気にしないでくれ。」
義父さんの死が悲しくないわけではないし、思い出すのがつらくないわけではない。でも、その言葉に嘘は何一つないつもりだ。それを聞いたノームは、目を細めて俺たちに微笑んでみせた。そして「よいしょ」と座っていた体を起こし、立ち上がる。
「お主らはいつこの国を発つのだ?時間があるようだったら、成浩との思い出の場所など是非お主らを案内したいところがあるのだが、どうだろう。」
ノームの提案はとてもありがたいものであった。でも、犯人が今も遠くへと逃げて行っていることを考えると、俺たちもいつまでもこの国にいるという訳にもいかない。ただでさえ、ノームの話を聞いて当初の予定を大幅に逸脱してしまっているのだから。
だから、俺たちはいい答えを返すことはできなかった。
「俺たちは一刻も早く犯人を追いかけないといけないんだ。だからその提案を受け入れることはできない。」
「そうか、それは残念だ。」
ノームはその答えに明らかに落胆したようであった。しかし、それもつかの間のことであり、ノームの関心は直ぐに別のことへと移り変わる。
「して、今お主は“犯人”と言ったのか?」
「あぁ、そうだが・・・それがどうしたんだ?」
「お主らが探しているのは森を爆破したやつではなかったのか?確かに、余にしてみればあやつは我が森を爆破した犯人とも言えようが、お主らがあやつを犯人呼ばわりするのは果たしてなぜなのだ?」
あふれ出した疑問は決壊したダムから放水される水のようにとどまることを知らない。
「あぁ、そうだ。そもそも、なぜあやつの向かった先を聞くのかも今から思えば甚だ疑問である。一体どういうことだ、答えてみよ。」
あー、義父さんが死んだことはさっき伝えたけど、殺されたことについてはまだ説明してなかったな。そのことが俺たちとノームとの間で何か変な誤解を生みそうであったので、義父さんを殺したやつが森を爆破したやつと同一人物であるということを絡まった糸をほどくように丁寧に説明した。
一通りの話を終えると、ノームは「まさか、そんなことが・・・」と呆然とする。だが、その言葉には怒りの激情がこもっているようであり、気のせいか周りの空気までピリついているように感じられた。
「余に手伝えることはないだろうか?できることならお主らとともにこの森を抜け出して、成浩の雪辱を果たしてやりたいところだが、なにせ余はこの森の精霊である。そうするわけにはいかぬのだ。」
精霊には面倒な制約があるものなんだなと思うとともに、突然そんなことを言われてもなぁと少し困惑してしまっていた。だってもう犯人の行き先や特徴については教えてもらったし、特段聞きたいことが思い当たらないんだよな。
「そう言ってくれるのはありがたいが、その気持ちだけで十分だ。」
けれど、ノームは「しかし・・・」と言ってなかなか納得して引き下がろうとしなかった。
俺たちも義父さんのために何かしたいというその気持ちは痛いほど分かるため、無理矢理断るもできずにいると、「そうだ!」と突然ノームは何かを思いついたようで立ち上がる。
「しばしここで待っておれ。」
そして、俺たちにただそうとだけ言い残して、よろよろと家を飛び出していってしまった。
「どうする?」
首をかしげながら困り顔でカイがそう言うと、
「もうどうしようもないでしょ。ノーム様が帰ってくるまで、それまで待ちましょう。」
完全に諦めた口調で芽依が答える。
ノームがどこへ何をしに行ったのかは分からなかったが、俺たちはもう少しだけゾーヤおばさんの家で待たせてもらうことにした。ゾーヤおばさんには申し訳なかったけれど、