エビルブラッド
マリエがお父様と呼んだ男はカーミリア男爵だった。キュリー伯爵、ダスピリス男爵と共同研究をしていたが半年ほど前に突然失踪し消息不明になっていたらしい。
一晩、神官達の治療を受け傷は治ったようだが衰弱していていてまだ目を覚まさない。心配そうにしているマリエを病室に残して外に出ると研究室の調査を終えたレイモンさんが戻って来た。
「吸血鬼はしぶといのでミイラからの復活もありえると警戒しましたが心配はいらないようです。牙など吸血鬼の特徴は残っていますが肉体的にも気に関しても人間のものです」
後は神官と神官騎士がキュリー伯爵家と両男爵家の調査を行うらしい。吸血鬼の反応も無いし事件は収束に向かっている。もうすぐ商工地区と下町の警戒体制も緩め、外出禁止と街道の閉鎖も解除するようだ。
「お父様!まだ動いては駄目です!」
マリエの叫び声で廊下に出るとカーミリア男爵が息も絶え絶えにこちらに歩いて来る、何かを伝えようと必死の形相だ。とりあえず会議室に行き座らせ、薬草茶と蜂蜜漬けの果物で栄養を補給し話を聞く。
カーミリア男爵は植物の研究の功績を認められ準男爵から陞爵したバリバリの学者で食物生産の向上や薬草研究、怪物化した植物の分類などで成果を上げていたらしい。
様々な魔石と魔力の循環そして吸血鬼等の自我を保ったアンデッドの研究をしていたキュリー伯爵とは、最近代替わりして長男が後を継いでいるダスピリス男爵の伝手で知り合い共同研究を持ちかけたようだ。
ダスピリス男爵はカーミリア男爵の教え子であり彼の長男とも親友だそうだ。彼の持ちかけた研究テーマは瘴気を浄化する植物と魔石を用いた、アンデッド化した人間の予防と治療、さらに討伐。住民のアンデッド化は国家存亡の危機になるでキュリー伯爵が特に推奨した。
瘴気を栄養として浄化する植物とそれを制御する魔石はすでに完成していた。後はそれをアンデッドの浄化と予防に生かすための技術だった。その時ダスピリス男爵がカーミリア男爵の長男ニクラウスに囁く。
「僕が見つけた技術を使えば君の母上を浄化して人に戻せるかもしれない」
カーミリア男爵夫人であるマリナは先代の聖女で、七年前の吸血鬼の始祖との戦いで敵を撃退したものの始祖の血を浴びてしまい吸血鬼汚染されてしまった。自らを聖水に封印し、始祖の血を滅ぼして欲しいと言ったが多くの人に慕われていたマリナはカーミリア男爵家の地下に封印されていた。いつか浄化できる日を信じて。
カーミリア男爵とニクラウスはダスピリス男爵の言葉を信じて封印されている部屋へと案内した。ダスピリスはいくつもの魔方陣ををマリナの眠る容器を囲み魔石も使い呪文を唱える。するとマリナの容器の聖水は凶々しい赤に染まり周りの魔石を取り込み固形化していく。
マリナは血の色のをした凶々しい魔石と化してしまった。ダスピリスはニクラウスをレイピアを突き刺すと高らかに笑った。
「ついにエビルブラッドの完成だぁぁぁぁ!先生ぃぃ!どんな感じですかぁぁぁ!最愛の妻が闇の魔石に変えられ、目の前で息子が親友であり自分の教え子にぶっ殺された気分はぁぁぁ!」
カーミリアはただ呆然としていた一体何がなんだか分からないでいた。
「阿保みたいにボーっとしやがって!もうコッチの計画はほとんど終わってんだ!キュリーのクソ間抜けも今頃吸血鬼化して俺の奴隷なんだよ、後はお前の持ってる植物と動物を融合して共生関係になる技術だぁぁぁ!」
それから半年もの間、キュリー伯爵家の地下牢に監禁され拷問をうけたが口を割らなかった、ニクラウスは吸血鬼化されてキュリー伯爵と共に奴の操り人形だ。
半年間、外のことは分からないが拷問が止み俺達が駆けつけた事からダスピリスに動きがあった事は確かだ。レイモンさんの提案でこの事件の鍵になるエビルブラッドについて調べる事にした。最後に気になる事があったのでカーミリア男爵に聞いておこう。
「なんでダスピリスはあんたを吸血鬼化しなかったんだろう?そうすれば拷問しなくても簡単に口を割ったのに」
「それは私が自分の心臓にピュアラフィプラントを埋め込んでいるからです、これは心臓の近くに種を植えて成長させる事によって毒物や瘴気を浄化する植物なんです」
それがあれば吸血鬼化を止められるし、毒とかにも効果があるよね。早く広めたほうがいいんじゃないかな。
「まだ動物実験の段階なんです、成功例も多いのですが相性や適性の関係で植物に取り込まれてしまう検体がいて、自分以外の人間で実験できる段階では無いんです」
自分にはやっちゃうんだ。この人ってマッドサイエンティストなのかもしれない。
カーミリア男爵とマリエを病室に残して俺たちは教会に向かった。教会の前には簡易の祭壇があって吸血鬼化されて討伐された人達
を弔っている。ほとんどは罪もなく吸血鬼に襲われて人間で無くなった上に殺された不幸な人達だ。遺体が無く灰と服しか残っていない。
多くの人達が家族や恋人仲間を失い泣いていた。被害者はキュリー伯爵家でミイラ化した人をあわせ全部で117人だそうだ。子供物の服を抱いて泣いている夫婦もいた。
教会本部で通された部屋の中には大司教、クリスティーナ校長、アーシアが集まっていて、もう一人レイモンさんの上司らしき神官騎士がいた。彼は神官騎士団長のカーデスさん初対面の時は鎧を着ていなかったが、俺の神気を感じた7人の内の一人だ。
エビルブラッドという名には聞き覚えは無いがクリスティーナ校長によると一年ほど前に神官学校の図書館にある禁書庫が何者かによって荒らされたらしい。禁忌とされる死霊呪術や闇の魔石の本が盗まれたそうだ、それを模倣か参考にした禁呪の類の可能性が高いらしい。
失われた禁断の魔術か、新たに産み出された邪法かは分からないが忌むべき技術である事にはかわらない。何より家族を想う恩師と親友を裏切り、多くの罪も無い人達の家族と未来を奪った事を許すわけにはいかない。
とりあえずダスピリス男爵家の捜査結果待ちという事で、今日は教会に泊めてもらう事にした。今は俺達に出来ることは何も無いので休んで体調を整えよう。
教会の客室で休んでいるとインテリスターから警告音とメッセージが出る。
「ダスピリス伯爵家に急げ」
急いで身支度して部屋を出るとアーシアが全速力で走ってきた。インテリスターと俺の神気を感じ取ったらしい。
「私も連れて行って下さい!マリナ様は私にとても優しくして下さいました、それに聖女としてのノウハウを教えて下さったのです、私が10才から聖女として何とかやっていけたのも全てマリナ様なおかげなんです!」
マリナが俺にお願いしていると、カーデス神官騎士団長とレイモンさんが完全武装でやって来た。
「護衛は必要でしょうそれに同行者はあと三人いますので」
するとクリスティーナ校長、カーミリア男爵、マリエがやって来た。三人共、事件の顛末を見届けたいらしい。
全員、覚悟は決まっているようなのでダスピリス男爵家に向かう、屋敷から凶々しい赤い光の柱が上空に伸びている。
屋敷のドアを開けると大広間になっていて奥にエビルブラッドと思われる巨大な魔石、その前に若い男が立っていた。あいつがダスピリス男爵だろう、周りには多くの吸血鬼がいる。
「ようこそ!先生、生きてたんですね!後は虫ケラ共!喜ぶがよい!この俺様が天才的な頭脳で作り上げた大発明エビルブラッドでこの世界の支配者になる瞬間に立ち会えるのだから!」
こいつがダスピリスか、悪党が色々自信満々に白状するシーンの始まりだな。
主人公が空気ですが次は活躍する予定です。




