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7-1  + 永遠の入り口 +


 1週間が過ぎた。ユウキの傷は全治2ヶ月。でも動脈や骨が無傷だったのが幸運だったらしくて、手術して1週間目には杖をついて歩けるようになっていた。小さいように見えて実際は深く複雑にえぐれていた傷口は化膿することなく新しい肉で覆われ始めているようだった。


 わたしたちが戦った後、あの街を占領していた敵は人質を放り出して敗走した。人質にされていたたくさんの人たちは森に逃げ込んでセルフディフェンスに保護された。けれど、避難してきた人たちの中にわたしの家族もユウキの家族も含まれてはいなかった。ショウやモエの家族もいなかった……

 

 セルフディフェンスは戦果を拡大させるため、全国の戦線で敵を大規模に狙撃する作戦を始めた。すぐに効果が現れて、多くの指揮官を失った敵が人質を置いて逃げ出す都市が増えていった。わたしたちも再び最前線に行きたい……。ユウキが復帰する時が出撃の時だとスズキ中尉から聞いている。



 ◇



「ユウキ! もっと右足に力を入れて!」


 左手で杖をついて歩くユウキの右腕をわたしが両腕で支えている。


 一歩二歩三歩。一歩二歩三歩。ゆっくりとリズムよく息を合わせて進む。でも、ユウキは「イタタタター」と呻いている。


「もっと歩こう。医長先生は歩けば歩くほどいいって言ってたよ。さあ、一歩二歩三歩」


「っっっっー。アオイ、かんべんしてくれ、お願いだ、ちょっと休憩しよう」


 わたしは憧れの看護師さん気分。 


「いいわ、あそこのベンチに座りましょう」


 ユウキはしきりに痛がるのでしっかり支えて歩く。やっとたどりついて一緒に木のベンチに倒れ込んだ。


 今日はとても天気がいい。夕方の訓練場は雪がうっすら積もっていて寒いけれど、わたしたちは狭いプレハブ隊舎よりもここが好き。ユウキは白い病衣を着て上に緑色の防寒ジャケットを羽織っている。わたしは灰色の冬用作業服と茶色の厚いセーター。


 正面に見える高い山々の向こうに夕日が早々と沈みかけていた。ユウキの横顔があかね色に染まっている。わたしは歩行訓練の時のまま彼の右腕に両腕を巻き付けている。彼の大きくてがっしりとした肩に頬を押しつけてみると、ゴワゴワした防寒ジャケットの生地をとおしてぬくもりが伝わってきたような気がした。


「わたし、戦争が終わったら看護師の資格を取りたいな。ユウキが病気になった時には看護してあげる。今日みたいに」


「君はきっととっても優しい看護をしてくれるんだろうな。患者さんが痛いって言ったら、痛いことはすぐにやめてくれるような……」


「それって皮肉なの? でも、ちょっと痛かったかな。ごめんね」


「君は最高の看護師さんになるよ。患者さんのことを心から考えてくれる……」


「本当にそう思ってる?」


「本当だよ」


 ユウキはいたずらっぽく笑った。


「僕はね、戦争が終わったら医師の資格をとりたい。診療所を開くんだ、水晶山の中腹にある水晶村の近くにね。山の中には怪我をしたり調子が悪くなったりする人がたくさんいるんだよ。その人たちの役に立ちたい。たいした給料は出せないと思うけど、君さえよければ診療所で働かないか?」


「お医者さんになりたいなんて初めて知った。でも、なぜ? いつからそう思ってたの?」


「モエと一緒に星を見るようになってからだよ。永遠のように思える太陽や月や星の光も、実は永遠ではない。いつか星たちも必ず死んでいく。それと同じように、この世の形あるものに永遠なんてものはないと彼女に教えてもらった」


「そうなんだ……」


「モエはね、『星と同じように人はいつか必ず死ぬ。でも、生きている限り幸せでありたい。普段の何気ないことを大切にして生きていきたい』っていつも言っていたんだ」


「素敵ね。モエらしいな」


「そうだろう。僕もいつか死んでいく……。限られた命のなかで、僕を必要としてくれる人たちの日常を少しでも支えていけるのなら、それは大きな喜びになると思うんだ。それが医師になりたいと思った理由だよ」


「そうだったんだね。ユウキは人の支えになりたいんだ。わたし、その気持ちよくわかる」


「そうだろう? 君ならきっとわかってくれると思っていた」


「人にはそれぞれ進んで行くべき道があるのかもしれないね。あなたも知っているかもしれないけれど、ショウは新聞記者になりたいって言ってた」


「ああ、そうだった」


「正しいか正しくないかは歴史が判断する。だから事実を正確に伝えることができる記者になりたいって言ってた。ショウはね『真実はたくさんあるけれど事実は一つしかない』っていう言葉が好きだったの」


「そうだった」


「それでね、わたしの存在はショウにとって真実なのか事実なのかって聞いたら、そのどちらでもないって。真実や事実を超えた所にある、この世界で一番大切なものだって」


「真実や事実を超えたもの……か」


「わたしはショウに、何それ? って聞いたの。彼はなんて言ったと思う?」


「愛、じゃないのかな?」


「えっ、なぜユウキには分かるの? もしかしてショウからその話を聞いてた?」


「聞いたことはないけれど、なんとなくそんな気がしたんだ」


「ユウキは人の心が読めるのね。きっといいお医者さんになれると思う。わたし、あなたの診療所で働きたい。そのかわりお給料はユウキと同じにしてね」


「貧乏診療所だから、僕と同じでも少ないよ」


「いいの。限られた命のなかで人を支えたいっていうユウキの言葉に共感したんだから。限られた命……。この命は永遠ではないから。だから価値があるのかもしれないけれど」


「僕もそう思う。けれどね、僕は、人はみんな永遠を持っているとも思っているんだ。一人一人がひとつひとつの永遠なんだよ。たとえば、ここには僕という永遠とアオイという永遠がある」


 ……言っていることの意味がよくわからない。


「わたしが永遠? でも、いつか死んでしまうのよ」


「僕の目を見て……」


 と言いながらユウキはこちらへ体を向けた。わたしも彼の方を向いた。


 ユウキの左手がわたしの頬に触れた。


 どちらからともなく顔を近づける。わたしの瞳が彼の瞳を照らして、彼の瞳がわたしの瞳を照らす。


 わたしの永遠ってなんだろう。


 ユウキの永遠ってなんだろう。


 人はいつか必ず死ぬ。それを超えて永遠と呼べるものがあるのだろうか。ユウキの瞳の輝き、そこに永遠の入り口があるのだろうか……


「アオイ、君の瞳の奥にはショウが、そしてモエが生きている。過去も、今も、そしてこれからもずっと……。そうだろう」


「ええ、そうだけど……」

 

 わたしの瞳の奥にはショウとモエがいる。ユウキの瞳の奥にはモエとショウがいる。今、ユウキの瞳にはわたしが映っている。そしてわたしの瞳にはユウキがいる。今、この瞬間、わたしの瞳の中にみんな生きている……


 ハッとした。時が永遠に止まったような気がした。


「この瞬間……。わたしの永遠ってもしかして……」


「そうだよ。この瞬間が、君の永遠なんだ」


わたしたちは同時に微笑んだ。


 わたしたちは再び山の方を見た。太陽は沈み、暗くなっている。振り返って北の方角を見上げると、雪を頂いた高い峰が緑色に染まっている。明るい星が輝き始めた。今日は、わたしが初めて永遠を知った日。



 ◇



 2週間後。ユウキは杖なしで歩けるようになったけれど、足取りはまだおぼつかない。時々わたしが支えている。夕方、いつものように屋外訓練場で歩行訓練をしていると、スズキ中尉が小隊を率いてこちらにやってきた。


 こんな時間に全員揃ってどこに行くんだろう。誰かが何かしでかして連帯責任? 凍った湖で水浴びでもするの? まさかわたしたちも湖行き?


 小隊は目の前で停止して整列した。スズキ中尉以下全員がこちらに向かって敬礼した。誰か偉い人が近くにいるのだろうか?


 わたしはユウキの右腕から両手を離してキョロキョロした。


「楽にして」


 と小隊に号令したスズキ中尉は笑顔で、


「ユウキ隊員、アオイ隊員、おめでとう。戦闘の功績が認められておまえたち二人に『狙撃金章』が贈られることになった。大変な名誉だ」と言った。わたしは再びユウキを両手で支えた。


 狙撃金章……


 それは狙撃戦において最も多大な功績をあげた勇士に与えられると噂されている、セルフディフェンスも含めて今まで誰も授与された者はいないという、狙撃手憧れの幻の勲章。


「小隊長、僕たちは二人だけで戦ったわけではありません。それに、味方には犠牲者も出ています。勲章をいただくのは、敵を全て海に追い落としてからでも遅くはありません」


「アオイ隊員はどう思う」


「ユウキ隊員の言うとおりだと思います」


「気持ちはよくわかった。しかし、二人への授与は全国の予備義勇隊隊員への授与と同じ意味を持つ。つまり、全隊員の名誉だ。なので、辞退は許されない。授与式は明日午前10時から師団司令部で行われる。午前8時に連隊司令部前から専用のヘリコプターを出す。これは命令だ」


 授与式の後に師団司令部で聞いた話によると、わたしたちが狙撃した党政治局の高官は敵の独裁者の後継者候補の中で最も有力な人物だったらしい。なぜそんな有力者があの小さな街にいたのか。


 それはあの『象の檻』に関係しているらしかった。あの大きなアンテナには重大な秘密が隠されている……




 ◇




 ユウキの怪我は予想より早く完治した。わたしはこの1ヶ月間、通常訓練の時間以外は彼の歩行訓練の介助をするか連隊の拳銃部で護身用ピストルの使い方を特訓してきた。特訓のおかげでピストルの扱いにはかなり自信がある。なぜピストルなのか……。敵に包囲されかけた時に5㎜ライフルを連射したけれどあまり当たらなかったからだ。敵のほとんどを倒したのはユウキが撃ったピストルだった。


 わたしたちの左胸には『狙撃金章』の略章が縫い付けられている。目立たない色使いだけれど、輝いているように見える。副賞として授与されたのは艶消しグリーンに塗装された頑丈な腕時計。なんだか左胸と左腕が熱い。勲章がこんなにも誇らしいものだなんて思ってもみなかった。ユウキに聞いてみたんだけど「くすぐったい感じがする」らしい。噂によると狙撃金章の略章を付けたまま敵に捕らわれたら真っ先に殺されるのだという。でも、そんなことは関係ない。どちらにしても敵に捕まったら命はない。


 季節はもうすぐ春になる。少しずつ暖かくなっていく。木々の枝の先に付いている小さな芽が膨らみかけている。けれどわたしたちの国のたくさんの人たちは敵に捕らえられたままだ。桜が咲くまであと1ヶ月。それまでにすべての敵を撃退できるのだろうか。


わたしたちはもうすぐ誕生日を迎える。あと10日ほどで二人とも16歳。わたしとユウキの誕生日は3月11日。偶然だけど、不思議な絆を感じる。




 ◇




 午前の訓練を終えて昼食を済ませた。わたしはユウキと二人で基地の奥にある湖のほとりまで歩いた。青空を映している湖面が見えるベンチに隣り合って座った。無風。暖かな日差しが眩しい。


「僕たちが今こうしている間にもたくさんの人たちがひどい目に遭わされている」


「早く出撃したいな」


「僕は思うんだ。敵の中には、もしかしたら戦うことに悩んでいる人がいるんじゃないかって」


「何それ。どういうことなの?」


「敵も人間だ。全員が鬼畜という訳ではない。というより、全員、もともと鬼畜なんかじゃないんだ。ほとんどの人たちは僕たちの国の人たちと同じように悩み苦しみながら健気に生きているはずだ」


「ユウキは何が言いたいの?」


「そんな人たちが何かのきっかけで残虐の限りを尽くす悪魔になってしまうんだ」


「きっかけって、何?」


「敵の国はどちらも子供の頃から僕たちの国を憎む教育をしているのは君も知っているだろう」


「それはみんな知ってる」


「百年前にA国を併合した時やかつてB国と紛争があった時に、僕たちの国の兵士たちが残虐な行為をした、と敵はいつも主張しているよね」


「そうね」


「敵国が何度も繰り返し主張するそれらの事のうち、どれだけが事実なのか、分からないことが多いとも言われている。敵国自身ですら何が事実なのかわからなくなってしまっている部分もあると思う。でも、敵国にとってはそんなことは関係ない。それらしい話は全部僕たちの国の兵士の極悪非道な行為が原因だということにしているのかもしれない。そして、そういうことを小さい頃から教育される。頭の中にたたき込まれるんだ。僕たちの国はひどい国だと。復讐して陵辱し尽くして殺し尽くして略奪し尽くしても晴れないほどの恨みがあるのだと」


「そんなふうに教えられたら誰でも思うよね、いつか必ずやっつけてやるって」


「君は『(うら)みに(むく)ゆるに徳をもってす』っていう言葉を知っているかい」


「古い言葉。古典の授業で習った。恨みのある相手に仕返しをするのではなくて、かえって相手に恩恵を施すこと、だよね」


「僕はこの言葉が好きなんだ」


「どうして?」


「あの文化祭の日から今日まで敵がどれほど残虐なことをし続けてきたか、その事実を僕たちは決して忘れない。そうだろう」


「ええ、そうよ。決して忘れない」


「この命と引き替えにしてでも敵を倒して戦いを終わらせたい」


「わたしもそう思う」


「僕たちの国は敵国から受けた残虐行為を記憶し、記録し、次の世代に教育するだろう」


「ええ、当然よ」


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