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 同級生から距離を取られていく中、一人、私と関わりたがる女の子がいた。


 初めて登校した日、前日からの降雪で目の前は一面の銀世界だった。来校自体が編入試験の日以来二度目で、まだ土地勘がなく、無駄に広い校内を私はさまよっていた。


「あの! 編入してきた方?」


 風に雪が舞い散る中でも、その声はよく響いた。


 振り向くと、きちんとした身だしなみの女の子がにこにこ笑って立っている。柔らかそうな長い髪は品のいいリボンで結われ、皺ひとつない制服を身に纏い、ピカピカに磨き上げられた靴を履いた、憧れの具現化のような少女。この悪天候で登校して、どうやってその靴の綺麗さを保てる?ああ、運転手に車で送ってもらってるのか、近くにやたら広い駐車場があった、なんて、どうでもいいことをつい考えてしまった。


「はい。あさ……西川(ニシカワ)ユキ、です」


 まだ、新しい名字に慣れなくて、以前の姓を口にしそうになり、あわてて言い直す。


「ユキ? 漢字はある?」

「降ってくる、この、雪」


 そう言って、空を指す。生まれた日に、降ってたから、雪。血縁上の父が出て行ったのは五回目の誕生日、そして今日は十六回目の誕生日だ。どうも、私と雪は切っても切れない縁があるらしい。


「偶然! 私は天気の晴れ一文字でハル、望月(モチヅキ)(ハル)っていうの。どうぞよろしく。ぜひ、ハルって呼んでね!」


 お天気つながりだね、なんて、その名の通り一点の曇りもない笑顔で彼女は言う。私があまりにも遅いから、探してきてくれと担任に頼まれたのだそうだ。




 月と太陽、贅沢にどちらも入っている彼女は、名前を体現するように、学校の中心的存在だった。何か盛り上がると、みんな彼女に話しかけていたし、私に蔑みの視線を投げた同級生も、一目置いている様子なのが伝わってきた。彼女の周りには人と笑いが常に絶えなかったし、黙っている時も他の同級生とは違う存在感があった。

 そんな人が、なぜ、私にかまおうとするのか、全くわからない。


「ユキちゃん、包丁さばき上手ねえ。見とれちゃった!」

「……小さい頃から慣れているので。ありがとうございます」


 調理実習中に話しかけられると、手を切りそうだからやめてくれ、と内心思う。


「得意料理は?」

「肉じゃが、ですかね」

「ああ! じゃあ、こないだのお弁当も、ユキちゃんの手作り? 肉じゃがおいしそうだったなあ」

「あの時は、はい。最近は母が作ってくれることが多いですけど」

「いいなあ! うちの母は最近忙しくてそれどころじゃないし、私もまだまだ全然作れないから、学食ばっかり」

「謙遜でしょう。さっき、手際よかったですよ、望月さん」




 彼女はことあるごとに笑顔で私に話しかけてきた。記憶力がいいんだろう、私がついていけなかった話題を二度振ることはなかったし、反応できた話題やこれまでの出来事との関連付けも上手かった。彼女は次第に私の守備範囲も把握し、私が返答に詰まることはほぼなくなったので、第三者からはきっと、話が弾んでいるように見えただろうと思う。


 彼女と話していると、恵まれたものの余裕とか、ノブレス・オブリージュとか、慈悲をかけてもらっているのを感じてしまう。それは、義父に対する感情とよく似ていた。その笑顔は潤沢につぎ込まれた金と愛情によって培われたものなんだろうな、とどうしても思ってしまう。なんでもそのように換算したがる私は卑しい。


 他者の好意に慣れていないからだろう。彼女の行動には何か裏があるんじゃないか、本当は自分を見下しているのではないか、最初はどうしてもそう考えてしまい、その卑屈さに自己嫌悪した。

 でも、たぶんそうじゃなくて。彼女が提示しているのは、純粋な好意。あの笑顔に、笑顔以外の意味はないのだ。それに気づいた時、却ってつらくなった。


 みんな彼女のことが好きで、嫌うなんてありえない、そんなことはわかっている。彼女には私を傷つける気なんかまるでないし、勝手に傷ついてしまう方がおかしいんだろう。与えられ続けてきた様子がありありと浮かんでしまって、与えられなかった昔の自分が哀れでならなくなるから、お願いだからかまうのをやめてほしい、たまに蔑みの表情を浮かべる同級生の方がよっぽどいい、だなんて、贅沢な話だ。




「予備校?」

「ええ、これだけよくしていただいているのに、申し訳ないですが、志望校のことを考えると、万全を期したくて」

「もちろんだよ! 進学校の子は今時みんな通ってるから、勧めたかったんだけど、無理強いすることになったら嫌で、迷っていたんだ」


 義父が快諾してくれて、ほっとする。

 予備校通いを申し出たのは、もっと勉強したいからというのももちろん嘘じゃない。ただ、それだけでもなかった。

 一緒に暮らし始めてから母と義父が並んでいるところを見ると、この二人は男女の仲なのだと、なんだか生々しく感じてしまうようになっていた。一度意識してしまうと、義父と顔を合わせるのがなんだか気まずく、これまで勉強を口実にできる限り部屋にこもっていたのだ。予備校に通い始めれば、会う時間は自然と限られてくるから、そんな思いもあまりしなくて済む。


「やりたいことや欲しいものがあったら、これからも遠慮しないで言ってね!」


 笑顔でそう言われると、自分の方がやましい気がして、少し胸が痛んだ。




 この学校の高等部は、単なるお嬢様学校としてだけではなく進学校としても有名だ。初等部、中等部から持ち上がりで進学してきた生徒の多くは付属大学へと進むが、高等部から編入してきた生徒は軒並み上位の国公立へと進学していく。

 付属大学も有名だし、義父はきっと喜んで費用を出してくれると思う。でも、無駄に負担をかけたくないし、なによりこの状況が更に四年続くかと思うと、反吐が出そうだった。


 絶対、上位の国公立に受かってみせる。そう思いながら授業を受けた。バイトを辞め、充分な食事と睡眠をとった状態での勉強は、はっきり言って楽勝で、予備校に通い始めたこともあり、学力は確実に伸びていく。テストのたびに席次が上がっていくのが、楽しくてたまらなかった。席次がベストスリーを下回ることがなくなったあたりで、蔑みの視線を感じることは、少なくとも表面上はなくなった。


 編入して半年ほど経ち、学校生活をなんとか切り抜けられるようになった頃、思いがけないニュースが飛び込んできた。

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