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「たぶんあの人たちは難民の先発隊なんだ。最初に海を渡って他の国へ行くのは危険が多い。だから若い男ばかりなんだ」


「正直言うとね、わたしは少し不安になってたの。でも、それってこんなこと初めてだからなのね。わたしはあの人たちを助けたい。ただ助けたいだけ。本当は心配することなんて何もないんだよね」


「そうだよアオイ。心配ない」


 そう言ってショウはわたしの肩を軽くたたいた。


 黒服の集団を誘導する警察官と消防隊員や港に駆けつけた300人ほどの地元の人たちと一緒に、わたしたちのクラスはグローブ学園高校へ向かって国道を歩いた。


 黒い服の人たちは嬉しそうに大声で喋り続けている。丘の上から先生たちが降りて来た。先頭を走っているのは校長先生だ。難民の人たちを迎えに来たのかもしれない。カドタ先生の姿は見えない。

 

 おなかがペコペコ。もう10時頃かな……。いつもはお弁当のオニギリを1個だけ食べるんだけどなあ。


 チラッと腕時計を見ると思ったとおりの時間。今日のオニギリは明太子入り。とっても楽しみ。


 ザザーッと音がして強めの風が吹いた。


 黒い服を着た人たちの先頭を歩いていた黒い眼帯の男が後ろを振り返った。男はにっこり笑って右手を高く挙げると、大声で何かを叫んだ。


 昔の革命家みたい。少しかっこいいかも。さっきまで大声で喋っていた黒い服の人たちが一瞬で静かになった。そして一斉に歩みが止まった。ここは警察署の前。ああ、そうか。助けてもらったお礼に行くんだ。


 突然、黒い服を着た人たち全員が長い裾ををまくり上げ、空へ向かって両手を挙げた。その手には黒い棒が握られて……

 

 モエがユウキくんに手を引っ張られて転がった。えっ、何? 「伏せろ!」って、ショウがわたしを後ろから抱きしめて地面に押し倒した。ショウはそのままわたしに覆い被さって、アスファルトに押しつけた。突然何するの! 膝をすりむいたじゃない! こんなにたくさん人がいるのに、ショウ、どうしたの? 信じられない!


 ダダダダダダダダダダ…… 


 耳をつんざく轟音。顔を横に向けて見上げると、黒い棒の先から空に向かって火と煙が噴き出していた。


 あの棒は演劇部の小道具にそっくり。もしかして映画のロケなの? それともテレビのドッキリ番組? なんて人騒がせなんだろう! いきなりこんなことするの、やめてほしい。 ……いえ、そうじゃない。そんなものじゃない。この音は半端じゃない。金色に光る何かがどんどん飛び出して地面にこぼれ落ちているし、息が苦しくなるほど強烈な火薬の臭い。


 あれは本物、本物の銃!

 

 銃声が途切れた。


 誰かが何か叫んだ。するとたくさんの黒服たちが大声をあげて警察署に向かって走り始めた。残りの黒服たちは付き添っていた警察官や消防団員に銃口を向けた。何なの? 何が起きているの? 


 ダダダ ダダダ ダダダダ…… 


 轟音に包まれた。悲鳴が上がった。消防団と警察官が転げ回っている……   胸から、首から、頭から、真っ赤なものが、血が、血が吹き出している…… 

 

 あ、あ、あ、 


 怖い。わたしは、ただ震えているだけ。


「俺がアオイを守る。どんなことがあっても」


 ショウが、耳元でささやいた。……さっきはあなたの人間性を疑ってしまってごめんなさい。


「ありがとう。わたし恐い。恐くてたまらない」


「アオイ、だいじょうぶだ。じっとしてて」ショウが少し体を浮かせた。


 ユウキくんがショウに声を掛けた。「あいつらが手にしているのは、一度に30発くらい撃てるサブマシンガンだ。立ち上がったら一瞬で殺される。今はチャンスを待とう」


「おい、ユウキ、屋上を見ろっ」


 警察署の屋上。わたしたちの国の美しい紋章を描いた旗を黒服たちが降ろしている。旗は火をつけられて真っ赤に燃え上がった。黒服たちは喚声をあげると、今度は黒い大きな旗を掲げた。


 たくさんの警察官が屋上に現れた。でも、全員、歩き方がおかしい。縛られているの? 黒服たちは警察官を屋上の手摺りに沿ってずらりと並べた。


 ダダダダダダダ


「ひどい…… ひどすぎる……」


 押し殺したショウの声。信じられない…… 警察官はみんな殺されてしまったんだ……


 わたしたちを囲む黒服たちが、嬉しそうに何か叫んだ。そして今度はわたしたちと街の人たちに銃口を向けた。だめだ、殺される。ショウがわたしを強く抱きしめた。


 遠くからわたしたちの国の言葉が聞こえてきた。誰かが拡声器で喋っている。


「命令だ。おまえたちは全員スマトホンを我々に置いていくのだ。おまえたちは全員家に帰っておとなしくするのだ。そうすれば命は助かるのだ。おまえたちの国は今日から我々が支配するのだ」


 おかしな発音とイントネーション。けれど何度か繰り返されたので、言ってることはわかった。


 ショウにうながされて、みんなと一緒におそるおそる立ち上がった。あちらにもこちらにも、血まみれの警察官と消防隊員が倒れている。震えが止まらない……こんなことが起きるなんて、信じられない。でも、でも、これは現実なんだ……


 わたしたちは黒服たちにスマートフォンを取り上げられた。心細くてたまらなくなって、みんな顔を見合わせた。 


 ショウが「家に帰る前に、これからのことをみんなで相談しないか?」と提案した。クラス全員が賛成した。わたしたちは震えながら足早に駅を目指した。駅の隣には広くて大きな無料休憩所があるし、列車通学の人はそのまま帰ることができるから。


 駅に着くと、そこはもう黒服たちに占領されていた。改札口の向こうに列車が見える。でも、ドアを大きく開けたまま照明が消えて、誰も乗っていない。動いてないんだ……


 いろいろ考えて、わたしたちは少し離れた場所にある担任のカドタ先生の家に行くことにした。先生はこの土地の有力者の次男で独身。とっても広い庭のある大きな家に一人で住んでいる。先生の家で春の体育祭の打ち上げをしたから場所は知っている。先生は学校にいるはずだし、このまま行ってしまおう。先生は家に鍵なんてかけたことないらしいし。



  

 ◇




 カドタ邸に着いて玄関を開けると、「誰だ~」と声がして先生が出てきた。わたしたちは心臓が止まるほどびっくりした。先生もわたしたちを見て「おおっ」っと驚いた。


「いやあ、ごめんごめん。まいったまいった。君たちの言ってたことが正しかったんだなあ。本当にまいったよ。それにしても、あいつらいったい何考えているんだろう。さあ、みんな入って入って」


 先生は上機嫌で大広間に通してくれた。教え子に頼られているって嬉しがっているんだと思う。先生が言うには、学校にも黒ずくめの集団がやってきて、偉い先生数人と生徒の代表以外はそれぞれの家に帰るようにって〝紳士的〟にお願いされたんだって。その上、難民生活に必要だから貸してくれって言われてスマートフォンを渡してきたらしい。先生はいつもの軽い口調で陽気に喋る。先生は山側の裏道を車で通勤しているから、たくさんの警察官や消防隊員が殺されたことを知らないんだ。

 

 明るい大広間でわたしたちは先生を囲んで座った。港や警察署で何があったか、ショウがわたしたちを代表して話した。


「そうか、わかった。おまえたち、大変だったみたいだなあ。とりあえず国営放送のニュースでも見ようや」


 床の間の横のとっても大きなテレビの画面が明るくなって、青と白で美しくデザインされたいつものニューススタジオが映った。でも、アナウンサーがいるはずの場所には、なぜか黒い服を着た男がサブマシンガンを持って立っていた。えっ、どういうことなの? ここから遠く離れた首都にも黒服たちが上陸したのだろうか。男はサブマシンガンをデスクに置くと、わたしたちの国の言葉を喋り始めた。とても自然な発音で。


「人に値しない民族に告ぐ」

 

 という前置きで始まったその内容は、信じられないものだった。


「我々は、B国を脱出した政治難民とA国の漁民だ。大きな嵐に巻き込まれて漂流し、偶然おまえたちの国に漂着した。我々は頭を低くして保護を求めたのだ。だが、よく聞け! 我々は、漂着した港で暴力を振るわれた! 我々の仲間の多くが、すべての港で、例外なく、おまえたちの国の警察官に殴られ、銃撃され、なぶり殺されたのだ! おまえたちは非道で残虐だ。おまえたちは正しい心を持っていない。我々は自衛のため、やむなく立ち上がった。これからは我々がこの国を支配して正しい心を教えてやる。おまえたちは感謝して我々の支配を受け入れろ」

 

 何を言っているの? 黒服が言っていることは事実ではない。わたしたちの国の政府はとっても人道的に接したはず。だから簡単に上陸できたんだから。警察官は彼らを保護するために誠実に対応していた。それなのにわたしたちに銃口を向けた。決して難民なんかじゃない。遭難した漁師さんや難民の人たちって、サブマシンガンなんてものを全員が持ってるものなの? 善意にあふれた警察官や消防団の人たちをいきなり射殺するのが普通なの? ありえない。絶対にありえないし、絶対に許せない。


「なんじゃこりゃあー」


 カドタ先生が叫んだ。今まで黙って画面を見ていたみんなも大騒ぎになった。


「ああ、もうおしまいだ」「変なやつらだと思ってたんだ」「最初から怪しかったぞ」「もうだめ」「消防署も危ないかも」


「先生、他のチャンネルはどうですか?」と誰かが言った。


 別のチャネルに変えると、わたしも知ってるとっても綺麗な女性アナウンサーが《今年の紅葉はいつもより~ 》って笑顔で喋っていた。さっきとは違う放送局だけど、今映ってるスタジオは首都の一等地にあったはず。


 ああ、よかった。さっきのはきっと何かのドラマ。


 と、一瞬思ったけど、それは大きな間違いだった。画面の横からスタッフらしい人が飛び出してきて、紙を渡して何かをささやいた。アナウンサーの顔色が変わって、必死に叫び始めた。


「臨時ニュースです。臨時ニュースです。我が国に上陸した難民と遭難漁民が、突如として首都を含む全国の警察署を襲撃し、警察官を殺傷しています。国家警察本部も攻撃を受けている模様です。また、各地の放送局、新聞社、病院、消防関係機関も襲われ、次々に占拠されつつあります。私たちの国を守るセルフディフェンスは、遭難漁民と政治難民であると主張する彼らに対し、人道的な配慮から現在まで沈黙を守ってきました。しかし、このままでは国民を守ることができないため、全力をあげて反撃を開始する、とのことです。私たち国民も……」、


 ダダダ ダダダ


 と、乾いた音が聞こえた。アナウンサーの顔が砕け散って、血が吹き出した。


「キャー」


 女子が悲鳴をあげた。


「ああっ、ひどい」


 男子も顔を背けた。


 アナウンサーのところにたくさんのスタッフが駆け寄った。けど、また銃声がして、みんなコマのように回って血だらけになって倒れた。真っ白だったスタジオは真っ赤に染まった。サブマシンガンを持った黒服の集団が画面を覆い尽くした。


 突然、テレビの画面が真っ白になった。音も消えた。ああ…… このままではわたしたちの国は黒服たちに滅茶苦茶にされてしまう。でも、アナウンサーは、反撃を始めたって言った。セルフディフェンス……なんて頼もしい響きだろう。わたしたちの国を防衛する組織。最新鋭の戦闘機も戦車も戦闘艦もあったはず。そして厳しい訓練で鍛え上げられた防衛隊員。


 わたしたちは、「セルフディフェンスが黒服たちを追い出してくれる」「もうだいじょうぶだ」「助けを待とう」と口々に言い合った。


 そうだ、きっとセルフディフェンスが助けに来てくれる。わたしたちは防衛隊員に手を差し伸べられる姿を思い描いた。きっと黒服たちを追い出して、わたしたちの国を元の幸せな国へ戻してくれる。だから信じて待つ。


 わたしたちは余裕を取り戻した。「よかった」と言い交わした。再び平和が戻ってきたかのように。










 ◇次回から第2章『永遠の恨み』が始まります。虐殺と陵辱の章です。苦手な方、15歳未満の方はご遠慮下さい◇









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