10話 ネーア
「兄さん、その人たちは怪我をしたノーム様を治療してくれただけで、森を爆破した人間とはなにも関係ないわ。」
兄さん!?
こいつこの隊長のことを今、兄さんって言ったのか?
エルフの少女ことネーアは、今までの文脈から察するにクルシュの妹であるようだ。
「ネーアよ、それは本当なのか?」
「本当よ。私が保証するわ。」
さっきまでの毅然とした態度が嘘かのように、クルシュはヘコヘコと謙った態度を見せる。
一方のネーアは相も変わらず強気な態度を誇示していた。
さすがに不思議に思われて仕方がなく、今、彼らの会話に入り込んでいいのか分からなかったが
「なぁ、ネーア。お前って一体何ものなんだ?」
と尋ねてみる。すると、驚くべきことにネーアではなくクルシュの方から返事が返ってきた。
「お前だと!失礼な。ネーアはお主ら人間が関わっていいような・・・」
「兄さん、少し静かにしてくれるかしら?」
「う、うむ。」
ネーあの一声に再び、クルシュは言葉を控える。その光景に俺はますます、ネーアの正体が気になって聞き直す。
「んで、お前は一体何ものなんだよ?」
「私はこの森の王女、ネーア・ネスタスですわ。そして、この森の護衛隊の隊長を務めているのが私の兄なのよ。」
こいつが、王女だって!?
いや、確かに話し方がやや鼻につくような口調だったり、精霊のノームに付き添っていたりと今から思い返せばいろいろとおかしかった点はあったが、まさか王女だったなんて!
あまりに予想外な答えに、また俺の頭はパニックを引き起こす。
でも待てよ?
こいつが王女なら、クルシュは王子じゃないのか?
その答えは、ネーアが続けて話してくれる。
「エルフの世界では女性の方が男性よりも地位が高いのです。そのため、エルフの国では第1王女が王位を代々継承することに決まっていますの。だから、兄さんは私に逆らえないってことなのよ。」
なるほど。
エルフはエルフの社会質序があるってことか。
「ネーア、人間にそんなことまで教えなくても、」
「そんなことより、兄さん。あちらの木の陰で横になっているノーム様を大至急、ゾーヤおばさんの所まで運んでくれるかしら?」
その言葉に、クルシュは「はぁ」とため息をつき、
「お前ら、今すぐノーム様をお運びするぞ!」
と久々に隊長らしく命令をする。その命令に、兵士たちは「はいっ」と揃った返事で答える。
クルシュも大変なんだな。
そんなネーアとクルシュのやりとりを見ながら俺は苦笑していた。
「ねぇ、早く犯人の行き先だけ聞いて、私たちはおいとましましょうよ。」
俺が少しほっこりした気持ちになっていると、突然、耳元でボソリと芽依の声がする。
あまりに目まぐるしい展開だったので危うく忘れかかっていたが、ここにまで来てようやく俺たちの本来の目的を思い出した。
「どうやら僕たちへの疑いも晴れたようだしね。」
「そうだな、早いところ追いかけねーといけないしな。」
そうして3人で簡単な確認を済ませると、ネーアに犯人の特徴や行き先を尋ねてみた。
「私はノーム様に『危険だから、隠れていなさい!』って言われて、直ぐに木々の後ろに隠れたのよ。だからそいつの姿はほぼ見えなかったし、行った先も分からないの。あっ、でもノーム様なら分かるかも知れないわ。ノーム様にはこの森の中のことを把握する能力があるのよ。」
しかし、予想外の答えが返ってきて、俺たちの予定は今何度目かの崩壊を迎えることになる。そこで、俺たちは再度これからどうするかについて会議を始める。
「なんでこんな上手く行かねぇんだよ!」
「まぁまぁ、でもノームが起きさえすれば犯人について分かるってことだよね?」
「そうなるわね。」
「闇雲に行く訳にもいかないし、待つっていうのがいいと思うんだけど、どう?」
「そうね、それがいいわ。」
「こればっかりは急ぐわけにもいかないか。」
決まった計画は、ノームが起きるのをとりあえず待つ→ノームが起き次第犯人の行き先を聞く→この森を出発するというものだ。
「おい、ネーア。少しいいか?」
「呼び捨て・・・私たちそんな仲良くなったつもりはないのだけれど、まぁいいわ。それで、今度はどうしたのよ?」
ネーアからは微妙な返答が返ってきたが俺は気にせずに話を続ける。
「ノームが起きたら俺たちに教えてくれねぇか?ノームにどうしても聞きたいことがあんだよ。」
「なんだ、そんなことね。別にいいわよ。」
意外にもあっさりと了承の返事が返ってきて、俺は少し驚いていた。まぁ、ネーアも少しは俺たちに感謝してくれていて、それで態度が幾分か和らいだということにしておこう。
「ゾーヤおばさんに頼んだから、大丈夫だとは思うけれど、その間あなたたちは一体どこに居るつもりなのよ?まさか、野生動物たちも生息してるこの森の中にずっと居るって訳じゃないでしょうね?」
あっ、それは考えてなかった。
正確な時刻は分からなかったが、周りを見渡せば太陽はすっかり傾いており森の中は一転、暗闇と化しつつあった。こんなところに居るのは少し考えれば誰でも分かる、そう、危険だ!
でも、ノームが目を覚ますまではこの森を出るわけにもいかないしなぁ。
1つ問題が解決したら、すぐに次の問題が発生するとはいったいどこのクイズ番組だよ、この異世界は、とくだらない脳内一人芝居をしていると
「ほんと仕方ないわね。ならひとまず私たちの国に来るといいわ。」
ネーアから思いもよらぬ提案が飛び込んできたのだ。
「でも、いいのか?」
これは俺たちにとってとてもありがたい提案ではあったが、2言返事で答えることはできなかった。それは、ネーア自身が話していたこの世界での事情からであった。そう、この世界ではエルフと人間の間には長い間確執があるのだ。
そのため、もし俺たちがエルフの国に入ろうものなら、きっと大パニックに陥るだろうと思ったのだ。そうなれば、俺たちの身は安全とは言い切れない。まぁ、この森の中に居るよりは幾分かはましではあるだろうが。
「王女である私が言ってるのよ?安心なさい。」
おぉ、説得力が違うな!
こうして俺たちは、ノームが治るまでの少しの間エルフの国を訪れることにするのであった。