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「おまたせしました。スズキです」
繋がった!
「護衛隊のアオイ一等隊士です。スズキ中尉、わたしがわかりますか?」
「ああ! アオイ、生きていたのね! ユウキ隊員から私に直接連絡があって、あなたが行方不明になったことを知ったのよ。あなたが失跡したことは極秘らしいの。今どこでどうしているの? ひどい目に遭ってない?」
「ユウキは無事なんですね! わたしは敵に拉致されてしまいましたが無事です。ただ、ここがどこなのかわかりません。中尉、急いでお伝えしなければいけません。ついさっきロケット弾みたいなものをたくさん見たんです。直径20㎝、長さ5mくらいの筒が20本ほど入った鉄の檻なんです。それを積んだトラックが50台以上通り過ぎました。兵士をたくさん乗せた車もたくさん見ました。わたしの勘ですが、敵は大きな攻撃をするつもりなんだと思います」
「わかった。すぐ対処する。電話回線から場所を割り出すからこのままちょっと待ってて」
受話器から「緊急事態」と叫ぶ中尉の声が聞こえた。バタバタと人が動く気配が伝わってくる。キーボードを激しく打つ音も。
「場所がわかった。アオイ隊員、そこは巨大地下壕から南に約100㎞離れた緑山市の南町一丁目1番地。あなたがいるのはその街で一番大きな邸宅。司令部にあなたの救出を依頼した。実はね、敵が大量のロケットランチャーを船に積み込んだことは偵察衛星の映像でわかっていたの。けれど途中でどこかに消えてしまって、どこでどう使うのかどうしてもわからなかったのよ」
「中尉、救出はお断りします。わたしは敵の『総領様』の所へ送られることになっています。覚悟はできています。わたしは『総領様』のお気に入りになって寝首を掻くつもりです。スズキ中尉、お願いです、わたしのしたいようにさせ……」
「アオイ! 寝言は寝て言いなさい! 私はあなたを連れて帰る。私はそのために全力を尽くす。忘れないで!」
トントン
いけない、ドアをノックする音がする。急いで受話器を戻し、一呼吸置いてドアを開けた。
「アオイ、どうかしましたか? 話し声のようなものが聞こえましたが……」
「……眠れないからロミオとジュリエットのセリフを暗唱していたの。『わたしにとって敵なのは、あなたの名前だけ。たとえモンタギュー家の人でなくても、あなたはあなたのままよ』って」
「私には遠慮しないでなんでも言ってくださいね、アオイ」
彼女は澄み切った瞳でわたしの目を見つめた。ああ、そんな目で見つめられると本当のことを言ってしまいそうになる……。なんていう人なのだろう、この人は。
「ありがとう。もう寝るわ。今度こそおやすみなさい、カトリーヌ」
「おやすみなさい」
ああ、危ないところだった。
きっと参謀本部は敵の総攻撃を粉砕する作戦を立てて反撃するだろう。救出は断った。ショウもノダ曹長もわたしを救うために……。もうこれ以上誰も犠牲になってほしくない。
◇
翌日からわたしはカトリーヌの国の言葉を学んだ。訓練小隊で少し習っていたけれど、もう一度簡単な挨拶から暗記していった。カトリーヌは教えるのがとても上手。だんだん楽しくなってきた。ああ、敵国の言葉なのに……。でも、言葉を覚えて総領様ときちんと話ができるようにしたい。この戦争の現実を話したらなんて言うのだろう。
昼食の後、メジャーを持って採寸に来たのは黒服ではなかった。華やかな民族衣装を着たマドレーヌという名前の年配の女性だった。笑顔が素敵な美しい彼女はわたしの体のあちこちを測った後、綺麗な光沢の見本生地を広げてカトリーヌといろいろと話をしている。
一段落して、カトリーヌの通訳でマドレーヌと少し話をした。ケーキとクッキーの話が終わると、マドレーヌはひそひそ声で何か喋った。「早く平和な世界になればいい。こんな戦争はばかげている。私は家族を秘密警察に殺された。許せない」とカトリーヌが声を殺して通訳した。
マドレーヌなんてそもそも本名なのかどうかもわからない。彼女の言葉が本心なのかどうかも本当はわからない。でも、なんとなく本当のことを言っているような気がした。
◇
いつ移送されるのだろう……。この部屋で何日も過ごしてそう思い始めた頃、わたしはカトリーヌの国の言葉をかなり理解することができるようになった。挨拶のほかにも話せることが増えた。豪華でボリュームのある民族衣装にも体がなじんできた。
そんなある日の午後。語学学習の時間が終わって、エクレアを食べながらカトリーヌが作ってくれた熱いカフェオレを飲んでると、急に外が騒がしくなった。
ダダダダダダダダダ
サブマシンガンの発射音だ。
「伏せて!」
わたしはカトリーヌに押さえ込まれて床に突っ伏した。銃声はしばらく止まなかった。
どのくらい経ったのだろう……。電話が鳴ってカトリーヌが受話器を取った。「この部屋は無事だ」と言って電話を切った彼女は、「アオイ、あなたの国の兵士たちが敷地に侵入したらしいのです。五人が射殺されて一人が生け捕りになったようです」
「えっ、わたしの国の……」
「詳しいことを聞いてきます。決してここから出ないで待っていてください」
そう言い残すと、彼女は急いで部屋を出て行った。
◇
夕方になってカトリーヌが戻ってきた。とても疲れているように見える。
「アオイ、あなたの狙撃のパートナーが作戦本部に連行されています」
「誰のことなの?」
「狙撃金章を持っているユウキ一等隊士です。彼はあなたのパートナー。我が軍の兵士なら誰でも知っています。全部隊に懸賞金付きの手配書が配られました。それも一度や二度ではありません」
「……」
「けれどユウキ一等隊士の顔を我が軍は誰も知らないのです」
よかった。少しだけ、ほっとした。
「ですがアオイ、私は知っています」
どういうこと?
「あなたの軍隊手帳には写真が挟まれていました」
「えっ」
「私の本来の仕事は翻訳です。私は軍の翻訳官です。あなたが持っていた書類はすべて私に回ってきました」
「何が言いたいの?」
「若い男女が4人。たぶんどこかに遊びに行った記念でしょう。ぱっと見ただけでは何の意味もない写真でした。裏に名前が書いてあったことを除けば。今日捕らえられた男がユウキ一等隊士であることは間違いありません。写真と同じでした。
すうっと血の気が引いていく。大失敗だ。ユウキ、わたしのせいであなたは……
「あの写真のことは誰にも言ってないのです。手帳から抜き取って燃やしましたから」
カトリーヌ、それ本当なの? でもなぜ?
「将校がここに来てアオイにいろいろなことを聞くかもしれません」
ドンドンドンドン
ドアが激しくノックされた。カトリーヌがドアをしっかり押さえた。
「アオイと相談する時間がないのが残念です」
「相談? どういうことなのかわからない。でもいいわ。ドアを開けて」
カトリーヌがドアを開けると、数人の黒服がサブマシンガンを構えて勢いよく入ってきた。




