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2-1  + ナイフ +


 ガチャン


 ガラスが割れる音がした。玄関の方から大きな声が聞こえて、廊下に靴音が響いた。えっ、何なの?


 バーン


 大広間のふすまが蹴破られ、サブマシンガンを構えた黒服たちが一気に乱入してきた。


 撃たれる! わたしたちは悲鳴をあげて逃げ回った。でもあっというまに完全に囲まれてしまった。わたしたちは大広間の真ん中に体を寄せあって座った。わたしはショウの隣に。目の前にはしっかり手を握りあっているモエとユウキくん。


 黒服は全部で10人。そのうちの一人、黒い眼帯をした大男が大声で何か叫んだ。


 あっ、あれは港で警察官と話していた男だ。


男は一番前に座っていたアユムくんに小さな板をかざした。なんだろう? スマートフォン? 黒服はそれを指差してアユムくんを睨んだ。


 アユムくんは小さくうなずき、小さな板を見つめながら震える声で喋り始めた。


「我々は難民及び遭難漁民だ。おまえたちの国は我々を一方的に攻撃した。これは決して許されることではない。我々には正当防衛の権利が……」


 ドドーン


 突然、雷が落ちたような轟音。思わず両手で耳をふさいだ。床が激しく揺れた。空気が重くなって、ものすごい圧力で体が押さえつけられて息ができない。地震とは違う。こんなの今まで経験したことない。 


 揺れが収まった。やっと空気が軽くなって胸いっぱい息を吸い込んだ。耳から手を離すと、庭の向こうの青空を急上昇していく二つの三角形が見えた。飛行機だ。翼にわたしたちの国の紋章が描かれている……


 ああ、あれはわたしたちの国を守るセルフディフェンスの戦闘機! 助けに来てくれたんだ! 


 2機の戦闘機は空をぐるっと回って急降下すると翼から赤い炎のようなものを発射した。それは黒服たちが占領している警察署に吸い込まれた。火柱が上がり、爆発音がして真っ黒な煙が立ち昇った。


 大広間に陽気な音楽が流れ始めた。黒い眼帯の男が上着のポケットから何かを取り出すと音楽は止んだ。男はそれを耳に当ててうなずくと片手を高く挙げ、指をパチンと鳴らした。


 数人の黒服がわたしたちの方へスマートフォンをかざした。


 ショウがゴクリと喉を鳴らした。


「あいつら、俺たちを撮っている」


 わたしは彼の制服の裾をギュッと握った。


 4人の黒服がわたしたちの中に割り込んできた。悲鳴があがった。ユウキくんが小声で「目を合わせるな」と言った。わたしはショウにしがみついた。横にいたサヤカが立ち上がって逃げようとした。けれど彼女は黒服に足を蹴飛ばされて床に転がった。


 ひどい!


 わたしはサヤカにおおいかぶさって抱きしめた。彼女は震えていた。黒服はわたしたちを跨いで行った。


 あっ 先生!

  

 後ろの方にいたカドタ先生が黒服たちに襟首と両腕をつかまれた。


 先生は黒服たちに無理矢理押さえつけられ、引きずり出されてどこかに連れて行かれた。黒い眼帯の男が喋りはじめた。世界で一番多くの人たちが理解できる言語で、まるでネイティブみたいに綺麗な発音で。わたしにも聞き取れるくらいゆっくり。


「この動画をご覧になっている全世界の善良な市民の皆さん。我々は難民と遭難漁民です。善良な我々は嵐に遭い、この国に避難しました。けれど信じられないことですが、現在我々はこの国の軍隊から一方的に激しい攻撃を受けています。我々は攻撃をやめさせるために今から正当防衛を行います」


「ギャー」


 すごい悲鳴。何が起きたの?

 

「ぐわあぁ、殺せー 早く殺せー」


 先生の声だ。サヤカが「今の何? 何があったの?」と聞いてきた。でも、わたしにもよくわからない。

  

「うぎゃーっ」


「アギィー、こ、殺してくれ」


 それがわたしが聞いた先生の最後の声だった。数人の女子が床に倒れ込んだ。「先生が殺された。首を切られた」と誰かが言った。


 黒い眼帯の男が勝ち誇ったように吠えた。


「この映像をご覧になっている世界中の善良な市民の皆さん。我々も善良な市民であり、弱者であり、被害者です。我々はこの国の軍隊に正当な理由もなく一方的になぶり殺されています。現在我々が行っているのは正当防衛です。皆さんもよくご存じのとおり、これは当然の権利です」


 そんなの嘘、嘘、嘘、嘘。先に攻撃してきたのは黒服たちの方だ。こんな嘘、絶対許さない。

  

 ゴゴーッ 空に再び轟音がこだました。

 

 サヤカとわたしは手を取り合って起き上がって床に座った。空にセルフディフェンスの戦闘機が飛んでいた。黒服たちに占領された消防署の屋上からたくさんの光の点が戦闘機に向かって飛んでいく。あぶない!


 戦闘機は翼から光の矢のようなものを発射した。消防署は一瞬で吹き飛んだ。ドーンと大きな音がしてキノコ雲みたいな煙が上がった。大広間がガタガタ揺れた。

 

 再び陽気な着信音が鳴った。黒い眼帯の男がスマートフォンを耳に当てた。


 今度は何をするつもりだろう。身構えた。黒い眼帯の男は肩に掛けていたサブマシンガンを隣の黒服に預けると、わたしたちの中に分け入ってきた。


 みんな必死に逃げようとしてぶつかり合った。黒い眼帯の男はかまわず進んできた。男はわたしの目の前で立ち止まった。男と目が合った。憎い……。わたしは男を思いっきり睨みつけた。男の大きな手がこちらに伸びてきた。


 ああ、次はわたしが殺される。


 ショウがわたしと男の間に入ってくれた。すると男は薄笑いを浮かべておどけた仕草で一歩下がり、モエの肩をつかんだ。あっ、モエ……


「やめてー」


 モエが体をよじって叫んだ。


「やめろ!」


 ユウキくんが怒鳴って黒い眼帯の男につかみかかった。ユウキくんは男の腰に手を回した。男の腰にはナイフがある。もう少しで手が届く。そう思ったとき、大広間に激しい銃声が響き渡った。


 木くずがいっぱい降ってきて火薬の匂いがたちこめた。黒服たちが天井に向けて一斉にサブマシンガンを撃ったのだ。

 

 黒い眼帯の男はユウキくんの腕をつかんで一気にひねりあげ、腹に激しい膝蹴りを入れた。ユウキくんは口から黄色い液体を噴き出しながらわたしの目の前に崩れ落ちた。


 わたしはユウキくんを抱きかかえて黒い眼帯の男を睨みつけた。男は「フッ」と口の端に残忍な笑いを浮かべると、ユウキくんの頭を蹴り飛ばした。その衝撃でわたしも床にたたきつけられた。ショウが男にタックルした。けれどショウも頭を蹴飛ばされてひっくり返った。

 

 ショウは倒れたまま痛そうに呻いている。にじり寄ってショウの顔に触れた。痛そうだけど傷はない。胸に耳を当てると、心臓はちゃんと動いていた。もう一度顔に手を当てると、ショウは目を開けて小さくうなずいた。わたしもうなずき返して、今度は隣に倒れているユウキくんの手首に触れた。脈は正常だった。気を失っているだけかもしれない。でも、頭から血を流している。


 手を伸ばしてハンカチでユウキくんの傷口を強く押さえた。血が止まりますように。ああ、わたしにはこのくらいのことしかできないのだろうか……


「助けてー」

 

 モエの叫び声だ。黒服に手を引っ張られてどこかに連れて行かれようとしている。


 ああ、神様。わたしはどうしたらいいの? 彼女を助けたい。でも、怖くて体が動かない。ユウキくんもショウもすごかった。でも、わたしには真似ができない。恐怖で体が固まって動けない。


 ごめんなさい。なんにもできなくて本当にごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい……わたしは敵に逆らうことができない……


 モエは庭に連れて行かれた。太陽の光がモエの全身を照らしている。


 黒い眼帯の男に続いて数人の黒服が庭に下りた。彼らは石橋に向かい、首のない先生の体を池に蹴り落とした。ドボーンという音がモエの悲鳴と重なった。


 スマートフォンをかざした黒服がモエに近付く。彼女は4人の黒服たちに手足をつかまれて石橋に立たされた。


 男がナイフを抜いてモエの顔にかざした。これから何が起きるのか、わたしにもわかった。今度は彼女が殺される。ああ、モエ……。みんながぐっと息を飲んだのがわかった。


 黒い眼帯の男は、モエの制服の襟に刃を当てた。


「キャーッ!」


 モエの悲鳴……


 ナイフが光った。純白のスカーフが切り刻まれて池に落ちた。男はセーラー服の襟に刃を入れ、服地を切り裂いた。





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