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9-1  + 偽装 +


「あの将校は明日必ずユウキ一等隊士を連れてここに来ます。アオイは男たちを襲って軍服と装備を奪うのです。それを着てユウキ一等隊士と一緒に逃げてください」


「そんなこと、どうやって……」


「男たちを襲う前に私の体を縛ってください。私もあなたに襲われたことにすれば家族も一族も処刑されずに済みます」


「あなたを縛る? カトリーヌはいったい何を考えているの?」


「あなたたちを助けたいのです」


「もしかして本気で言ってるの?」


「本気です。アオイ、私を信じてください」


「わからない。わたしにはわからない。それにもしあなたが本気で言っているとしても、あの男たちはピストルやナイフを持っているのよ」


「これを使います」


 カトリーヌは豪華な民族衣装の艶やかな赤い絹の裾をめくり、白くまぶしい太ももに巻いた黒革のホルスターから小型のピストルを抜いた。消音器が付いている……


「マガジンに7発と薬室に1発装填しています。このサイレンサーは強力なので誰にも気付かれません」


「どうして? なぜそんなものを持ち歩いてるの?」


「護身と自決用です」


 なぜそんな嘘を? 彼女は嘘をついている。薬室に弾が入っているのはギリギリわかる。でも護身と自決に消音器は必要ない。消音器が必要なのはもっと別のこと……


「カトリーヌ、なぜ? なぜ消音器を付けているの? 正直に話してほしい」


「アオイ、よく気付きましたね。もう何も隠しません。本当のことを話します。軍での私の表向きの仕事は語学の専門家兼あなたの見張り役。けれども本当の任務は総領様や党への反逆思想を持つ将校を見つけ出して始末すること。具体的には……わたしは様々な人物になりすましてたくさんの将校と寝ました。寝物語に反逆の言葉を口にした裏切者を消すためです。私は目的を達成するためには手段を選ばない冷酷非情な人間です」


 カトリーヌは自嘲気味に言った。


「……そんなあなたが、なぜわたしとユウキを助けるの?」


「去年、暗殺に失敗して責任を取らされました。私が直接責任をとらされたのではありません。私を懲らしめるために、私の任務とは何の関係もない妹が秘密警察に罪をでっちあげられ、逮捕され、陵辱されて殺されたのです。私はもう自分の国に幻想を抱かないことにしました。祖国が生まれ変わらなければ、多くの国民は幸せから遠いままなのです。今、私は国の体制を変えるために活動する地下組織に入っています。びっくりしましたか?」


 彼女は静かにわたしの目を見つめた。


「びっくりしない。逆に、いろいろなことの辻褄が合う。カトリーヌは敵じゃないように思えたから」


「私はあなたの敵ではありません。この戦争には何の意味も何の大義もありません。憎しみと恨みの連鎖を早く断ち切らなければならない。私は決めました。我が国とあなたの国がこの先平和に共存するための種を蒔きたい。憎しみと恨みを乗り越えて二つの国が助け合って手を取り合い、歩んでいけるように」


「……」


「この時計。アオイに返します。これから必要になるはずです」


 彼女が渡してくれたのは狙撃金章の副賞の腕時計だった。彼女は真新しいコンパスと紙の束をテーブルに置いた。紙の束は地図だった。わたしたちの司令部がある巨大地下壕への道。この街の敵の拠点と、この邸宅の見取り図もあった。わたしたちは夜遅くまで明日の手順を話し合った。



 ◇



 翌朝。


 朝食を終えた直後、黒電話のベルが鳴った。カトリーヌの声は落ち着いていた。相手は何の不審も抱かなかっただろう。受話器を置いた彼女はニッコリ笑った。


「到着は10分後です。さあ、始めましょう」


 二人で部屋の一番奥にある浴室のドアの前にロープを持って行き、向かい合った。


「思い切り縛ってください。そうしないと疑われるから」


「本当にいいの?」


「ええ、もちろんです」


 彼女の手首と足首をロープでしっかり縛った。腕も胴体と一緒にぐるぐる巻きにして口をガムテープでふさいだ。黒服たちが部屋に入ってきたらよく見えるように彼女の上体を起こして壁にもたれさせた。


「アオイ、打ち合わせたとおり、この状態でわたしの裾を無理矢理上げてピストルを取ってください。ナイフは左です、急いで!」

 

 言われたとおりカトリーヌのホルスターから消音器付きの小型ピストルを抜き、鞘からナイフを抜いた。わたしは今、撃とうと思えば一方的にカトリーヌを撃てる。刺そうと思えば刺せる。なのにあなたは……


「カトリーヌ、今まで本当にありがとう。必ず成功させる。あなたはまるでわたしのお姉さんみたい……」


 涙が出そう。おもわず彼女を抱きしめた。


「アオイ、私の方こそありがとう。あなたはわたしの本当の妹です。無事を祈っています」


「カトリーヌ、あなたも」


 もうすぐ男たちが来る。勝負は一瞬でつけなければならない。わたしは急いでドアの横に駆け寄ってナイフを床に置いた。


 ドアノブをガチャッとひねって内側に少しだけ開けて、ドアのすぐ横に壁を背にして立った。安全装置を解除して両手でグリップをしっかり握る。足音が聞こえてきた。廊下をこちらへ向かってくる。


 静かになった。


 コンコンコン


 ドアをノックしている。心臓がドキドキして、頭が真っ白になりそう……。



「開いてるぞ」という意味の言葉が聞こえてドアが大きく開いた。わたしの右肩に、開いたドアが当たった、その時、カトリーヌが「助けてー」と、自国の言葉で大きすぎず、かといって小さすぎない声で叫んだ。部屋の奥へ向かって駆けだした二人の黒服の背中が目の前に踊った。トリガーに指をかける。今だ!


 パシュッ、パシュッ


 後ろから男たちの心臓を狙って一発ずつ撃ち込んだ。消音器のおかげで静かだ。高級将校とその部下の黒服は呻き声もあげずに倒れた。ユウキはどこだろう。ドアの外を見ると、彼は手首と膝上をロープで縛られていた。わたしは床からナイフを拾い上げてユウキのロープを切った。


「ユウキ!」


「アオイ……」


「敵の装備を奪って逃げましょう。わたしは将校の黒服を奪って着る」


「僕はこのまま捕虜のふりをすればいい。そうだろう?」


「ええ。将校の黒服を脱がせるのを手伝って」


 わたしは急いで高級将校の服と装備を身につけた。もちろん将校が腰につけていたピストルと予備マガジンも。ベッドの下に隠しておいた腕時計とコンパスと地図をポケットに入れる。カトリーヌのナイフと消音器付きピストルも持って行く。ユウキは護衛の兵士のナイフとピストルをポケットに入れた。


「これからはわたしの言うとおりに動いてほしい。敵のことをよく知っている人と一緒に立てた作戦を実行したいの」


「どんな作戦?」


「車を奪って北へ逃げる。目標地はわたしたちの司令部がある巨大地下壕。今は時間が無いから具体的なことはその都度言うつもりよ。行きましょう」


「逃げるにはちょうどいい。外は10m先も見えない大雨だ」


「本当?」


「車寄せに運転手付きの車がある。僕たちの帰りを待っている」


「それを奪う作戦なの。玄関ホールに警備の兵士が2名、邸宅の四隅に兵士が10名ずつ立って警戒しているはず。玄関の敵と運転手はこれで倒す」


 わたしは右手に握った消音器付きピストルを胸の高さまであげた。


「任せていいみたいだな」


「山の麓に着くまではね。全部わたしに任せて」


「そのピストルの残弾は?」


「6発よ」


「作戦の筋書きが見えた。いざとなったら援護する」


「ええ、お願い」


「アオイ、あの女の人は誰? 縛られているみたいだけれど……」


「とても大切な人なの」


 わたしはカトリーヌの方を向いて手を振った。彼女は何度もうなずいた。カトリーヌ、わたしは決してあなたのことを忘れない。ありがとう、そしてさようなら……。後ろ髪を引かれる思いで彼女に背を向け、ユウキを促して部屋の外へ足を踏み出した。


「ユウキ、お願いがあるの」


「なんだい」


「わたしの前を歩いてくれる?」


「ああ、手を縛られているふりをするよ」


 廊下を進むと大きな吹き抜けがあった。消音器付きピストルをしっかりと握り直す。吹き抜けに張り出した1階を見下ろせるバルコニーから玄関ホールを眺めた。サブマシンガンを肩に掛けた黒服が二人。わたしは帽子を目深に被り直し、ユウキに銃口を突きつけて階段を下りた。踊り場で大きく息を吸って体の向きを変え、レッドカーペットの真ん中を堂々と下り


 黒服たちがこちらを振り返った。わたしを見ると彼らは慌てて敬礼をした。距離7m。心臓を狙って引き金を引いた。それぞれ一発ずつ。彼らは一瞬で倒れ、動かなくなった。


「ユウキ、手伝って」


 静かに玄関ホールを駆け下り、死体を階段の裏に隠した。堂々と玄関を開けて周囲を見回す。土砂降りの雨。艶やかな黒色の乗用車が玄関の正面から少し離れた場所に駐めてある。わたしたちの国が世界に誇る高級車。バンパーの左右のポールに見慣れないものが付いていた。白い星が三つ描かれた黒い三角形の標識板。旗のように掲げられている。昨夜カトリーヌが言っていた将官旗だ。運転席には黒服の男が座っている。





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