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5-1  + 覚悟 +


 目が覚めると、暗い緑色の世界が広がっていた。ここはどこ? 視線を動かすと、薄暗い照明と細長い支柱が見えた。大きなテントの中みたい……。右頬に触れてみた。大きな絆創膏が貼られている。ちょっと痛む。


 わたしはパジャマみたいな白い服を着て小さなベッドに寝かされている。左腕に点滴のチューブがくっついている。首を回すと、隣のベッドですやすやと寝息をたてているのはユウキくんだった。ああ、無事でよかった……


 たくさんのベッドが並んでいる。人がいっぱい寝ていて、セルフディフェンスの制服を着た人たちが忙しそうに動いている。近くにいる人に聞いてみよう……。手を突いて体を起こした。


「ここはどこですか?」


 こちらを振り向いたのは、すらりとして姿勢のいい、凜とした女性だった。


「目が覚めた? よかったわ」


 その人はベッドサイドにしゃがみ込むと、わたしの目をじっと見つめた。優しい顔立ちだけど、そんなに明るくないテントの中に黒い瞳が鋭く光っている。


「私はセルフディフェンスのスズキ中尉。よろしくね。ここは我々の病院なの。あなたは巡視隊に保護された後、2日間も眠っていたのよ」


「わたしはタチバナ・アオイといいます。危ないところを助けていただいて感謝しています。わたしたちはこれからどうなるのでしょうか」


「あなたはもう一人の高校生と一緒に保護されたのね。確か、ユウキくん……。眠っている間に生徒手帳を見せてもらったの。ふたりは同じ高校の1年生、でいいのかしら?」


「はい」


「あなたに考えてほしいことがあるの」


「どんなことですか」


「志願して私たちと一緒に敵と戦うか、それとも後方で私たちを支援するか……」


 中尉によると……


 敵に捕らえられている人々が、最近次々に脱出して森へ逃げ込んでセルフディフェンスの巡視隊に保護されている。そのうち15歳から19歳の男女の国防志願者は予備義勇隊に、20歳以上の国防志願者は義勇隊に入隊して訓練している。どちらの隊も最前線で戦うことになる。志願するかどうかは自由で、決して強制ではない。


……とのことだった。

 

 隣のベッドが動いた。ユウキくんの目が覚めたのだろうか。スズキ中尉が彼のベッドに体を寄せて話しかけた。


「ユウキくん、気分は悪くない?」


「はい。だいじょうぶです」


 と小さな声で返事をした彼は、上半身を起こした。


「わたしもついさっき目が覚めたところなの」


「無事で良かった」


「私はセルフディフェンスのスズキ中尉。今、アオイさんにこれからのことを話していたところなのよ」


「ベッドの中で聞いていました。僕は志願して戦います」


 もちろんわたしも戦いたい。けれど、確かめておきたいことがある。


「スズキ中尉、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」


「何かしら」


「男女一緒に二人で戦うことはできますか?」


「それはつまり、あなたたち二人が、ということなの?」


「はい」


「そうね。可能性はゼロではないわ」


「どうしたらいいんでしょうか?」


「まずは、基礎訓練。脱落しなければチャンスはあるわよ」


「よかった……。わたしも志願して戦います」


「アオイさん、本気で言っているのか!」


 ユウキくんの口調は少し怒っているように聞こえた。


「わたしは本気」


「スズキ中尉、アオイさんのような普通の女性が戦うことができるんでしょうか。僕は無理だと思うんです」


「戦う気持ちがあれば性別は関係ないのよ。ただし、訓練は男女平等でとても厳しいから覚悟してね」


「ユウキくんと一緒にみんなの仇を討ちたいんです。どんなに厳しくても弱音は吐きません」


「ユウキくんはどう思っているのかしら」


「アオイさんがそこまで言うのなら……訓練を乗り越えることができたら一緒に戦おう」


「わかった。わたし、頑張る」


「話がまとまったようね。二人とも、視力はどのくらいあるの?」


「僕は両眼とも1.5です」


「わたしは、どちらも2.0です」


「そうなのね、二人が一緒に戦えるように配慮しましょう。そのかわり、努力してね」


『配慮する』……その言葉何を意味するのか、具体的なことは何もわからなかった。スズキ中尉は、なぜ視力を尋ねたのだろう。


 翌日の昼過ぎ、わたしたちは服や靴を支給された。これから予備義勇隊の第525訓練小隊というところに配属されるらしい。予備義勇隊という組織はできたばかりだって中尉は言ってた。


 森の中をトラックに揺られて20分ほどで訓練小隊に着いた。隊員は40名。全員15歳から19歳の男女。結成式に現れた小隊長は、あのスズキ中尉。びっくりした……。でも、嬉しかった。


 わたしたちは毎日森の中を走った。腕立て伏せ、腹筋、背筋……。スズキ中尉は24歳。優しい顔立ちなのに全然手加減してくれない。毎日毎日死ぬかと思うほど厳しい。完全装備で障害物走や匍匐(ほふく)前進をすると、それだけで苦しい。小さなスコップでタコツボという一人用の塹壕(ざんごう)掘りをしたら、もう立っていられなくなる。


 訓練はほかにもまだまだあって、ロッククライミングや懸垂下降、ライフルやピストルを分解して、組み立てて、射撃をしてまた分解して……を繰り返して、ナイフを持った接近戦、格闘技、通信の方法や救急処置、自動車やオフロードバイクの運転、戦闘に関係するいろいろな法規の学習、敵が使っている武器や装備の種類や取り扱い方、敵国の言葉の習得……。いくらやっても次から次へ新しい課題が降ってくる。


 今日も朝早くから訓練が始まって、やっと昼休憩になった。おなかペコペコで、もう死にそう。森の中の広場で炊事班からカレーライスを受け取って、ユウキの隣に座った。ああ、いい匂い! 深呼吸する。あっ、わたしとユウキはもう相手のことを呼び捨てにしている。『くん』とか『さん』とか付けている余裕はどこにもない。地面に座ったままスプーンでカレーライスを山盛りすくって口に運ぶ。あっという間に食べ終わった。


「ユウキ、わたし、訓練がきつくて、もうだめかもしれない……なんてね。ちょっと言ってみただけ」


「無理なんかしないでやめたらいいよ。アオイは後方支援でもいいんじゃないのか」


「えーっ! 本気で言ってるの?」


「冗談だよ」


「ユウキでも冗談言うことがあるんだね。でも、『やめたらいい』なんて言われたら、絶対やめるもんかって思う」


「なぜかな、不思議だね」


「不思議なことといえば……森の入り口まで逃げて目の前でガサガサって足音がした時、なぜサブマシンガンを地面に置いたの? 巡視隊だってことが分かる前、だったよね」


「どうしてだと思う?」


「そうね、大きな音が響くとたくさんの敵に気付かれて、もっと危険になるから、かな?」


「アオイ……笑うなよ」


「何?……笑わない」


「撃ち方がわからなかったんだ」


「えっ、そうだったの。信じられない!」


「僕はテレビや映画の射撃シーンを見て知っているつもりになっていた。でも、いざとなったらだめだった。知らなかったんだ、銃身の付け根の太い筒に付いている蓋を、わざわざ手で開けてやらないと撃てないなんて。ほら、薬莢(やっきょう)が飛び出す穴の蓋だよ」


「先週の講義で聞いた、あれだよね。 敵のサブマシンガンはとても古い型で、エジェクションポートのカバーが安全装置代わりになっているって。だからわたしが引き金を引いた時も撃てなかったんだね」


「アオイ。そのとおりだ」


「せっかくあんなに重たいものを持って走ったのに」


「ああ、そうだった。確かに重たかったよ、特に君が……」


「まあ、とっても失礼ね! もおっ、許さないから!」


 ユウキの胸を狙ってパンチを一発お見舞いした。彼は笑ってわたしの拳を両手で受け止めた。


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