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そのうちの一人がカトリーヌに話しかけた。その内容はわたしにもだいたい理解できた。
「敵兵を生け捕りにした。男だ。胸に狙撃金章の略章がある。あとはあの女の証言があれば我々に懸賞金を払うとのことだった。ただちに女を作戦本部に連行する。男と対面させて『狙撃金章を持つユウキ一等隊士に間違いありません』と言わせることができたら上出来だ。我々は莫大な懸賞金を手にすることができる。なあに、捕まえた男が本物でなくてもいいのだ。あの女をちょっと痛い目に遭わせたらなんとでもなる。協力すればおまえにもいくらか分けてやる。どうだ、いい話だろう」
という意味だった。それを聞いたカトリーヌは背筋を伸ばすと、
「ここにおられる方を誰と心得る。総領様のたってのご希望で祖国発展のためお側にお部屋を賜ることが約束されたアオイ様であると知っての狼藉か。作戦本部に連れて行くなどもっての外。どうしても会わせたいというのであれば男をこちらに連行せよ」
と厳かに言い放った。黒服たちは「総領様」という言葉を聞いたとたん、「ははーッ」と平伏し、静かに部屋を出て行った。
「すごい。カトリーヌ、あなたはいったい……」
「こんなことはたいしたことではありません。問題はこれからです。あなたもユウキ一等隊士もお互いに知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりでしょう。でもそんなことをしたら彼はあなたの目の前で拷問されます。アオイには指一本触れさせないけれど……」
「……」
「先日の電話はすべて聞かせてもらいました。総領様の寝首を掻くつもりなのですね。いいのです。私でも同じ事を考えます。だからこのことは誰にも言ってません。大切なのはアオイのいる場所が明らかになったということと、アオイを救出する作戦が発動されたということです。ユウキ一等隊士は作戦に参加して真っ先にあなたを助けに来たのです」
ああ……
「アオイ、あなたたちは固い絆で結ばれているでしょう。写真を見た時、すぐにわかりました」
もうだめ。何も考えられない。
「どうやったらあなたたちを救うことができるかが問題です」
「救うって、カトリーヌ、あなたは何を言ってるの?」
「言ったでしょう。あなたは私の妹なのです。だからあなたのためにできることを私はします
。あたりまえのことです」
「カトリーヌ……」
電話が鳴った。カトリーヌが受話器を取った。用件はすぐ終わったようだ。
「30秒以内にユウキ一等隊士がここに連れてこられます。高級将校と護衛が一緒です。アオイ、何を言われても何を聞かれても絶対に認めてはいけませんよ。あとは私がなんとかします」
「……」
トントントン
ドアがノックされた。
カトリーヌがドアを内側に半分開けると黒服の男が現れた。男とカトリーヌは何か話をしていたが、しばらくするとドアが大きく開かれ、ユウキが自分の足で歩いて入ってきた。思ったよりも元気そうだ。その胸には狙撃金章の略章があった。ユウキは下を向いたまま決してわたしの顔を見ようとはしなかった。両手を体の前で縛られ、護衛と思われる兵士に腰紐を握られている。
別の男が開きっぱなしのドアから現れた。わたしの目をじっと見ている。黒くて艶のある立派なツバが付いた帽子。星の形をした銀の記章が輝いている。背の高さはわたしと同じくらいだ。ここから見ても服の生地と仕立てがとても良くて、今までの黒服たちとは雰囲気が違う。賢そうで油断ならない。これが高級将校か……。男はちょっと会釈をした後、わたしの国の言葉で喋り始めた。
「はじめましてお嬢さん。私はこの地区を支配する軍団を統括する者です。よろしく」
「……」
「美しいお嬢さん。あなたには一切危害を加えないので安心してください。これから質問をしますのであなたは正直に答えるだけでいいのですよ。難しいことはありません。とても簡単なことです」
発音もアクセントも正しい。それに、気味が悪いほど丁寧だ。どんな質問なのだろう。
「お嬢さんに伺います。この男はユウキ一等隊士に間違いないですね?」
「……いいえ、こんな人、知りません」
高級将校はフッと笑って指をパチンと鳴らした。すると護衛の兵士がユウキの髪を手でつかんだ。そして無理矢理わたしの目の前に引っ張ってきて、何かを自国の言葉で叫びながらわたしの顔にユウキの顔を押しつけてきた。
ああ、ユウキ!
瞳をのぞき込んだ。深い深い黒い瞳。ユウキ、あなたは何も変わってない……
護衛の兵士が右手でナイフを抜いた。ユウキの顔が苦痛に歪んだ。えっ、何? 何してるの?
ああ、ユウキの右手の人差し指にナイフの刃が当てられている!
「やめて!」
わたしは思わず叫んだ。
カトリーヌが、
「このお方の前で手荒な真似をするな」
と護衛の兵士を制した。兵士は素直に従い、ナイフを収めるとユウキをわたしの前に座らせた。
高級将校がわたしの国の言葉でゆっくり喋り始めた。
「お嬢さん、私の部下が勝手に手荒なことをしてしまって申し訳ない。この男がユウキ一等隊士であることを証明するためには、胸の略章の他にあなたの証言が絶対に必要なのです。この男のパートナーであり狙撃金章を持つアオイ一等隊士、あなたの」
「……」
「アオイ一等隊士、私と取引をしませんか? たいした条件ではありません。この男が狙撃金章を持っているユウキ一等隊士だとあなたが認めてくれさえすればいいのです。作戦本部に来ていただいて書類にサインをしてくれさえすればいい。そうすればあなたの国にとって素晴らしい見返りが得られます。どんな見返りか? 私の軍団が捕らえたあなたの国の兵士5000人をただちに釈放して貴国に送還してさしあげましょう。出血大サービスです。特別な回線を用意しますのであなたの上官と話をしてみて下さい。誰に聞いてもこんな良い条件はありませんよ」
そんなこと、絶対にできない……
「アオイ一等隊士、お約束します。あなたが認めさえすれば5000人、いや10000人の捕虜を釈放します。しかし、もし認めないのであれば、5000人の捕虜の指を落とします。鼻と耳を削ぎ、手と足を切り、眉間をピストルで撃つ。さあお嬢さん、彼がユウキ一等隊士であることを認めましょう。あなたは何も考えなくていい。黙ってサインするだけのことです。簡単です。それだけであなたは5000人の命を救う英雄になれるのです」
捕虜を釈放するという話は嘘だ。この男は約束を守らないだろう。
「この人が誰なのか、わたしは知りません」
わたしは大声で言い放った。
「お嬢さん、せっかくいい条件を出しているのになぜ認めないのですか。ここから車で5分ほどのところでサインすれば、それだけで5000人の命が助かるのに」
決して認めない。でもこの男はわたしがサインするまでいつまでもしつこく迫ってくるだろう。ああ…… 目眩がする。
カトリーヌが間に入った。
「ここまでだ。アオイ様はお疲れになっている。明日の朝、おまえたち二人だけでこの男を連れて来るように。到着10分前にわたしに連絡を入れなさい」
高級将校は一瞬悔しそうな表情になったけれど、
「仕方ない」
とつぶやくと、護衛の兵士と一緒にユウキを連れて部屋から出て行った。カトリーヌはドアを閉めると、やっと聞き取れるほどの小声で話し始めた。
「アオイ、信用してはだめです。高級将校なんて嘘つきばかりです。あの男は懸賞金を独り占めにしようとしているのです。それに、5000人の捕虜はどちらにしても全員処刑されます。我が軍では捕虜は例外なく拷問して眉間をピストルで撃って殺します。だからあなたが責任を感じることはありません」
「そうなのね。ひどい……」
「我が国の軍隊は容赦ないのです。自国民に対しても同じですが」
彼女はそう言ってため息をついた。
「けれど、これはチャンスです、アオイ」
「何がチャンスなの?」
「あなたたちを救うチャンスなのです」
「カトリーヌ、それはどういうことなの?」




