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―雲海回想列車―

作者: 浅葱 暁

 視界がくらむ。

 駅のホーム。

 時刻はもうすぐ日付をまたぐ。


 日曜日だからか、この時間でも人は多い。


 今日は休日出勤だった。

 毎週のように土日も出勤。

 もはや休みなどない。

 そしてまた、今から六時間後には出勤。

 

 もう嫌になってきた。



 死ねばいいんだ


 

 しかし、列車に轢かれて死ぬのは色々と面倒なことになる。


 ──お前は迷惑しかかけねぇな。うっとうしいんだよ!

 

 上司の言葉が頭の中を過ぎる。

 もう迷惑をかけるのはやめよう。

 最も、僕を捨てたこの世を気遣う必要はないのだが。

 そんなことを考えながら、僕は列車に乗った。

 中には誰もいない。

 それどころか両隣の車両にすら人がいない。

 ホームにはあんなにも人がいたのに。

 間違って回送電車にでも乗ってしまったのか、いや、回送なら駅で止まらないしドアも開かないはず。

 

 もしかしたら疲れているのか。

 きっとそうだ。疲れから幻覚でも見ているんだ。


 そう思った僕はそっと目を閉じた。


 .....

 

 どれくらいの時が過ぎただろうか。

 目を開くと、車窓の外には、雲海が広がっていた。

 あろうことか、列車は宙を走っていた。

 驚きのあまり、僕は内壁に頭をぶつける。

 

 痛みがある。

 やっぱりこれはホンモノなのか。

 

 一人でパニックになっていると、どこかで聞いたことのある、低くて渋い声の車内アナウンスが流れる。


 ──こちらの列車は死行きです

 まもなく、次の駅に到着します


 なんだ。

 最後まで乗ってれば死ねるのか。

 それはそれは好都合。

 なら最後まで乗らせてもらうか。

 

 その後列車は、空中に佇む駅に停車した。



 その駅では、一人の男が乗ってきた。

 高校生くらいのメガネをかけたその男は、おもむろに僕の隣に腰掛けると、話しかけてきた。

 はじめは、話しかけられて戸惑ったが、話すにつれて打ち解けていった。

 男は語った。

 クラスで一人孤立し、学校では誰も自分を必要としない。昔仲の良かった人も、先生すらも、知らないふりをしていた。だから死のうと思うんだ、と。

 僕はそいつに言った。

 たったそれだけで死のうってバカじゃねぇのか、と。

 必要とされてないって言ったって、たかが学校での話だろ。家に帰れば家族がいて、自分のことを優しく包んでくれてるんだろ。それのどこが孤立してるんだよ。たった一人でも自分を必要としてくれてる人がいるなら、その人のために生きろ。

 と、僕は思ったことを全て言った。


 ──まもなく、次の駅に到着します


 男は、僕の話を黙って聞いていた。

 そして僕が話し終わると、笑を浮かべながら僕を見つめきた。

 

 そうだね、生きる理由はあったんだね。


 そう言って彼は停車した駅で降りていった。



 その男が降りていくと同時に、別の男が乗ってきた。

 首にネックレスをつけた大学生くらいのその男も僕の隣に腰掛け、その行動になれた僕は、男に話しかけた。

 その男は語った。

 最愛の母が病気で死んだ。このネックレスは母の形見だ。優しくて、自分のためになんでもしてくれた母が大好きだった。そんな母が死んだ。これから先、生きていける自信がない。だから死のうと思う、と。

 僕はそいつに言った。

 たったそれだけで死のうって、バカじゃねぇのか、と。

 ひとつ大切なものを失ったくらいで、奪われたことすらねぇクセに。何かを得るためには何かを失わなければならない。今ここで死ねば、一生懸命お前を育てたお母さんの努力が、何かを得るチャンスが無駄になるだけだ。人生、自分の思い通りになんて行かねぇんだよ。


 ──まもなく、次の駅に到着します


 僕の話を聞いていた男は、何かを思い出したかのように涙を流した。

 

 大切なことを忘れていたよ。

 あなたのおかげで思い出した。

 ありがとう。頑張って生きてみるよ。


 そう言うと男は、まっすぐ前を見て、降りていった。



 そして何駅か進むと、また別の男が乗ってきた。

 紺色のスーツを着た社会人なりたてくらいの男は、僕と反対の席へと腰掛けた。

 また、僕は声をかけた。声をかけてしまった。

 その男は語った。

 就職してから何もかもが変わった。多額の金を貸していた友人は逃亡。ある日を境に、父から激しい暴力を振られ、会社では駒のように働かされているんだ、と。

 出勤する度に仕事は増えるのに、働けど働けどお金は貯まらない。いっそ殺してほしいという思いから、父の暴力に抵抗することなく、家族のもとに帰るたびに増え続ける体の痣や傷を隠しながら生きる生活にはもう疲れた。だから死のうと思うんだ、と。


 僕はそいつに...なにも言えなかった。

 

 僕には男の死を止められる資格はなかった。

 

 それでも、僕の目の前で死なれては、いい気分で死ねない。

 だから目の前から消えてくれ。

 

 たったそれだけ、僕はそいつに言った。


 ──まもなく、次の駅に到着します


 分かった。死ぬのはまた今度にするよ。

 と、男は目を伏せて降りていった。



 ──まもなく終点、死です

 あなたの死を悲しむ者はいません


 誰もいない車内にアナウンスが響く。

 やっと死ねる。

 もうこの呪縛から開放される。

 そして列車は空中で停車し、ドアが開く。

 ドアの向こうには何も無い。

 あるのは、一面に広がる雲海だけ。

 ここから飛び降りれば、楽になれる。


 何ひとつ、後悔はない。



「さようなら、この世界。」


 

 そう、低くて渋い声で呟いた。


 

 紺色のスーツのジャケットを脱ぎ、メガネを外し、首につけたネックレスを握りしめた僕は、宙へと飛ぶ。


 

 悲しいほどに美しい雲海へと。

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