13話 邂逅
切りが悪くて少し長くなってしまいましたが、
最後までお読みくださると幸いです。
コンコンコン
「はいはい、どちら様じゃ?」
返事がしてからしばらくして、ガチャッとドアを開いた。ほの暗い部屋の中から姿を現わしたのは、70歳はゆうに超えていると見えるエルフの女性であった。薄手のベージュ色のローブに身を包み、首や手首には複数の装飾品を付けているのが見受けられる。年のせいか腰はすっかり曲がり、その手には木でできた杖を持っていて、身なりだけで判断するならば、想像通りの魔女といったところであろう。
このエルフがネーアたちの言っていたゾーヤおばさんか。
「ノーム様に会いに来ました。こちらにいるとネーじゃなくて、王女様から伺ったんですけど。」
「あぁ、お前たちがノーム様の応急処置をしてくれた人間かね。ネーア様からお話はたんと伺っておる。ささ、早く中に入られよ。」
エルフの国に入れたのも、王宮で休めたのも、そして今だってゾーヤおばさんとこんなすぐ折り合いがつくのも何もかもがネーアのおかげなんだなぁと今更ながら感心してしまう。
そしてゾーヤおばさんに案内されるまま家の奥へ奥へと入っていくと、そこには昨日助けた男性が座って待っていた。あの時は怪我をしており意識を失っていたので、今起きている姿を前にするとあの時とは全く印象を受ける。これがオーラとか迫力というものなんだろうか。
失礼ながら見入ってしまい、何も口に出せずにいると、
「お主らが件の人間たちか。話には聞いておる。その節は世話になったな、助かったぞ。」
ノームの方から話しかけてくる。その話し方は勇ましい青年のようで、50代くらいに見える見た目とは少しかけ離れているように感じられた。でも、まぁ精霊は長生きだとどこかで聞いたこともあるし、その一生で考えてみるとノームはまだ本当に若いのかも知れない。
「いえいえ、そんなに感謝されるほどの手当をしたわけじゃないんで。」
ノームの感謝の言葉に、芽依は少し照れながらも日本人らしく謙遜してみせる。もし俺たちが同じこと言ったら芽依は、「大変だったんだから、もっと感謝しなさいよ!」とか上から目線で偉そうにしていたに違いない。
「何を謙遜しとるか。」
うぉ、俺の心の声が漏れたのかと思った。
ちょうど思っていたことが誰かから声に出され、びっくりしてしまった。内心、いいこと言ったぞと思いながら、その声がした方向を向くと、声の主がゾーヤおばさんであることが分かった。
「お前さんの手当がなかったら、ノーム様はこんなに早く御回復されなかったじゃろうからな。人間の医療アイテムもすごいものじゃ。」
それを聞いた芽依はきっとうんと鼻を伸ばしていたに違いない。見た目には出さなかったけど。
「して、お主らはわしに何か聞きたいことがあるらしいが、それは何だ?答えられる範囲で答えさせてもらおう。」
今までのことは一旦置いておいて、話は重要な部分へと移る。
誰が言おうかと目で会話をしていると、やはりカイが「じゃあ、僕から話しますね」と一歩前に出て話を始める。
「まず、ノーム様には森の中にあるものなどを把握する能力があると伺いましたが、それは本当ですか?」
「うむ、いかにも。」
「それでは、森を爆破した人間がどこへ行ったのかを教えていただけませんか?」
「おぼろげながら覚えておるぞ。あやつは確か・・・おぉ、そうだ、北の方角へ行きおった。」
「北、ですか。ちなみにここから北へ向かうとどんな国などがあるのでしょうか?」
「ここから北へ向かうと氷の国≪フェンリア≫へとたどり着く。そこを超えてさらに進むと炎の国≪イフリア≫があるはずだ。」
氷の国≪フェンリア≫に炎の国≪イフリア≫か。
なんかここに来て急に異世界感が出てきたな・・・
カイは次の質問へと移る。正直に言えば、ここからが義父さんを殺した犯人を特定するための本命の質問であるといえる。
「次にそいつの特徴を覚えている範囲で教えてください。どんな些細なことでもかまわないのでお願いします。」
そう、犯人の特徴についての質問だ。たとえ北に向かったところで、犯人の姿・形が分からないのであれば、お手上げである。
「ふむ、あやつは白髪交じりの黒髪に、黒い瞳、そして少し髭が伸びておったな。背丈は170ほどで、歳はおおよそ40から50といったところであろうか。後、特に印象に残っているのは左頬にあった独特な刻印と、その腕に金色に光る装飾品を持っておったことだろうな。」
ノームから話される特徴から犯人を想像する。
そして、その姿を頭の中に焼き付ける。決して忘れないように。
「なるほど・・・色々と答えてくださりありがとうございました。聞きたかったことは以上です。」
「そうか、力になれて良かった。」
こうしてノームから犯人への手がかりを入手し、これ以上エルフの国に居座る必要もないので、俺たちは軽い感謝と別れの挨拶をしてゾーヤさんの家を出ようとしたが、ノームの口から思いもしない言葉が発せられたため俺たちは立ち止まることとなる。
まさかこんなところでその名を耳にすることになるなんて。
「お主らのような人間は成浩以来である。他の人間たちももっとエルフと共存できたら良いのであるがな。」
そう、俺たち3人の義父の名を。
今、なんて言ったんだ?
「成浩」だって!?
ノームは特に考えずに言った一言であっただろうが、俺の耳は確かにそれを聞き取っていた。カイと芽依もそれをしっかりと聞き取っており、玄関で息を合わせたかのようにピタリと足が止まる。
「そんなところで立ち止まってどうしたのだ。まだ聞きたかったことでもあったか?」
「失礼ですが、今、『成浩』と言いましたか?」
いくら義父さんと同じ名前を聞いたからって「成浩」なんて日本に何人もいるだろうし、この世界にだって人間がいるのだから、まだ義父さんとノームの言う「成浩」が同一人物と決まったわけではない。
「そうであるが、それがどうかしたのか?」
だが、ゲートの出口が昔からこの森の位置で変わってないとするならば、義父さんは間違いなく過去にノームと何らかの形では出会っているはずだ。そうであるならばノームの言っている「成浩」が義父さんである可能性も十分にありえることだ。
早く確かめたい、胸の奥からわき上がってくるそんな気持ちに駆り立てられ、俺は慎重に尋ねようとするカイから話の主導権を奪ってノームと話を始めた。
「何でもいい、何でもいいから『成浩』の見た目が分かるものを持ってないか!?」
けれども、あまりにも説明する過程を飛ばしすぎたせいで逆にノームの不信感を買ってしまう。
「あるにはあるが、なぜそんなに『成浩』について知ろうとする、お主らと一体何の関係があるというのだ?そもそも『成浩』は異世界からやって来たもので、お主らとは・・・」
が、返ってそのことが真実へと近づく新たな手がかりをもたらすこととなった。怪我の功名というやつなのだろう。
「異世界だって!?『成浩』は異世界から来たのか?」
ノームの口から次々と出てくる義父さんと関連してやまない断片的な証拠の数々。
あと少しのところで足踏みが続き、そのことがじれったく感られて仕方なかったが、今は何とかしてノームに「成浩」の姿が確認できるものを見せてもらいたいと思い、ひとまず急かす気持ちを抑えて説明をする。でも、その口調はきっと早口になっていたと思う。
「俺たちも異世界から来たんだ!それで、俺たちの義父さんも同じ『成浩』っていう名前で・・・もしかしたら、その2人が同一人物かも知れねーんだよ。」
先ほどまで済ました顔であったノームも、俺の言葉を聞くと「なんと」と言って目を丸くし驚いた表情を見せる。それから、まだ安静が必要であろう体で立ち上がり、胸元に掛けてあったペンダントを外しながら俺たちの方へと歩み寄ってきた。
そして俺たちのすぐ側まで来ると、そのペンダントをカパッと開いてその中を見せる。どうやらそこにノームが言う「成浩」の姿が映っているようだ。
「どうだ?同じ人物であったか?」
その写真には、今とあまり変わらないノームと肩を組む一人の男性が映っていた。その男性の年齢は30代くらいと見受けられ、目を細くしてほがらかに笑う人相に見覚えどころか懐かしさを感じてしまう。だが、それもそのはずであった。むしろ、この状況ならそう感じない方がおかしいだろう。
俺たちと出会う前の多少若い姿であったとしても、その面影を見ればはっきりと分かる。
でも、そりゃそうだ。あんなに「好き」な人だったんだから。
そして震え声で俺はノームの質問に対して答えた。
「あぁ、間違いない、間違えるわけがない。この人は俺たちの義父さんだ。」
そう、ノームと一緒に映っていたその男性は、紛れもない俺たちの義父さんであったのだ。