5-4
「戦場では強くなければ殺される。アオイは僕より強い隊員とペアを組むべきだ」
「どうして?」
「僕はモエを守ることができなかった、弱くて恥ずべき人間だ」
「……」
「アキラ隊員は愚痴は言うけれど決して挫けない強い心を持っている。冗談を言う時だってふざけているわけじゃない。まわりを気遣って言っているんだ。彼は人には優しくて自分に厳しい、強い人だ」
「わたしもそう思う」
「ハルキ隊員は物静かだけれど、あの苦しい訓練も泣き言一つ言わず耐える精神力と体力を持っている、とても強い人だ」
「それも、わかってる」
「彼らのような人こそ君にふさわしいと思う。僕が未熟なせいで君がひどい目にあったり命を落とすようなことがあったら、ショウが悲しむ。もう一度はっきり言おう、僕は君とはペアを組めない。同じ狙撃班にはなれない。君をモエと同じ目にあわせたくないんだ」
ユウキは目を合わせてくれない。
「ふーん、ユウキはそんなこと考えてたんだね……」
「そうだ」
「確かにわたしたちは未熟だけど、わたしの命を預けることができるのはユウキしかいないって知ってた?」
「どういうことだ?」
「狙撃のペアを組むって、お互い命を預けるってことだよね。未熟なことは最初からわかってた。そうでしょう?」
「ああ、そのとおりだ」
「でもね、ショウやモエの無念な気持ちがわかるのは、今はもうユウキとわたしの二人しかいないのよ。ショウやモエたちの思いを胸に抱いて戦うことができるのは、あなたとわたしの二人だけ。わかってる?」
ユウキと目が合った。
「みんなも、きっとわたしたちが一緒に戦うことを天国で望んでいると思う」
「……」
「わたしは、この命をショウに捧げても悔いはない。わたしと同じように、あなたはモエに命を捧げる覚悟があるはず」
「ああ、君の言うとおりだ」
「そうよね。だから、あなたとならショウやモエと一緒にどこまでも戦うことができる。あなたとなら、一緒に戦って死んだとしても絶対に後悔しない」
「死んでも後悔しないなんて、君は本気で言っているのか」
ユウキは少し声を荒げた。
「本気よ。あなたと一緒に戦うことは、モエやショウと一緒に戦うってことなのよ。訓練でも実戦でも、どんなに苦しいことがあっても4人で一緒に戦えばきっと乗り越えられる。たとえわたしが命を失っても、命を預けたあなたがいる。わたしたちはいつまでも4人一緒にいることができる。そうでしょう?」
「アオイ、君は……」
ユウキは天を見上げるような仕草をした。
「前にも言ったとおり、わたしはもう覚悟を決めているの」
「そうだったのか……。僕は、君の覚悟がどの程度なのかわからなくて、迷っていたんだ」
「相談してくれたらよかったのに」
「ごめん。でも、今の君の言葉で吹っ切れたよ。僕が悪かった」
「ううん、いいの」
「アオイ、ペアになろう。僕と狙撃班を組んでほしい」
◇
昼食後の試験で、さらに5人が不合格になった。
夜の試験では、スコープの暗視装置を使っても日中とはくらべものにならないくらい命中させるのが難しかった。そのせいか、一気に20人が不合格になってしまった。
最終的に合格したのは、わたしとユウキを含めて10人。アキラ隊員、ハルキ隊員、サツキ隊員、アカリ隊員もその中に入っていた。
狙撃手になれる……。嬉しかった。けれど、本当にユウキとペアになれるのか、まだわからない。希望調書には第1希望「ユウキ隊員」と記入して、第2、第3希望の欄は空白のまま提出した。組み合わせは連隊の司令部が決めることになっている。けれど、噂によると最終的にはスズキ中尉の一存で決まるらしい。
◇
次の日の夕方、訓練が終わって小隊の大きなテントの横でユウキと立ち話をしていたら、スズキ中尉が恐い顔をしてこちらにやってきた。何かあったのだろうか……
中尉はわたしたちの目の前で立ち止まると、「気をつけ!」と号令して、直立不動になったわたしたちを眉間に皺を寄せて交互に睨みつけた。
「ユウキ隊員とアオイ隊員は第1希望しか書いていなかった。二人とも最年少の15歳だが、本当にペアを組みたいのか?」
「はい」とユウキが答えた。
わたしも、「そうです」と返事をした。
「二人ともよく聞け。体力も精神力も申し分ないアカリ隊員がユウキ隊員と組みたいと希望している。私もこの組み合わせを推している。タフなペアになるだろう。最年長のアキラ隊員はアオイ隊員とペアを組みたいと希望している。こちらもバランスのとれた理想の狙撃班だ。今からでも遅くはない。考え直せ。戦争はママゴトじゃないぞ」
中尉は以前、『二人が一緒に戦えるよう配慮する』と言った。あの言葉に嘘はないはずだ。これはきっとわたしたちの決意を問う最終試験だ……
「何が起きようと覚悟しています。ユウキ隊員とペアにして下さい」
「互いに話はしたのか?」
「はい、二人で話し合いました。アオイ隊員とでなければ狙撃班を組むつもりはありません。覚悟はできています」
「命がかかっているんだぞ」
「はい、アオイ隊員に命を預けています」
「わたしも、ユウキ隊員に命を預けています」
「本当か」
「本当です」「間違いありません」
「そうか……」
中尉はしばらく考えていたが、「明日から専門教育を行う。同じ狙撃班として互いに助け合い、最後まで頑張るように」と言って、わたしたちの髪の毛をくしゃくしゃになるまで力一杯撫でてくれた。
◇
専門教育が始まった。アキラ隊員は相変わらず愚痴っている。でも、本当は誰よりも訓練が好きなのかもしれない。にこやかな顔をしたアキラ隊員に「厳しすぎる、もうだめだ」とか言われると、どう返事をしていいかわからなくなるけれど、同じ狙撃班のサツキ隊員はうまく受け流している。スズキ中尉はきっといろんなことを考えてペアを決めたんだ。
わたしたちはいろいろな訓練をしたけれど、気配を消す訓練では12㎏の狙撃用ライフルを腰だめに構えたまま、3時間ぴくりとも動いてはいけなかった。どちらかが少しでも動いた狙撃班は、スズキ中尉や下士官に「死亡判定」されて、3日間も食事を抜かれた。
わたしは2回「死亡判定」された。食事を抜くのも訓練のひとつらしいけど、何より食べることが好きなわたしは、おなかがへって苦しくて、飢え死にしそうになった。ユウキは平気な顔をしていた。信じられない……
ハルキ隊員とアカリ隊員の狙撃班は、訓練の期間中一度も死亡判定されなかった。すごい精神力と体力。アカリ隊員とハルキ隊員が組んだ狙撃班はとても気が合うみたい。いつも仲良く自主トレをしている。
カモフラージュの訓練では、迷彩服の上に木の枝や枯れ草や長い繊維を縫い込んだ布を付けて、森や草原と一体になる。隠れている場所が簡単に見つかってしまうと中尉や下士官たちにブーツで頭を小突かれ、脇腹や足に蹴りを入れられた。おかげで体中がアザだらけになった。
さすがのアキラ隊員も愚痴どころではないはず……。けれど彼は毎日楽しそうに笑いながら「蹴られた脇腹が痛くて死ぬ。ひどすぎる」と愚痴をこぼしていた。なんてタフなんだろう。
スズキ中尉は、「敵の心を読め!」と何度も繰り返した。偽装が上手になって発見されなくなるまで、訓練は何度も繰り返された。とても辛かった。「どうして女の子をそんなに容赦なく蹴るの?」なんて口が裂けても言えない。戦場だったら蹴られる前に殺されている。
射撃訓練では一人がスポッティングスコープで標的の位置や風向きの観測に専念して指示を出し、もう一人がその指示どおりに撃った。3発連続で標的を外れたら二人とも薄氷の張る湖の中に放り込まれた。わたしは何度も湖の冷たい水で涙をごまかした。泳げないわたしを、いつもユウキが助けてくれた。
訓練は毎日とても辛い。わたしは何度も泣いた。ユウキまで涙を浮かべた。昼の訓練が終わると、夜はたくさんの弾道計算の問題や暗号の問題を解いた。居眠りをしかけると、「寝たら死ぬぞ」と中尉に胸ぐらをつかまれて床に放り投げられ、ライフルを背負わされて腕立て伏せを100回命じられた。
弾道計算も暗号も9割以上正解しなければ何度でも新しい問題を渡され、眠ることは許されない。意識が朦朧となっていく……
「寝るな! いついかなる時でも瞬時に弾道を予測できなければ先にやられるぞ!」
そうだ、きっと戦場では一瞬の差で全てが決まるのだ。わたしたちはこの訓練が終わったら最前線へ行く。そこにはきっと想像もできないほどの過酷な現実が待っているはず。
最終日。動く複数標的を狙撃した。すべての狙撃班が全弾命中させた。最後にスズキ中尉から訓示があった。
「厳しい訓練をよく乗り越えてくれた。これからも最善を尽くせ。戦場でどんなことが起ころうと生きることを決して諦めるな。以上、解散」
全員でスズキ中尉を囲んだ。今まで決して泣かなかったアキラ隊員もハルキ隊員も今日は泣いた。中尉は一人一人をしっかりと抱きしめてくれた。中尉の目にも涙が光っていた。




