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真っ白なキャミソールも切り裂かれて池に投げ込まれ、黒い眼帯の男はモエの体を覆うすべてを引きちぎり、奪い去った。
モエは泣きながら抵抗した。黒い眼帯の男はナイフを口にくわえると、両腕でモエの腰を掴んだ。男は腰をゆっくり前後に動かし始めた。
もうやめて…… お願いだからやめて……
その後、すべての黒服たちが一人ずつ彼女の背後に回った。黒服たちはその様子を交代で撮影し続けている。
まさか世界中に……
黒い眼帯の男は撮影中の黒服に向けて指をパチンと鳴らした。そして再びネイティヴのように美しい発音で喋り始めた。
「全世界の善良な市民のみなさん。我々は善良な難民と善良な遭難漁民です。にもかかわらずこの国の軍隊は我々を虐殺しています。我々は被害者です。みなさんと同じように我々にも虐殺に抵抗する権利があるはずです。我々はされたことをやり返しているだけです。これは正当な権利です。この国の軍隊が我々への不当な攻撃をやめない限り、我々は正当な権利を行使します」
黒い眼帯の男が話し終わると、黒服たちはモエを担いで庭を横切り、こちらへ向かってきた。黒服たちはわたしたちの真ん中にモエを放り込んだ。
黒服たちから守るようにわたしたちはモエを囲んだ。わたしは制服を着たままキャミソールを脱いで、震えているモエに着せた。ショウは上着を脱いでモエの体を覆った。聖女のように美しいモエは目を閉じたままだった。頬にはひとすじの涙が流れていた。モエは何も言わなかった。
黒服たちは庭や大広間で大声で喋った。彼らは笑いながらテレビを見ていた。テレビにはどこか知らない国の映像が映っていた。
日が暮れると、黒服たちは一人の残らずいなくなった。広大な屋敷から黒服たちの姿が消えた。
しばらく経っても黒服たちが帰って来る気配はなかった。わたしたちはモエをお風呂に入れて体を綺麗にした。布団を敷いてモエを寝かせた。モエ、わたしたちがついている。どうか元気になって……
「ショウ、黒服たちはどこに行ったと思う? わたしはモエを置いて逃げるわけにはいかない。でも、みんなにとっては今が逃げるチャンスかもしれない」
ショウはまだ少しふらついている。
「俺もユウキを置いて逃げるわけにはいかない。俺たちは監視されているはずだ。ここを出たら奴らのサブマシンガンの餌食になる」
「細い路地や抜け道を通ったら見つからない。わたしたちの方が詳しいはずよ」
「正直言って俺にはわからない」
「わからないって、何が?」
「今、この街が、この国がどうなっているのか俺には何もわからない。どこへ逃げればいいのか、どこまで逃げたらいいのか想像することもできない」
「そうね、そうよね。わたしにもわからない」
誰かが「テレビを見よう」と言った。でも砂の嵐のような画面しか映らなかった。他のチャンネルも同じ。ネットにも繋がらない。落胆の声が聞こえた。「だめだ」「あいつら何か細工してる」「残念」
わたしたちはみんなで話し合った。
「黒服がいなくなった今がチャンス。とにかく今すぐここから脱出しよう」
「でも、きっとあいつらに見つかってしまうよ」
「今逃げなくていつ逃げるんだ!」
「街のあちこちで黒服たちが見張っていると思う」
「殺されるよ絶対」
「ここにいても殺される。逃げたい人は逃げた方がいい」
「逃げるなんて絶対無理だと思う」
「やってみないとわからないだろ。逃げているうちになんとかなる」
「明日になったらわたしたちも酷いことをされるかもしれない」
「逃げたい。でもどこに逃げたらいいの?」
「どこに逃げたらいいかなんて誰にもわからない。でも可能性に賭けてみたいんだ」
誰かがそう言った。
ショウはため息をついた。
「脱出したい人を無理に引き留めても、その人が明日ひどい目に遭ったら絶対後悔すると思う。わたしはそう思うの。ショウは?」
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たとえ殺されてもいいから今すぐ脱出したい―――
みんなで話し合って、最後までその決意を変えなかったのは男子3人と女子3人の6人。もう誰も彼らを止めることはできなかった。
真夜中。脱出の準備を終えた6人はカドタ邸の裏口を開けた。彼らは一人ずつ静かに外へ出て行った。残ったわたしたちは手を合わせて祈った。
けれど……5分も経たないうちにカドタ邸の周囲から激しい射撃音が聞こえた。
見つかってしまったんだ……
わたしたちはぐったりして何も言えなかった。
わたしたちはいつのまにか眠っていた。ハッと目が覚めた時、モエの姿が消えていた。
みんなを起こしてモエを探した。けれど手遅れだった。奥の座敷でキャミソールを細くねじって首に……
ああぁ ごめんねモエ。助けてあげられなくて、モエ、本当にごめんなさい……
冷たくなったモエを桃色のタオルケットでくるんで大広間に寝かせた。みんな泣いた。ショウは号泣した。わたしも涙が涸れるまで泣いた。ユウキくんは気を失ったまま目覚める気配がなかった。