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5-3      








 ◇



 射撃の集中訓練が始まった。最初から全員にそれぞれ狙撃用ライフルとスコープ、それに観測用のスポッティングスコープが支給されたんだけど、狙撃用ライフルの重さは普通のライフルの3倍! 弾丸の直径は1㎝以上で重さは7㎜弾の5倍! 脱着式マガジンの装弾数は5発で、引き金を1回引くと1発だけ撃てる。次の弾薬はライフルが自分で装填してくれるからとっても楽。セミオートマチックだから機関銃みたいな連射はできない。有効射程距離は2000m。そんなに遠くから撃って当たるのかなあ。

 

 スズキ中尉はセルフディフェンスのライフル射撃競技で上位入賞したことがあるんだって。わたしは中尉が持っている技術を残らず吸収したい。でも弾道計算の講義はとても苦手。どうしても眠くなってしまう。でも、頑張って集中する。


 わたしとユウキは小隊最年少の15歳。18歳や19歳の隊員に比べると体力は劣っている。でも、狙撃用ライフルはとても重いけどこれを持って走り回ることはないって聞いた。敵が現れるのをじっと待つことの方が大切だから重さはあまり気にしなくていいんだって。それに、重い方が反動をコントロールしやすいから、わたしにも狙撃手になれる可能性はある。



 ◇



 

 集中訓練の最終日。小隊は射撃場に移動した。いよいよ検定試験が始まる。


 40名の隊員が一人ずつ順番に撃つらしい。わたしの順番は一番最後。ユウキはわたしの前。もしかして年齢順なのかな。それぞれが与えられた時間は3分。決して長くはない。というか短すぎると思う。

 

 標的は深い谷を越えた山の斜面のあちこちに置かれていて、高さ170㎝、幅50㎝の白い板に、直径20㎝の黒い円形標的が3枚貼り付けられている。全員、弾道と照準線が1000m先で交わるようにライフルとスコープを調整している。あとは風や温度、湿度、距離、高低差を計算して照準を補正すれば命中するはず。試験は朝と昼と夜の3回ある。どの回も3発撃てて、すべての回で1発以上当たれば合格。

 

 最近、ユウキはわたしを避けているような気がする。話しかけても上の空。何があったのだろう。今日の試験、だいじょうぶなのかな。ちょっと心配。

 

 高い山に囲まれた谷に最初の銃声がこだまして2時間。38人の射撃が終わった。一発も当たらなかった隊員は5人。次はユウキの番だ。射場に腹ばいになって狙撃用ライフルを構えたユウキ。呼吸を整えるのに時間が掛かっているのかな、2分経っても撃たない。見ている方がじりじりする。


 ダーン、ダーン、ダーン


 ユウキは五秒間隔で引き金を引いた。スポッティングスコープで標的を観測しているスズキ中尉と下士官たちが驚きの声をあげた。3発とも命中したんだ。すごい、小隊初の全弾命中に歓声があがった。


 彼は何事もなかったようにライフルを抱えて立ち上がると、こちらを見ようともせずにわたしの横を通り過ぎた。なんだか寂しい。


 次はわたしの番。下士官から標的の位置が書かれた地図を受け取る。全長150㎝の狙撃用ライフルを持ち上げた。金属の塊。重い。両手でしっかり抱えて射撃位置に進む。


 3分間のカウントが始まった。地図とコンパスで標的の方位、距離、高低差を確認して暗記する。迷彩シートを敷いてライフルの二脚を開いた。腹ばいになってライフルを構え、両足を大きく開く。3発だけ装弾した重いマガジンを、下からゆっくり、確実に押し込む。

 スコープの接眼レンズを覗いて標的を探る。実戦では1発でターゲットを仕留めなければならない。中尉はわたしたちに何度もそう言った。絶対に初弾を命中させる。2発目、3発目は当たらなくてもいい。

 

 地図で指定された位置に白いボードを見つけた。たぶんあれだ。指定外の標的を撃ったらその時点で失格。小数点みたいなミルドットを白いボードに合わせ、慎重に距離を測る。1700m。高低差はプラス30m。地図で測った距離と同じ。方位も高低差も同じ。わたしが撃つべき標的はこれだ。絶対間違いない。


 白いボードの一番上、〝頭部〟を想定した黒い標的にスコープの目盛りを重ねる。十字の中心から下へ、1、2、3、4番目。プラス4の仰角を補正。左から……9時の方向から風。陽炎は見えるが動きが早い。秒速5mほど。左へ0.5目盛り分補正。呼吸を整え、息をゆっくり吐く。標的の直径は20㎝もある。だいじょうぶ。必ず当たる。


 集中……。すべての音が消えた。息を止め、人差し指で引き金をそっと絞る。


 ダーン


 右肩に銃床がガツンと食い込んだ。銃口と制退器から吹き出した高温高圧のガスで一瞬、何も見えなくなる。


 数秒後、標的の真ん中に大きな穴が空いた。嬉しいけれど、感情を消す。平静になるために。


 自動装填なので、姿勢を崩すことなく次弾を撃てる。呼吸を整えて照準する。 


 ダーン


 2発目…… 〝胸部〟の標的に命中。


 ダーン


 3発目…… 〝腹部〟の標的に命中!


 大きな拍手が聞こえた。とっても嬉しい。みんながいる方へ視線を向けた。みんなこちらを見ている。それなのにユウキだけがあっちを向いていた……なぜ? どうしてわたしを無視するの? 

 

 次の射撃は昼食後だ。


 隊の大きなテントはクリーニングオイルの匂いに満たされている。朝の試験で1発も当たらなかった5人の隊員は、狙撃用ライフルを分解しながら「アオイ、私たちの分も頑張って」「応援してるよ」「全弾命中すごかったね」「最高だったよ」「感激したよ」と声をかけてくれた。


「みんなありがとう」


 他の隊員たちは銃口を覗き込んだりクリーニングロッドをゆっくり慎重に動かしている。わたしはライフルの二脚を立ててテーブルの上にそっと置いて、テントの奥へ向かった。途中アキラ隊員がこちらを向いて白い歯を見せてニカッと笑ったので、ニコッと笑って返した。


 サツキ隊員が「とてもよかったよ」と言って立ち上がり、抱きしめてくれた。


「ありがとうサツキ、絶対一緒に合格しようね」


 するとアカリ隊員が近付いてきて、「アオイ隊員には負けないわよ。ユウキ隊員とペアを組みたいから。お互いに頑張りましょう」と、自信たっぷりに言った。


 そんなの初耳!


 どうしてアカリ隊員はユウキと組みたいのだろう……。何の前触れもなかった。ユウキは知っているのだろうか。まさか二人で組もうってことになっているの? そんなことありえないと思うんだけど……


「アカリはね、ユウキ隊員のことが好きみたいなのよ。狙撃班のことも彼にいろいろ相談しているらしいの。知らなかった?」


 サツキ隊員にそう言われて、わたしは全身から力が抜けていった。


 信じられない……


「アオイ、私はいつだってあなたの味方よ。応援しているから」


「ありがとう、サツキ」 


 ユウキがライフルの手入れをしているテーブルまで来た。彼は真剣な表情で銃身をクリーニングしている。わたしは脇にしゃがみ込んで、作業が終わるまで静かに待った。


「ユウキ、全弾命中おめでとう」


「偶然だよ。アオイこそおめでとう」


「最近なんだか元気ないみたいね。何かあったの?」


「いや……」


「心配事でもあるの?」


「別に……」


「困っていることがあったら相談してね」


「ああ……」


「合格したらペアを組みたいね」


「……」


「どうしたのユウキ? やっぱり変よ」


「いつか君に話そうと思ってたんだ……」と言うと、ユウキはわたしの目をまっすぐに見た。


 何だろう? ユウキの目を見つめ返すと、彼は視線をそらした。


「いろいろ考えたんだけど、僕たち、同じ狙撃班になるのはやめよう」


「えっ、どうして?」


「君とは、組めない」


「……」


「僕は別の人と組む。君も他の人と組んでほしい」


「どういうことなの……」


「僕はアカリ隊員と組むつもりだ。君はアキラかハルキ隊員と組んで欲しい」


「……そういうことだったのね」


「どうか僕の言うとおりにしてほしい」


「わかった。ユウキにわたしと組む気がないのなら仕方がないよね。とても残念だけれど、言うとおりにする」


「……」


「でも、理由を教えて欲しい。訓練を乗り越えたら一緒に戦うって約束したはず」


「確かに約束した。けれど、それは現実を知らなかったからだ」


「現実って、何?」



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