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4-1  + 大切な約束 +



 日が暮れると、今日も黒服たちは姿を消した。


「逃げよう。今夜ここから逃げ出そう」


 ショウが立ち上がって、みんなにそう訴えた。


「なぜ?」「この前は逃げたら危ないって言ってたじゃないか」「どうして今頃そんなこと言うんだ」「今更?」「逃げても逃げなくても殺されるぜ」「わかるよ。もう逃げる以外ない」「俺もそう思う。明日になったらおしまいだ」「ショウを信じましょう」「そうだ、信じよう」

 

「聞いてくれ、なぜ今夜なのか、それには理由があるんだ」


 みんなショウを見つめた。急に静かになった。


「テレビで放送していたように、明日になれば本当の地獄が始まる。今夜しか残されていない」


「自由に拷問するって言ってた」「ひどい。わたしたち、もう終わりだね」「でも、いったいどこに逃げるんだ」「どこに逃げても一緒だ」「逃げたらすぐ殺される。みんな忘れたのか」「逃げられないからここにいるんじゃないのか」「逃げる所なんかないよ」「まさか家に帰れなんて言わないよな」「どこに逃げるんだ、教えてくれ」


 みんなは、すがるような目でショウを見つめた。ショウはみんなを見回して言った。


「セルフディフェンスが森の中に撤退した。テレビでそう言っていただろう」


「ええ、そのとおりよ」「知ってた」「覚えてない」「敵のアナウンサーが嬉しそうに言ってたね」「でも、それにどんな意味があるの?」「だから何なんだ」「反撃できなくなったってことだろう」「もう負けたも同然だよ」「結局、この国はもうだめってことだよね」「手も足も出ないんだろう」「それって完全に敗北したってことだろう。セルフディフェンスは何もできないんだ」


 みんな口々に自分の思いや意見を言ったけど、現実の酷さに押しつぶされるように黙ってしまった。


 ショウが口を開いた。


「敵は致命的なミスを犯した」


「何それ?」「意味分かんない」「適当なこと言うなよ」「まあ、聞きましょう」「そうよ、何か大切なことをこれから言うのよ」「黙って聞こうぜ」「ショウ、どうしてそう思うのか教えてくれ」


 みんなは期待してショウの言葉を待った。ショウはみんなの顔を一人ずつ見てから話し始めた。  


「森の中に撤退したということは、言い方を変えると、森の中はセルフディフェンスが支配しているということだ。つまり、森の中は安全だ。今までの俺たちはどこに逃げたらいいかわからなかった。けれど今は違う。確実に安全な場所がある。森だ。森を目指して逃げるんだ。明日では遅い。今夜しかない」


「でも、ここを出たら黒服に撃たれるよ」「黒服たちが監視しているぞ」「ショウは簡単に言うけど、逃げたら殺されるよ」「もう疲れた。逃げるなんて無理」


「みんなの言うとおりだ。玄関や門から出たら必ず撃たれる。実は、抜け道を見つけたんだ。この庭の池だ」


「池?」


「あの池は大昔は街道沿いの水路から水を引いていたらしい。前にカドタ先生がそう言っていた。黒服立ちに見つからないように調べたら茶室の裏に今も水路に通じる太い土管が残っていた」


「本当?」


「草が生えていて、ちょっと見ただけではわからない。黒服たちは気付いてないはずだ。街道沿いの水路はみんなも知っているとおり今の季節は水が少ない。夜中に水路を通って森へ向かえば成功する」


「ここで殺されるよりましだ。逃げよう」「逃げながら殺された方がまだいい」「殺されると決まったわけじゃないんだ」「ショウを信じてついていくよ」「ショウ、連れて行ってくれ」「逃げよう、みんなで」


 その時、「うーん」と(うめ)き声を上げてユウキくんが動いた。大きく寝返りを打って「ここはどこなんだろう?」と言った。


 ユウキくんが目を覚ました!


「ユウキ!」「ユウキくん、生きてたんだね」「よかった」「もうだめかと思ってた」「モエがね……」


 全員が駆け寄った。


「ユウキ、待ってたぞ。ここはカドタ先生の家だ。あれからいろいろあった。痛いところはないか? 腹が減っているだろう」


 ショウは彼に水を飲ませ、パンをちぎって水に溶かして少しずつ食べさせた。


 意識が戻らなかったら背負って逃げるってショウは言ってたけれど、もし本当にそんなことをしたら森に逃げ込むなんてとても無理。そう思って心配していた。ああ、よかった……


 ショウはみんなに何があったのかをユウキくんに話した。モエのことも。核ミサイルでいくつかの小さな国が滅亡したこと、拷問、陵辱、略奪の自由のこと、セルフディフェンスが守る森の中へ今夜のうちに逃げることも。


 それを聞いたユウキくんは、顔を真っ赤にして拳を握りしめた。全身を震わせて、みんなの方を向いて、声を振り絞った。


「そうだ。ショウの言うとおりだ。森の中に逃げるしかない! 僕もそう思う。夜が明ける前に!」 


 その一言で、最後まで迷っていた仲間も決意した。逃げる、と。早速、みんなで打ち合わせをした。黒服に見つからないよう、細い路地を伝って街の外れまで行って、そこから森までは畑を突っ切って走るしかないという結論になった。決行は深夜3時。きっと敵が一番油断している時間帯だろうと想像して決めた。


 時計の針が3時を指した。生き残ったわたしたち10人は大広間から出て裏口の扉を慎重に開けた。曇り空の暗い半月。茶室の陰から裏庭を横切って深い溝に飛び降りた。身をかがめて塀の下の土管をくぐり抜けて、古い街道の、干上がった溝の中を一列になって足早に、みんなで森の方角を目指す。足が震える。心臓がばくばくして口から飛び出しそう。どうか黒服に見つかりませんように。


 どんどん前に進む。夜風が寒い。足音がとても大きく響いているように感じる。わたしたちの影だけが動く。敵の姿はない……。思ったよりも簡単に逃げることができるかもしれない。ふうっと息を吐いたら、何かにつまづいて転んでしまった。


 立ち上がろうとして見上げると、高い塀の上で何かが動いた。黒服が、黒服がサブマシンガンを持ってわたしを見下ろしている! 

 

 瞬間、心臓が止まった。「ああっ!」思わず声を出してしまった。黒服と目が合った。見つかった……


 黒服が笑ってる。暗い月の光に照らされて、不気味に笑ってる。一歩も動けない。ど、どうしたらいいの? みんなもその場に固まった。ああ、わたしのせいで、こんなことに……


「わあっ!!!」


 誰かが大きな叫び声を上げた。黒服がバランスを崩して、頭を下にして降ってきた!


 ドサッ

     ガッシャン


 黒服が溝の底に叩き付けられて、サブマシンガンが派手な音をたてて転がった。わたしはそれを拾って叫んだ。


「走って逃げて!」


 わたしたちは溝から出てダッシュした。古い街道を必死に走った。もうすぐ角を曲がれる。背後からダダダダと激しい射撃音が炸裂した。他にも黒服がいたんだ!


 パパパパッ


 何かの破片が飛び散った。前を走っていた仲間が次々に倒れた。


 後ろから「ああっ」という悲痛な叫びが上がった。ショウの声だ。立ち止まって振り返ると、彼が、口から血を噴き出して、スローモーションを見てるみたいに倒れていく。


「ショウ!」サブマシンガンを手放して、しゃがみこんで彼の肩に手を置く。

 

「ショウ! ショウ! しっかりして!」


 うつぶせに倒れた彼に必死に呼びかけた。でも、返事がない。大変だ、背中からたくさんの血が噴き出している。両手でショウの背中を探って血を止めようとしたけれど、だめだった。 


 ああ、神様……どういうことなの? 何をしたらいいの? 真っ暗な穴の底に落ちていくような感覚。もうだめ……


 生暖かい血の臭い。ショウ……


 はっと我に返った。射撃音が止んでいる。わたしは無我夢中でサブマシンガンの紐を肩に掛け、ショウの両手を引っ張って、細い路地へ入った。


 ショウを仰向けにした。ひざまずいて血だらけの胸に耳を付ける。心臓の音を聞きたい。……何も聞こえない、動きを感じることができない。生暖かい血の匂い……


「ショウ!」


 呼んでも答えてくれない。唇を嚼んで、彼の胸の真ん中を、震える手で繰り返し押した。かがみこんで血だらけの唇に唇を重ねた。泣きながら息を吹き込む。けれど、ぴくりとも動かない。


「ショウ、起きて、お願い、目を覚まして……」


「……」


「ああ―― 」 


 そんな…… まさか、そんな……


「アオイさん、だいじょうぶか!」


「……」


「僕だ、ユウキだ」


「わたしはだいじょうぶ。ショウが……」


 ユウキくんは素早くショウの胸に耳を押しつけた。


 ユウキくんは、ショウの制服に開いた穴に触れると、耳を離してわたしと視線を合わせた。


「胸に、こんなにたくさん穴が開いている……」


「どうしたらいいの?」


「とても残念だ。ショウは生き返らない。ほかのみんなも撃たれた。みんな息がなかった。二人で森へ逃げるしかない」


 ユウキくんは血だらけの手をハンカチで拭いてショウの顔にかざした。ショウのまぶたが閉じて安らかな顔になった。ユウキくんは両手を合わせ、それからわたしに右手を差し出した。街道の方から、サブマシンガンの射撃音が聞こえた。


「行こう」


「わたしは行かない。ショウと一緒にここにいる」


「黒服たちが来る」


「いいの。これで戦う」


 わたしはサブマシンガンを構えた。


「これでショウの仇を討つ」


「使い方、知っているのか?」


「馬鹿にしないで! こうすればいいんでしょう」


 わたしは立ち上がって銃口を空に向けた。そして黒服たちがいつもしていたように引き金を引いた。


 ……


 おかしい、弾が出ない……。思いっきり右の人差し指に力を入れたけれど、しんとしたまま。えっ、なぜなの、どうして撃てないの? 黒服たちはこうやって簡単に撃っていたはず。


「無理だ。行こう」


「行かない。ショウと一緒にいる」


「殺されてしまう」


「いいの。ショウがいないんだったら生きていても意味なんかない」


「だめだ。君がここで死んでもショウは喜ばない」


「やめてっ、何するの!」


 ユウキくんにサブマシンガンを奪い取られた。なんて強引なの!


「いきなりひどいわね。でも、返してとは言わない。わたしのことはいいからそれを持って逃げて」


「君と僕しか残っていないんだ。生き延びよう。僕たちはここで何があったのかを多くの人へ伝えなければいけないんだ」


「そんなことわたしには関係ない。ユウキくんがしたいようにすればいい。わたしはここを動かない。ショウを一人にはできない」


「だめだ。逃げるんだ」








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