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目指せエロゲ、さよなら現世

 どこから話せばいいんだろうか?つまらない半生を語っても仕方がない。ならば、面白くなったところから語ればいい?だが、物事には順序ってものが必ずあるのだ。もちろん、これは冴えないやつが異世界に行った話だ。それならまずは、僕がなぜ異世界に行くことになったのか、それを話そう。


 突然だが、僕は信者だ。気取った言い方をするならヴィジュアルノベルの、普通に言えばPCゲームの、もっとあけすけな言い方をするならエロゲのだ。エロゲへの愛を語りだすと止まらないので、いったんそこから離れよう。だが、その前に一つだけ言っておかなけばならない。「毎月の最終金曜日」、これが何の日かご存知だろうか?察しのいいひとなら気づいただろうが、一般的にエロゲが発売される日である。つまり、十月のこの日から話を始めよう。

 その日僕は、大学の課題に追われながら朝を迎えていた。この日の授業は、全部自主休講、そして買ってきてから金土日の三日間ゲーム漬けの日々を送るというのが、毎月の恒例だった。だから、このように金曜の朝を迎えることは何も珍しいことでもなかった。朝九時に課題を仕上げ、机に散らかったスナック菓子の袋とエナジードリンクの空き缶を捨てた僕は、コートを羽織り、洗面所でマスクをとり、いつものように出かけた。中心部の駅にあるソフラックで予約していたゲームを大量購入した僕は、刀を持つ美少女が青と白で印刷された大きな紙袋を二つ抱えて地下鉄の駅のベンチに座り、批評時空で体験版の評価を改めて確認しながら、プレイの順番を考えていた。自分の中で作品と攻略ヒロインの格付けをしていたのだ。反対側のホームに電車がつき、人々が流れてくる。だがその流れはすぐに途切れ、そのかわりに男の乱暴な声が聞こえてきた。


「俺は、やってない。ふざけんな、行くところがあるんだ。」


 振り向くと、乗客に囲まれた四十代くらいの男がそれを振り切って逃げようとしていて、そこに駅員がかけつけようとしていた。どんどんギャラリーは増えていくようだった。どうせ痴漢か、と思った僕は立ち上がってその場を離れようとした。こんな面倒事はごめんだと、その時は思ったんだ。早く帰ってエロゲがしたかった、それだけだったんだ。だが、立ちあがったはずの僕はその場にうずくまっていた。立ち眩みがしたわけでも睡眠不足だったわけでもない。そして視界の端で、エロゲの入った紙袋はホームの端のほうへどんどん滑っていた。平日の出勤とは逆方向の十時前後のホーム、もちろん止めてくれる人どころか、止めてくれない人すらいなかった。その時、僕はただ、自分の大切なものを守りたかった。だから、転げるようにしながら犬が走るみたいに走っていた。僕は、紙袋に飛びつき、しっかりと抱きしめる。だが、そこにはもうホームがなかったんだ。そして最悪なことに光がものすごい音をたてながらせまってきていた。僕はただエロゲを胸に抱きしめながら、ヒロインたちを守って死んだ。


 痛かったかとか、そういうことは聞かないでほしい。痛い記憶はトラウマになって、転生後に精神障害を抱えることになるから覚えていないらしいんだ。僕が死んだ話は終わったから、これを教えてくれた人の話をしよう。もしかしたら、想像がついてたかもしれないが、彼は、その人は自称男だったんだが、僕を転生させてくれた神のような人だ。恩人だと認めるのは少し癪だが、神であることは間違いない。

 

僕は気づくと、丸まって赤いじゅうたんのような床を転がっていた。だが、腕や足と身体の間に挟んでいたはずの紙袋はなかった。紙袋を探して周囲を見渡しながら、僕は自分が電車にはねられたことを思い出していた。


「ねえねえ」


 子供のような可愛らしい声で、呼びかけられ、僕は後ろを振り返った。そこには、遊園地のメリーゴーランドみたいに立派な木馬に乗るナニカ……がいた。しいて言うなら人外だった。子供の声と乗ってるものに似つかわない化け物だった。よくハロウィンなどで見かけるシーツのお化けをもっとぼろぼろにして、雰囲気をもっと暗くした感じだった。だが、どこかで見たことのあるようなその存在に恐怖は感じなかった。


「君は、誰かい?」


「ぼくは、ぼくは、そうだなぁ、死神さ。」


 そこで、僕は魚雷ソフトというゲーム会社のゲームに似たようなキャラクターがいたのを思い出した。たしかにあの死神は悪いやつじゃなかったし、声優さんも女の人があててて性格も意外と可愛かったな。これは、話ができると思った僕は見た目は気にせず話を聞いてみることにした。


「僕は死んだということでいいんですか?」


「敬語はやめなよ、敬語は。きみは死んだんだよ。」


目をつぶっていると声のせいか本当にこの死神が可愛く思えてきていた。


「ところで、きみは……なんで目をつむっているのかな?」


だが、すぐに指摘されてしまう。


「ちょっと状況が呑み込めなくて、考えてたんです。死んだって実感がなくて。」


「そりゃ、痛みの記憶とかないからね。テンセーに響くし。」


「え、僕、転生できるんですか?」


「うん、そのためにここまで呼んだんだし。」


僕は小さくガッツポーズを決めていた。


「いや、なんで喜ぶの、死んだんだよ。」


「転生して勇者になって冒険してって、ロマンあるし、今、流行ってるんですよ、そういう本が。」


「それにしてもね、死んだ理由とか知りたくないの?」


「それ知って転生後、役に立つんですか?だって、転生しますよって、お知らせしてくれるだけでもうすごい親切ですって。」


「そういうものなの?」


死神は引き気味だった。


「いやだって、まず自分が転生したってとこを把握するところからまず始まるんですよ、だいたい。ものによっては夢の中だと思って、転生したことになかなか気づかなかったりするし。」


「じゃあ、これ以上の親切はいらないかな?ほんとはテンセーさきとか、ちょっとは選べるようになってるんだけど。」


そういって、死神は身体の中から広生苑と書かれた分厚い書物を取り出し、パラパラとめくりだす。あれは、適当に開いたページのとこに飛ばされるやつだ、そう思った僕は必死に止めに入った。あの時は、ほんとうに焦ったよ、だってろくでもない世界に飛ばされるくらいなら転生なんてせずに天国とかにでも行ったほうがよかったからね。


「いや、待ってくださいよ、本当に、ねぇお願いしますよ。」


「いや、冗談。これただの辞書だし。」


そう言うと、死神は辞書を投げ捨てた。赤い床に落ちた辞書はすり抜けるようにして消えてしまった。


「からかわないで、ほんともう人生かかってるんで、こっちは。」


「ごめん、ごめん。でも少しくらい話しようよ。ここ来る人って少ないから暇なんだよね。」


「え、みんな来るわけじゃないんですか?」


「そりゃそうさ、テンセーするにも条件があるんだよ。」


「え、じゃあ選ばれし者みたいな感じなんですか?」


「いや、ふつうはみんな天国とか地獄行くよ、きみはねどっちに行くのかが決まらないからここに来たんだよ。」


「え、どういうことですか?」


「僕の推測も入るけど少し話すよ。基本的にね、ここに来るのはだいたい子供のうちに死んだ子なんだ。そういう子って、まだいいとか悪いとか判断できるほど人生経験つんでなくて、天国と地獄、どっちの適正があるかわからないんだよね。きみも同じ。きみの人生を見る限りあまりに自堕落だ。きっと地獄落ちだっただろう。だけどね、君の死に際の行動でそれが帳消しになって、どっちとも判断できなくなったんだろうよ。」


「いやいや、エロゲ追いかけて電車にひかれただけなんですけど?俗っぽすぎるし、くだらなすぎる。」


「きみの命に代えてもなにかを守るって気持ちが素晴らしいって、評価されたんだよ。相手は彼女でも、親でも、友達でも、知り合いでも、それどころか人間ですらなかったけどね。」


死神は心底おかしそうだった。だが、急に真面目な顔になり、言葉を続けた。


「それにさ、きみが死んだときに駅で騒ぎがあったんだ。」


「そういえば、それを見たあと突然、倒れたんだった。」


「痴漢が逃げようとして、きみにぶつかってきたんだよ。それできみはよろけてうずくまって、紙袋はとんでったんだ。」


「え、じゃあ、僕が死んだのそいつのせい?」


「いや、まさか荷物おっかけて飛び込むほうが悪いでしょ、まぁかわいそうだとは思うけど……、頭がね……。」


死神は笑いをこらえているようだった。そして、それがおさまるとまた話し出した。


「それじゃあ、きみの死んだ話はここまでにしてテンセーの話しよっか。なんか、きみエロゲ好きらしいからエロゲの世界にテンセーさせてあげるよ。きみの死に方、面白くて気に入ったからサービス。」


「え、ほんとですか?言い方は気食わないけど、ありがとうございます。やった。」


「えっと、じゃあ適当に決めるね。」


「ちょっと待ってください。」


「あぁ、もうなんだよ。ちょっとめんどくさいぞきみ。」


「NateとかLadenzみたいな世界観だったら困るんですけど。」


「ああ、そういう話ね。大丈夫大丈夫。そういうのは修羅道の管轄でエロゲ道とは違うんだよ。」


「いや、六道にそんなのないでしょ。」


「いいからいいから。学園ラブコメ系の安全なのにしとくからね、それで文句ないでしょ?」


「それなら願ったりかなったりです。ほんとにありがとうございます。」


僕は、うれしさのあまり、深々と頭をさげていた。


「それじゃあ、決定でいいかな?」


「つかぬことをお聞きしますが、異世界に行くにあたって何かもらえたりしないんですか?強い武器もらえたりするの定番だと思うんですけど……」


「ちょっと待ってね。」


そういうとまた、死神は身体の中をあさりだした。


「こういうのならあるけど、例えばね、『落書きパッチ』とかどう?女の子がみんな裸に見えて、しかもえっろい落書きされてる。もちろん、きみにだけそう見える。」


「いや、子供みたいな可愛い声でそんなげすいこと言わないで。」


「いや、ぼく、おっさんだよ?」


死んだこと異常のショックだった。某ゲームの死神は中身可愛い女の子だったのに。


「そうですか……。ちょっとそれ生活に支障来たすやつなので、普通に無理です。」


「いや、でもほんとは欲しいんじゃない?これあれば、攻略しなくても裸見放題だよ。」


「でもさすがに……。」


少し、想像してみる。頭に浮かぶのは、裸で自転車を全力でこぐ、いかれた女教師だった。普通の抜きゲーでそういうのは見てきたはずなのに、なんで某電波ゲームのあれが浮かぶんだよと、少し悲しくなっていた。


(いや、話せないよ、むしろ逃げるよ。)


「つまんないやつだな、じゃあ、こんなのどう?自分以外の全員から自分が常に落書き塗れの裸に見えるパッチってのは。」


「いや、ほんとにやめて。」


想像すらできなかった。


「じゃあ、何欲しいの?」


「それは、学園通うなら、容姿をもうちょっと若くしたいっていうか。」


「は、きみ童顔じゃん。はい、もうこの話終わりね。」


「ろくでもない物しかもらえそうにないのでいいです、もう……。」


急におっさん丸出しにしてきたこの死神に僕は疲れ始めていた。


「普通の非抜きゲーのエロゲと違って、このゲームは寝取りだってある。だって人生を送るわけなんだから、きみとくっつかなかったヒロインみんな独り身にするわけにはいかないじゃん?」


「寝取りって言い方あれですけど、たしかにそうですね。」


「あとは選択肢もない、自分で全部考えろ、かわりに分岐は無限大だ。そして何よりも重要なのは、パッケージも公式サイトもないので、攻略ヒロインがわからない。だからもちろんスリーサイズもわからない。」


「どの娘を攻略してもいいってわけですか?」


「まぁ、ぶっちゃければ誰とでも付き合えるけど、ちゃんと攻略ヒロインはいるし、サブヒロインもいる。でも攻略ヒロインを攻略しなければ、これがゲームの世界である以上クリアできない。」


「攻略しないといけないんですか?」


「攻略しなければいけないよ、ゲームなのだから。女の子たちの秘密を知って、イチャイチャしつつも彼女たちを助ける。それが主人公に求められるものじゃないのか?」


「そりゃそうだけど。攻略ヒロインって大体超がつくほどの美少女だし、難易度高くないですか?」


「そこはもう主人公補正でなんとかするんだよ、そこら辺はもちろんちゃんとあるから。」


「わかりました、まぁ頑張ってみます。」


「じゃあ、行ってらっしゃい、島田くん。クリア条件はハーレムルートだよ。」


可愛い声のろくでもない言葉を聞きながら、僕は意識を失った。

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