6-2
ビュンン
空気を引き裂く鋭い音。背後で地面がドーンと揺れて、砕けた岩や土が降り注いだ。
見つかったんだ……。体中の血が逆流した。
「ユウキ、敵はドームの中からわたしたちを狙い撃ちしてる」
ビュンン
バーン
砕け散った岩が、後ろから弾丸のように飛んできた。恐ろしいほどの破壊力……
わたしはアサルトライフルを背中に回した。スポッティングスコープを三脚ごと両手で抱えて、枯葉の上を這ってユウキと一緒に待避する。
窪みに伏せてスマートフォンを取り出し、他の狙撃班と小隊本部へ、敵の位置を一斉送信した。ユウキは射撃体勢に入った。わたしも準備する。
「観測を頼む」
「了解」
接眼レンズをのぞくと、ドームの暗視装置の横に、大型のライフルを構える敵の姿がはっきり見えた。銃口はこちらを向いている。きっと狙撃兵だ。
「ターゲット発見! 敵狙撃兵1名。天文ドームの中、暗視装置の左。プラス2.2、左1.0」
「了解」
ダーン
衝撃波が大地を震わせた。
数秒後、敵の狙撃手が吹き飛んだ。
「命中」
すると今度は暗視装置の右に閃光がきらめいた。
「伏せて! 今度は右から撃ってきた」
頭を思い切り低くした。
ビュンン
弾丸が唸りをあげて頭上を抜けた。
ドンッ
斜面の土が弾けてビシビシと背中や足に当たる。
敵は三発連続して撃ってきた。弾丸は空気を激しく切り裂いた。深く被ったニットキャップ越しに猛烈な風圧と殺気を感じる。恐怖に体が縮こまった。ここも危ないんだ。
「ユウキ! 最初の陣地に移動しましょう」
「それがいい」
枯れ葉に半分埋まりながら必死に地面を這った。一番最初に作った陣地にやっと到着した。息が切れる……。ユウキは素早く態勢を整えて狙撃用ライフルの二脚を広げた。
わたしも腹ばいのままスポッティングスコープをドームに向けた。暗視装置の右側に大型ライフルを構える狙撃兵の姿。煙突みたいに太いマズルブレーキ。敵の制式装備の対物狙撃用14㎜ライフルだ。現物を見たのは初めて。有効射程距離は3500mもある。さっきわたしたちを襲ったのは間違いなくあの14㎜。とてつもなく危険な敵。
狙撃兵の後ろに兵士が3人、バナナ型マガジンが特徴のアサルトライフルを構えて周囲を警戒している。あれは敵正規軍の主要装備。7㎜弾を30連射可能で有効射程距離は600m。とりあえずあの弾はここまで届かない。
「暗視装置の右に対物14㎜ライフルを構えた敵狙撃兵1名。その後ろに敵歩兵3名」
「了解」
ユウキは連続して4発撃った。けれど吹き飛んだのは暗視装置だけ。敵兵に変化はない。
「しまった」
「ユウキ、わたしに代わって」
「わかった。頼む」
わたしたちは担当を交代した。山のあちこちから狙撃用ライフルの射撃音が聞こえてきた。他の班が撃ち始めたのだ。わたしはマガジンを新しいものに交換した。右手でグリップを握り、プラスチックの銃床を肩に当てて左手で支える。スコープの接眼レンズはとてもクリア。ドームを視野に入れて、念のため暗視装置のバッテリーを確認した。まだたくさん残っている。
「アオイ、敵の狙撃兵はさっきと同じ位置だ。他の3人は見当たらない」
「了解」
緑色の視野に敵の姿を捕らえた。
まずい! 敵のライフルは不穏な仰角をかけて、まさにわたしたちを狙っている。焦る心を抑えて大きく息を吸い、ゆっくり吐く。もう何も考えない……
でも、今、この瞬間、もし敵が撃ってきたら……
息を止める……
ああ、気になってしまう……
引き金を絞る……
ダーン
「アオイ! 敵も撃った。同時だ。伏せろ!」
ユウキが叫んだ。わたしはライフルを離し、地面に顔を押しつけた。
直後、「ドーン」と激しい衝撃と共に近くの何かが大量に砕けて、手や頭や体にビシビシ当たった。痛いっ! バキバキ、ザアッという大きな音がして、真っ黒な影がドーッと倒れてきた。
「アオイ、だいじょうぶか!」
目を開けた。狙撃用ライフルのすぐ左、直径50㎝ほどの木の根元が粉々になって完全に吹き飛んでいた。太い幹が横倒しになっている。ユウキもわたしも木屑まみれだ。
「ええ、だいじょうぶよ。ユウキは?」
ニットキャップをかぶり直す。
「もちろん大丈夫だ。アオイ、ここは狙われている。木の陰に隠れよう。さあ、早く」
ずしりと重たい狙撃用ライフルを抱えて、地面を這った。倒れた幹はたくさんの枝に支えられて、地面から30㎝ほど隙間があった。そこから銃身を突きだしてスコープの照準線を確保した。ユウキも観測を再開した。
「敵の姿が消えた」
「逃げられたのね。わたしのせいよ……」
「いや、こちらがやられなかっただけでも運が良かった。撃ったヤツは経験を積んだ狙撃兵だ。正直、恐ろしい」
「もう少しで頭を吹き飛ばされるところだったのね」
「敵はまた撃ってくるはずだ」
そう言いながらユウキはスポッティングスコープをゆっくり右へ旋回させた。
「屋上階段室のドアが開いた! 中に狙撃兵! 補正量プラス2.0、左1.2」
急いでライフルのスコープを階段室に向けると、緑色の視野の中心に、大型ライフルを構えて伏せる敵の姿を捕らえた。
「了解。捕捉した」
急いで狙いを定めた。すると、山のあちこちから射撃音が聞こえてスコープの中の敵が吹き飛んだ。わたしが撃つ前に他の班が命中させたのだ。
「標的クリア。観測を継続する」
ユウキに観測を任せてスマートフォンを取り出した。第1班から「無事か」と問い合わせがあった。「無事」と返信した。各班が次々にメッセージを入れている。どの班も無事のようだ。
小隊本部から「応援部隊の移動速度を上げる。明日の夕方には合流できる見込み。各狙撃班は警戒を怠らず作戦を続行せよ」と指示があった。
「応援部隊は明日の夕方到着予定。このまま作戦継続だって。今夜を乗り切らないとね」
「本当だ。でも徹夜する訳にはいかない。交代で寝よう。最初は僕が警戒する。アオイが先に休んでくれないか」
「わたし、なんだか眠れそうにない」
「明日は本格的な狙撃戦になるはずだから少しでも寝ておこう」
「わかった。じゃあ先に寝るね」
「おやすみ」
「ユウキ……」
「どうした」
「なんでもないの。おやすみなさい」
わたしとユウキは交代で眠った。
◇
木々の間から東の空が白み始めた頃、わたしは茂みの中でアサルトライフルを構えたままゆっくり立ち上がった。背後の岩陰に回ると霜柱があって、踏むとザクザク崩れた。ふくらんだ寝袋の肩のあたりをそっと揺らす。
「おはようユウキ。朝だよ」
彼は素早く起きると寝袋を畳んだ。わたしは迷彩柄のザックから携帯ガスコンロと水筒とビスケットとサラミソーセージを取り出した。大きな岩陰に二人並んで座った。ステンレスのカップでお湯を沸かしてティーパックを放り込む。戦場用の紅茶は香りがしない。濃くて渋いだけ。だから甘いコンデンスミルクをたっぷり入れた。カップにちょっと口を付ける。熱い! 茶色いビスケットを一口かじったけれど硬くて味がない。ああ、お父さんが焼いたおいしいビスケットを食べたい……
「アオイは眠れた?」
「ええ。ユウキは?」
サラミソーセージをナイフで適当に切り取って口の中に放り込んだ。結構スパイスが効いている。これ、おいしいよ。ユウキもどう?
「ありがとう。実は熟睡できなかったんだ」
「珍しいね。どうして?」
「敵が一気に攻めてくる夢を見た。包囲されて絶体絶命。アオイが起こしてくれなかったら、たぶん夢の中で死んでいた。正直、恐かった」
「そうなんだね。ユウキには恐いものなんかないように見えるのに……。モエが連れて行かれようとした時も敵に挑みかかったよね」
「あの時は必死だった。けれど……僕は彼女を守れなかった。大切な人を守ることができなかった。僕は弱い人間だ……」
ユウキはうなだれてしまった。
「思い出させてしまってごめんなさい。でも、きっとモエもわかってくれるはず。あなたはナイフを持った敵と素手で戦ったのよ」
「僕がもっと強ければ彼女を救うことができたはずだ」
「ううん、あれ以上のことは誰もできない。あなたは命を投げ出してでもモエを救おうとしたんでしょう? モエはきっと今、天国であなたに微笑んでいる」
「……」
「わたしはショウを見殺しにしてしまった。彼が真後ろを走ってくれていたのは、わたしを守るためだったってことに今頃気付いたの。命を賭けて護ってくれたのに、それなのにわたしは……」
涙が込み上げてくる。ああ、ショウ、ごめんなさい。あなたが死んでしまったのはわたしのせいなの。本当にごめんなさい……
「ショウは君を守り切ったことを誇りに思っているよ。それに、あいつは今も君を守っている。わかるだろう? 間違いない。僕にはわかる」
木々の間から光が差し込んできた。
「ショウが今もわたしを?」
「そうだ」
「ユウキには見えるの?」
「もちろん見える」
「わたしも、見たい」
ユウキは目を閉じた。
「アオイもこうすればいい。目の前にあいつがいるはずだ」
わたしも目をつむった。一瞬、ショウが現れて、にっこり笑った。ああ、あなたは今もそうやって笑顔を見せてくれるのね。ありがとう。
とても静かな時間。これが平和な時だったらいいのに……
簡単な朝食を終えて、わたしたちは新しい狙撃陣地を作った。整地して丁寧に偽装する。砲撃に備えてタコツボも掘った。額から伝う汗を迷彩服の袖で拭う。
今日も晴天。午前中は太陽の光を正面から受けるので岩陰に隠れた。昼食は紅茶とビスケット。サラミソーセージと肉じゃがのレトルトパックを特別に追加した。おいしくて、量もたっぷりあって幸せな気分。
「アオイ、頼みがある」
「何?」
「先に僕に撃たせてくれないか」
「わかった。じゃあ、そろそろスタンバイね」
ユウキは5発ずつ装填した予備のマガジンを4個、ライフルの横に並べた。岩陰の弾薬箱にはあと184発残っている。わたしはユウキの隣でスポッティングスコープを準備した。
本部と他の狙撃班から最新の情報を得た。今のところ敵に目立った動きはないらしい。スポッティングスコープのレンズカバーを外してグローブ学園高校を観察する。ドームにピントを合わせると、昨夜破壊した暗視装置は壊れたまま放置されていた。人影は見あたらない。屋上には誰もいない。
4階の窓を一つずつ確認していく。カーテンはピタリと閉められている。けれど完全に閉まってないところもあった。カーテンとカーテンの隙間に慎重にピントを合わせると人影が見えた。
ズームリングを回して拡大する。顔がはっきり見える。男性だ。苦しそうだ。喘いでいる。禿げ上がった頭と団子鼻。どこかで見たことがある顔。
あっ あれは校長先生だ。間違いない。ああよかった、生きていたんだ! でも、なぜあんなに苦しそうにしているのだろう。スポッティングスコープを少し下に向ける。
ああ……校長先生は裸にされている! どういうことなの?
校長先生の背後に黒服たちが群がってきた。そのうちの一人がムチを振り下ろした。黒い眼帯! あの男だ…… カドタ先生を拷問してモエをもてあそんだ、黒い眼帯の男。
念のためスポッティングスコープを隣の教室のカーテンの隙間に向けた。そこにも同じような光景が繰り広げられていた。あっ、あれは……、あれは演劇部のタクヤ先輩だ。先輩も裸にされている。後ろにいる黒服は知らない顔。木刀のようなものを先輩の体に振り下ろした。むごい……。その隣の教室では、ああ、信じられない。女子生徒が陵辱されている。ひどい……。
許さない。黒服たちは人間じゃない。決して許さない。そんなにまでしてわたしたちの国の人々に苦しみを与えたいのか。いったい何人拷問して何人陵辱して何人殺したら敵の言う千年の恨みは晴れるのか。
たぶん千年経っても晴れないと思う。千年というのは、きっと彼らにとっては永遠という意味。
わたしは千年の恨みなんて持たない。わたしは、目の前でひどいことをしている敵と、今、全力で戦う。ただそれだけだ。わたしたちの国の人にひどいことをしている敵を全力で攻撃する。自分の命をかけて敵と戦う。
けれど、この状態で敵を撃ったら人質に当たってしまう。
「ユウキ、ライフルのスコープから4階が見える? 教室の窓のカーテンを見て。ところどころ隙間があるでしょう。よく見て! 校長先生や演劇部の先輩が拷問されているの。女の子もいる。一番左の教室で校長先生を拷問しているのはモエをもてあそんだ黒い眼帯の男よ。でも狙撃は難しい。先生に当たってしまう」
ユウキはこちらにちらっと視線を向けると深くうなずいてライフルのスコープを覗いた。そして「あいつだ。モエを連れ去ったヤツだ。間違いない。絶対に許さない」と低い声でつぶやいた。
わたしだって絶対に許さない。けれど……。
「アオイ、だいじょうぶだ。必ず一発で仕留めてみせる」
「わかった、本部と他の班に連絡する」
「頼む」
「こちら第5班。現在グローブ学園高校を観察中。異変あり。校舎4階、カーテンの隙間に人質と敵幹部の姿を発見。人質は拷問されている。座標72-63。ただちに敵幹部を狙撃したい」
他の班から「人質に当たってしまう。狙撃は不可能」と返信があった。しばらくしすると本部から「他の班は難しいと判断している。本当に撃てるのか?」と連絡があった。
「ユウキ、他の班は無理だって。本部は、本気なのかって」
「本気だ。攻撃すると伝えてくれ」
やるしかない。思いは一緒だ。
「このままでは人質は虐殺される。攻撃を許可してほしい」と本部へ送信した。しばらくすると「許可する。ただし、人質を傷付けてはならない。他班は第5班を援護」と送ってきた。
「ユウキ、攻撃許可が出た」
「始めよう。絶対に当てる。補正量を頼む」
わたしは再びスポッティングスコープを覗いた。ユウキが狙撃用ライフルの薬室に弾を送り込む鈍い金属音がした。距離、高低差、風向、風速、気温、湿度から補正量を算出する。
「プラス2.1、左0.2」
ユウキは頭に血が上っている。本当に敵だけに当てることができるのだろうか。少し不安を感じた。接眼鏡から目を離してユウキの方を見た。
ユウキは引き金を絞り始めた。姿勢にも呼吸にも乱れはない。氷のように静かだ。だいじょうぶ。ユウキは落ち着いている。
急いで観察を再開した。校長先生の苦しそうな顔。楽しそうにムチを振る黒い眼帯の男。
ダーン
轟音と衝撃波で体が揺れた。
数秒後、黒い眼帯をした男の頭が消滅した。
「命中!」
窓ガラスが砕けてカーテンが大きく開いている。たくさんの黒服たちの姿が見えた。丸見えだ。ユウキは撃ち続けた。轟音が連続する。
「アオイ、空になったマガジンにどんどん弾を込めてほしい」
「わかった」
スポッティングスコープから離れて弾薬箱の蓋を開ける。ずしりと重い弾。1発ずつ手にとって、空になったマガジンに手早く込めた。
再びレンズを通して校舎の窓を流し見た。するとそこには、信じられない光景が広がっていた。
ほとんど全ての窓からたくさんの黒服たちが顔を出していた。なぜか彼らは空に向けてサブマシンガンを乱射している。わたしにも狙撃用ライフルがあれば……
他の班も撃ち始めた。山の斜面のあちこちから射撃音が聞こえる。黒服たちが次々と吹き飛ばされていく。
ユウキは何かに取り憑かれたように撃ち続けた。わたしは次々に空になるマガジンに弾を込めた。大きくて重い弾をマガジンに押し込むには力がいる。指と腕が痙りそう。射撃音は重機関銃のように連続した。銃身が熱くなりすぎている。もう限界だと思う。
ユウキが射撃をやめた。他の班の射撃音も聞こえなくなった。きっとこれから敵の反撃がある。100発以上も同じ場所から撃ったのだ。わたしたちの位置はとっくに特定されているはず。急いで場所を変えなければ……
「ユウキ、別の陣地へ、急いで!」
「ああ」
「交代しましょう」
「頼む」
ユウキは放心していた。モエの仇を討って心の中がからっぽになってしまったのかもしれない。だいじょうぶかな、ユウキ……
わたはユウキをうながしてタコツボに飛び込んだ。砲撃があるかもしれない。
スポッティングスコープで校舎を観察した。千切れたカーテンが風に揺れていた。割れた窓から見える教室にはたくさんの黒服が倒れている。けれど、わたしたちの国の人たちの姿はなかった。生き残った黒服は人質を連れて逃げたのだろうか。
敵の狙撃兵は昨夜14㎜ライフルを撃ってきた。けれど今日はなぜか一発も撃ってこない。
敵の兵士のほとんどは何の訓練も受けていないように見える。彼らに与えられた武器は旧式のサブマシンガンがメインだ。7㎜ライフルや14㎜ライフルを装備している敵はほんの少し。訓練小隊での講義では、敵は携帯ロケット弾をたくさん持っているって聞いたけれど、まだ一度も目にしていない。
敵はわたしたちの国のあらゆる場所に上陸してあらゆる街を占領している。敵の目的は殺戮と陵辱と略奪だけなのだろうか。もしそうなら大量の人質を取っている限り今の装備で十分なのかもしれない。
突然、スマートフォンが断続的に激しく振動した。緊急音声連絡の合図だ。
「スズキだ。全狙撃班に撤退を命じる。ただちに現地点を放棄してE地点に向かえ」
珍しく切羽詰まった声だった。
「第5班のアオイです。小隊長、なぜですか?」
「偵察衛星とドローンからの情報だ。敵の大規模な反撃が予想される。グローブ学園高校の校庭に2000人以上の敵部隊が集結。西へ向かって移動を開始した。攻撃目標は高い確率で我が小隊の狙撃陣地。各班とも手順通り狙撃用ライフルとスコープを破壊し、7㎞西方のE地点を目指せ。戦闘ヘリコプター3機が直ちに援護に向かう。なお、敵部隊の中に人質の姿はない。以上。質問は?」
一緒に聞いていたユウキは首を横に振った。
「第5班、了解しました。質問はありません」
他の班からも質問はなかった。心臓がばくばく音をたて始めた。顔が熱い。
グローブ学園高校の校庭は校舎の陰で見えない。2000人もの敵が一気に押し寄せてきたら、いくら狙撃をしても撃退できない。弾も足りない。最後は射殺されるか、包囲されて捕らえられてしまう。逃げるしかない。
第1班から全狙撃班宛てに『まとまって行動できないほど事態は切迫している。準備ができた班から即撤退。E地点で落ち合おう』と連絡が入った。
ライフルのスコープには超高解像度の暗視装置が組み込まれていて、スポッティングスコープには超高解像度の暗視装置と高精度のレーザー測距機と最新鋭の弾道計算機が組み込まれている。マニュアルどおりに破壊して狙撃用ライフルや他の装備と一緒にタコツボに放り込んで土をかけた。
現在地は敵から約2㎞。あっというまに黒服たちに襲われるだろう。わたしたちは地図で撤退路を確認した。
「山に登って稜線伝いに西へ。それが一番早いと思う」
「わかった。アオイ、先に行ってくれないか。僕は後ろを守る」