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「冗談だよ、君は全然重くない。とても軽かった。本当だ」


「君たち、なんだか楽しそうだね」


 正面に座っている、長身で端正な顔立ちのアキラ隊員がにっこり笑って話しかけてきた。確か19歳だったはず。


「いいえ、楽しくなんかありません。毎日の訓練がとても辛くて、愚痴をこぼしていたんです」


「ハハハ。それは面白い。アオイ隊員は毎日真面目に一生懸命やってるし声は大きいし食事は残さないし、訓練なんてへっちゃらなのかと思っていたよ。でもね、愚痴だったら僕は隊の誰にも負けない自信がある」


「気持ちだけではやっていけないって、やっと気付きました」


「そうだろう、僕もアオイ隊員と同じだ。訓練がきつくてたまらない。小隊長の本当の姿は鬼だと思うね。きれいで優しそうな顔をしているのにね」


「ああ、わたしの大好きなスズキ中尉を鬼扱いしないでください」


「鬼の話は内緒にしておいてくれよ。でも、君の言うとおり気持ちだけじゃやっていけない。それは本当だ。ライフルを持ち上げたまま泥沼を匍匐前進した時なんか、本気で地獄だと思ったよ。こんなことやめてしまいたいってね。小隊長は『頭が高い、死ぬぞ』って、ブーツで僕の頭を思いっきり踏んづけたんだぜ。『もうやめてやる』って泥水の中で叫んだよ」


「アキラ、また愚痴を言っているのか。小隊長は心を鬼にして僕たちを鍛えてくれているんだよ。戦場で生きるか死ぬかを決めるのは、厳しい訓練をどれだけ積んだかなんだ。スズキ中尉は最高の隊長だと思うよ」


 スズキ中尉を褒めてくれたのは、アキラ隊員の隣に座っている、確か18歳のハルキ隊員。いつも物静かな、柔道部にいそうなタイプかな。そんなに背は高くないけど、がっしりとした体。


「目の前で父と弟を殺し、母と姉と妹を辱めた敵を絶対に許さない。この国から追い出すまで戦い続ける。どんなに厳しい訓練だって耐えてみせる」と、ハルキ隊員は拳を握りしめた。


「ハルキの言うとおりだ。僕は弱音を吐いても愚痴を言ってもそれを乗り越えるよ。強くなって敵を海に追い落とす。僕も父と二人の兄を目の前で殺された。恋人を守ることもできなかった。必ずやつらを倒す」


「そう、必ずだ、アキラ」


 二人のやりとりを聞いていたユウキが、「アオイ隊員と僕は恋人や親友や先生や同級生を敵に殺された。家族とは離れ離れになってしまってどうしているのかすらわからない。アキラ隊員、ハルキ隊員。僕も敵を追い返すまで徹底的に戦う」と言った。


 すると、わたしの斜め前に座っているサツキ隊員が口を開いた。


「わたしも一緒に戦うわ。家族全員を殺されたの。辛くてたまらない気持ちを訓練にぶつけている。こんなに過酷な訓練に耐えることができるのは、きっと天国から家族が応援してくれるから」

 

 いつも穏やかな微笑みを浮かべている彼女にもそんな辛いことがあったんだ……。


「同級生がほとんど殺されてしまったの……。教室に閉じ込められて、火をつけられて……。家族はどうしているのかわからない。幸せを粉々に壊した敵を、わたしは許さない」いつも勝ち気なアカリ隊員が大きな目をくりくりさせて、叫ぶように言った。


 わたしも、家族がどうしているのかわからない。ケーキのお店「アップルクランブル」を切り盛りしている快活な母と頑固なケーキ職人の父。父と一緒にケーキを作っている恥ずかしがり屋の兄、街の銀行の窓口で働いている優しい姉。みんなどうしているのだろう。どうか無事でありますように……。ああ、お父さんが作る甘みを抑えたおいしいケーキ。家族みんなで一緒に食べたい……


 ユウキがゆっくり立ち上がった。彼は右手をまっすぐ前に差し出して、まわりをぐるっと見渡すと、落ち着いた声で言った、


「共に戦おう」


 そうだ、戦おう……。涙を流しながらでも戦おう。幸せな日々を取り戻すために。


 わたしとアキラ隊員、ハルキ隊員、サツキ隊員、アカリ隊員が立ち上がった。みんなユウキの手に手を重ねて、呼吸を揃えた。


「共に戦おう!!」


 他の隊員も集まってきた。みんな手を差し出している。


「共に戦おう!」


 ユウキが大きな声で言うと、みんな大声で叫んだ。


「共に戦おう!!!!!」

  






 基礎訓練最終日の、最後の射撃訓練。既にわたしたちの小隊は全員、直径7㎜の弾丸を、有効射程距離800mのボルトアクションライフルで300m先の標的に、スコープなしで80パーセント以上命中させることができる。わたしは100発撃って、当たったのは90発。まあまあかな。


 すべての訓練が終わって、スズキ中尉は「よく頑張った」とみんなの肩をポンポンと軽くたたいて笑顔を見せた。でも、急に険しい表情になってみんなを整列させると、こんなことを言った。


「おまえたちは明日から予備義勇隊の隊員として正式に登録される。明日、中隊長から正式に話があると思うが、今後、我々予備義勇隊は狙撃手の選抜を行う。おまえたちにはあらかじめ選抜方法を伝えておく。興味がある者は真剣に聞け」


 狙撃手……。講義でいろいろ聞いたけど、狙撃手はとっても遠くからライフルで敵の中枢を狙い撃つらしい。敵の動きを止めたり混乱させるのが目的。だいたい二人一組で、標的を見つけたり観測したりするのがスポッター。スポッターの指示でスナイパーが撃つんだけど、一発必中じゃないとあんまりよくなくて、物陰に隠れて、地味に、地道に、確かそんな感じだったはず。


「選抜方法は次のとおり。まず、狙撃手を希望する者全員に集中訓練を実施する。訓練最終日に検定試験を行い、合格した者に専門教育を施した上、狙撃班を編制して最前線に派遣する。狙撃班は二人一組。性別は不問。男女のペアも可能だ。誰と組みたいか希望を出すことはできる。だが、最終的には連隊司令部が組み合わせを決めて命令する。質問がある者は手を挙げよ」


 アキラが高く手を挙げた。


「アキラ隊員」

  

「狙撃手を希望しない者と検定不合格者の扱いを教えて下さい」


「もっともな質問だ。それらの者には警備、巡視、護衛、補給あるいは司令部連絡要員の職務が与えられる。はっきり言っておく。狙撃手の任務は大変危険だ。無理に志願する必要はない。誰も強制しない。今日を限りに予備義勇隊から去って武器を使用しない後方支援に回ることもできる。質問がある者は手を挙げよ。なければ、人数をあらかじめ知っておきたい。狙撃手を希望する者は一歩前へ!」


 ああ、わかった! これだ、中尉が最初に言ってたことは。わたし、頑張って試験に合格する。絶対狙撃手になって、ユウキとペアになる! ショウ、モエ、見てて、わたし、ぜったい頑張るから!


 小隊のメンバーは全員、一歩前へ進んだ。


「ユウキ、わたし頑張るよ。一緒の狙撃班で戦おう」わたしが決意を口にしたのに、ユウキは「ああ……」と言っただけだった。なんだか素っ気ない。










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