「頭の上に」<エンドリア物語外伝21>
オレの後ろでクスクスと笑う声がする。
振り向くと可愛い女の子が2人、オレを指して笑っている。
オレは扉を開けて、店に入った。
「店長、お帰りなさい」
シュデルがいつもの笑顔で迎えてくれる。
「まだ、いるのか?」
「います。でも、そんなに気にしなくても大丈夫です」
カウンターの後ろの扉を抜けて、食堂にはいるとムーがオレを指して、ケタケタと笑った。
オレは鏡を見た。
何も写っていない。
「可愛いしゅ」
「いるのか?」
「いるしゅ」
オレはため息をついた。
どうやら、まだオレの頭の上にいるらしい。
羽の生えたピンクのカバが。
昨日の朝、目覚めたらオレの頭の上にいたらしい。
らしいというのは、オレには見えないからだ。
鏡にも写らない。
起きて、食堂でシュデルがオレを見た時には、30センチほどのピンクのカバが羽をパタパタさせて飛んでいた。
ずっと飛んでいるわけではなく、オレの頭に降りて休憩もしているらしい。丸くなって眠る様はとても可愛いとシュデルは言っていた。
最初に疑ったのはムーだ。
ムーの異次元召喚獣か、新しい魔法生物だと思った。
だが、どちらも否定された。
シュデルにも心当たりはなかった。
「気にしてもしかたないよな」
オレにはどうせ見えないのだとあきらめて、店に戻った。
「店番を代わるよ」
「大丈夫ですか?」
「悪さはしないみたいだしな」
商品の古魔法道具に影響を及ぼさないし、いたずらしたりもしない。
店番をするのには問題はない。
せいぜい、ピンクのカバを見るために、窓からのぞき込む野次馬が増えたくらいだ。
「それではお願いします」
シュデルが奥に入ろうとしたとき、オレの右肩に目を留めた。
「なにかついています」
右肩を見た。
何も見えない。
カバも見えないから、オレの目に何か問題があるのかもしれない。
「取ってもよろしですか?」
「頼む」
シュデルがオレの肩を軽く払うと、奥へと入っていった。
オレは商品の手入れをするためにカウンターの下から柔らかい布をとりだした。
「店長!」
「はっしゅ!」
シュデルとムーが店に飛び出てきた。
「どうかしたのか?」
「いま何か言いませんでしたか?」
「何もいっていない」
「でも…」
「ふよっしゅ!」
ムーがデカい目をさらにデカくした。
「カバさんしゅ!」
シュデルとムーがオレの頭の上を見ている。そして、時々相づちをうっている。
「そうなんですか。それは大変なことです」
「ほよ、ほよ」
「わかりました。何とかしなければなりません」
「大丈夫しゅ。ウィルしゃんが、なんとかするしゅ」
オレが聞こえないのに、話しを進めないで欲しい。
「こうなったら、店長に任せましょう」
「はいしゅ!」
2人して、盛り上がっている。
「店長、店番は僕がやります。どうぞ、願いを聞いてあげてください」
「ウィルしゃん。がんばるしゅ!」
目を輝かせてオレに期待している。
「あの…」
「最初はアロ通りにロイドさんの店にいってはいかがでしゅう」
「ばっちりしゅ!」
「オレは…」
「ロイドさんなら、故買のルートもご存じかもしれません」
力を込めてシュデルが言った。
その声に負けないようオレも力を込めて言った。
「聞こえないんだ」
「店長?」
「オレには、カバの声が聞こえないんだ!」
シュデルが両手で口を押さえた。
ムーは手をばたばたと羽ばたかせた。
「店長、本当ですか!」
「どうするしゅ!」
焦っている2人は、オレの頭の上を見た。
「そ、そうですよね。とりあえず、店長に説明します」
「説明するしゅ」
今度は2人してオレを見た。
「店長、驚かないで聞いてくださいね」
「ウィルしゃん、カバしゃんは神様しゅ」
「神様!」
「今、おしゃべりできることに気づいたしゅ」
「そこで我々に助けて欲しいとおっしゃっています」
「何を助けて欲しいんだ?」
「神様が宿られていた神像を取り返して欲しいそうです」
「はあ?」
「盗まれたんだそうです」
「身体がなくなって、神様、困ってるしゅ」
「いま、泣いていらっしゃいます」
ピンクのカバが泣いている。
見られないのが残念だ。
「どこに奉られていた神様で、いつ盗まれたんだ?本体の形はやはりカバなのか?」
「ええと、ですね」
「ええ、だしゅ」
神様の話を聞いたシュデルとムーが顔を見合わせた。あきからに困っている。
「どうしたんだ?」
「わからないそうです」
「全部、わからないってるしゅ」
「全部?」
「奉られていた場所も、いつ盗まれたのかも、入っていた神像の形もわからないそうです」
「盗まれたのが100年前とかだと、いまさら探しても見つからないだろう」
2人でまたオレの上のカバの話を聞いているようだ。
「それはないそうです」
「根拠があるのか?」
「最近、祭りをやったと言っています」
「祭り?」
「はい。春の祭りをやったと言っています。だから、季節はいまではないかと」
100年前の祭りのあと盗まれた可能性もあるが、そこまで考えるときりがない。
「ええと、神様の身体を探さないとオレに不都合はあるのかな?」
「店長、探してあげないんですか!」
「かわいそうしゅ、カバしゃん、泣いてるしゅ」
ムーがカバに同情している。
槍が降るかもしれない。
「手がかりが少なすぎる。最近祭りをやっただけでわかるはずないだろ」
「それはそうですが…」
「かわいそうしゅ」
2人とも下をむいてしまった。
「わかった。とりあえず、ロイドさんのところに行ってみる。それでダメだったら諦めろ」
「わかりました」
「ボクしゃんも一緒にいくしゅ」
よほどカバが心配らしい。
オレが扉に向かうとムーもついてくる。
「すぐに戻るからな」
「お気をつけて」
店を出て数歩歩いたところで、可愛い女の子の2人組が近寄ってきた。
「あの、カバさん、どうかしたんですか?」
「まだ、泣いていますか?」
うなずいた。
「可哀想です」
涙ぐんでいる。
「私たちに何かできることはありませんか?」
「お手伝いできることがあったら、言ってください」
可愛い女の子と仕事以外で話したのは久しぶりだ。
すごくうれしい。
「大丈夫です。いまから相談にのってくれるところに行くので」
「よかったら、これを」
レースのついたハンカチを差し出された。
「ありがとう。でも、頭の上なので拭けないんです」
「ちょっと、かがんでくれませんか」
「こうですか」
膝を屈めると、女の子がオレの頭の上で手を左右に動かしている。
「泣かないで。なんとかしてくれるみたいだから」
女の子の胸が、ちょうどオレの目の高さだ。
セーターだと膨らみの形がわかりやすい。
「うんうん、早く見つかるといいね」
そういうと、女の子はオレから離れた。
「カバさんの身体、早く見つけてあげてくださいね」
「お願いします」
間近で可愛い顔を見られた。
潤んだ目が可愛い。
オレもちょっと力を入れて返事をした。
「頑張ります」
「ふむ」
幸いなことにロイドさんは店にいた。
いつもと変わらず仏頂面でオレの話を聞いてくれた。
そして、そのあとはずっとカバの話しを聞いている、らしい。
自分からは話さず、時々、うなずくだけだ。
「おい」
いきなり、オレに声をかけてきた。
「神像が盗まれる事件が続いているのを知っているか」
「いえ、いま初めて聞きました」
「いまから手紙を書いてやる。そいつを持って行け」
手元に置かれていたメモ帳に何かを書き始めた。
「ニダウ警備隊に行けばいいんですか?」
「エンドリア王宮の古美術を担当しているフェイス・マーローという女性だ」
「どのような方なんですか?」
「行けばわかる」
メモ帳をビリッと破ると、二つ折りにしてオレに差し出した。
「男なら、カバの涙くらい止めてやれ」
その時、オレは見てしまった。
仏頂面のロイドさんの目がうるんでいるのを。
「泣かないで、泣かないで、私まで悲しくなっちゃうから」
エンドリラ王宮に入るのは簡単だった。頻繁に事件を起こしては、呼び出されているから、オレとムーは顔パスで通過できる。
フェイス・マーローという女性はロイドさんの紹介だというとすぐに会ってくれた。
会ってはくれまではスムーズにいったのだが、フェイスはずっとカバをなぐさめている。
「うん、うん、たいへんだったんだ。わかる、わかるよぅ」
ついには声を上げて泣き出した。
フェイス・マーローは小柄な女性だった。年は30歳前後に見える。亜麻色の髪を小さくまとめて、頭の後ろにとめている。
「絶対に探して上げるから、安心してね」
メガネを押し上げて、ハンカチで涙をぬぐっている。
そのハンカチでメガネを拭ったところでオレに気がついた。
「ロイドさんの紹介の方?」
キリリとした表情になったが、あれだけ大泣きした後に、いまさら取り繕っても遅いと思う。
「桃海亭という古魔法道具店をやっているウィル・バーカーといいます。ロイドさんにこれを見て貰うようにと」
オレがメモを差し出した。
広げて目を通す。
「わかりました。それでは北西からの方になりますね」
「その、なんで北西に」
「話は聞かれなかったのですか?」
「ロイドさんですか?オレは何も聞いていません」
広げたメモをオレに見せてくれた。
「神像が盗まれたお社が北西部に集中しているのです。盗まれた神像の資料をあなたに渡して欲しいと書かれています」
仏頂面に似合わない丁寧な文字で書かれていた。
「祭りの様子、近辺の景色、カバさんが覚えていることと照らし合わせれば、絞り込めると思います」
「祭りの様子…」
戸惑っているオレの後ろから、ムーが顔を出した。
涙と鼻水で顔がグチャグチャだ。
泣きすぎて、しゃっくりまでしている。
「ウ、ウィルしゃん、カバしゃんの声、聞こえないしゅ」
「えっ!」
マーローさんはオレの顔を見た。
「本当に聞こえないのですか?」
疑っているというより、困惑しているといった感じだ。
「聞こえません。カバの姿もオレには見られないです」
「それは…」
「ボクしゃん、見え、るしゅ」
「聞こえるの?」
ムーがうなずくとマーローさんは、ムーの手をがっしりと握った。
「お願い!」
「はい、しゅ」
「資料は読める?」
ムーが強くうなずいた。
マーローさんは奥の部屋から、紐でとじた分厚い紙の束をいくつかもってきた。テーブルの上に重ねてのせる。
「カバさんの話しからすると、小さなお社の神様だと思うの」
紙の束を1つ取り出すと、ひろげた。
「ここに北西部にあるお社のある場所を書いてあるから参考にしてね」
「はいしゅ」
「それぞれのお社の詳細はこっちに」
別の束が置かれた。
「メジャーな神様の資料はこっち」
重ねられている束を指す。
「もし、盗まれた神像についての捜査状況がしりたければ、二ダウの警備隊ではなくて、エンドリア国軍の方にいかないとわからないわ。都市部外の警備は国軍の担当だから。王宮の西の別棟が国軍の事務所になっているの。場所はわかる?」
「わかるしゅ」
「いま、手紙を書くから、持って行ってね」
便せんを一枚とりだすと、サラサラと書いて四つ折りにして、ムーに渡した。
「お願い、身体を見つけてあげてね」と、ムーに言った。
「泣かないで、きっと見つかるから」と、オレの頭の上に向かって、優しく言った。
そして、紙の束を重ねて、オレに腕に乗せた。
ズッシリと重い。
「頼りにしているからね」と、ムーに言った。
「エンドリア国軍は頼りになるの、きっと見つかるから」と、オレの頭の上に言った。
「ほら、西棟に急いで!」とオレに言った。
エンドリア国軍の事務の受付は、若い男性だった。オレの差し出したメモを一瞥したあと、ずっと黙っている。
時々、うなずくような動きをするので、カバの話を聞いているらしい。
ムーも話を聞いているようだ。強くうなずいたり、袖で涙をぬぐったり、鼻をすすったりしている。
「わかりました。神像盗難事件ついての詳細を知りたいのですね」
「そうです」
「犯人はまだ見つかっておりません。盗まれた神像の行方もわかりません」
「盗難事件の捜査はされていないのですか?」
「断言はできませんが、まもなく解決すると思います。ただ、今回の神像盗難事件は、変わったところがいくつあり、そのことが犯人を特定するのに時間がかかりました」
「変わったところ?」
「犯人を捕まえましたら、連絡します。その時に詳しいことはお話しできると思います」
「神像は?」
「見つかるかはわかりません」
ムーがおろおろとした。
「泣かないでしゅ、泣かないでしゅ」
「そうです。泣いても解決しません。ここはグッと我慢して、自分にまつわる記憶を思い出す努力をするべきです」
厳しいことを言っているのに、受付の若い男の目は真っ赤で、たまった涙があふれそうだ。
「店にいますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
オレ達が西棟の扉を抜けると、後ろから盛大な泣き声が聞こえた。
「これでしょうか?」
「ひっく、ひっく」
「やはり、違いますか」
店に戻ってきて、借りてきた資料をシュデルとムーと3人で調べ始めた。
オレにはカバの声は聞こえない。
ムーとシュデルがカバの記憶と照らし合わせて、奉られていた社を探す作業をしているのだが、これがまったくといっていいほど進まない。
「青い花びらが咲く花…店長、わかりませんか?」
「木に咲く花か?」
「いいえ、地面に咲く小さな花だそうです」
「そんなのあったかなあ」
「ひっく、ひっく」
カバの記憶は少ないうえに、その記憶もおぼろげだ。
3人の中で一番の戦力になるはずのムーは、泣きすぎで目が腫れて、しゃっくりがとまらない。
「こうなったら、神像が盗まれた社を全部回ってみるか」
「それの方が早いかもしれません。地図で見てみると…」
シュデルがエンドリアの地図をテーブルに広げた。
資料に書かれていた住所を頼りに、神像が盗まれた社の場所をピンでとめていく。
「えっ」
「これは」
ノォダプ街道に沿って盗難事件が起きている。最初がラルレッツ王国境近くの小さな教会。それから二ダウに向かう街道ぞいにある教会や寺社のほとんどが盗難にあっている。最後の盗難が二ダウに最も近い路傍に奉られていた石仏だ。
「街道沿いであることをのぞけば、盗まれた神像の大きさも材質も宗教も共通点がまったくないな」
犯人はラルレッツ王国からエンドリア王国の二ダウに向かってノォダプ街道を移動して、その途中、せっせと盗んだように見える。
シュデルが国軍の資料を片手に、地図を見ている。
「店長、いいででしょうか」
「何かわかったか?」
「わかったというほどのことでもないのですが」
そういうと、最初に盗難事件がおきた教会を指さした。
「ここの盗難は3日前の午前中に起きました。そして、次のここは昼頃。最後の石仏は一昨日の夜中に盗まれています」
「それがどうかしたのか?」
「店長の通過時間とほぼ同じです」
「オレの……あ、そうか!」
ラルレッツ王国の古魔法道具店から、オレの店にある品物を至急で送って欲しいと連絡がきた。
素焼きの皿だったので、郵送中に破損しないように厳重に梱包して直接届けることにした。
問題は届け先が、ラルレッツ王国の王都スイシーだったことだ。
オレは女神召喚事件で、入国禁止だ。
ムーはダブルスタンダードだ。
ムー・ペトリは女神召喚事件で、オレと同じく入国禁止。
ムー・スウィンデルズは名門スウィンデルズ家の一員。
ムーはスウィンデルズ姓を名乗れば入国できるが、皿を途中で壊すに決まっている。
シュデルはラルレッツ王国が入国するのを嫌がるし、容姿が目立つから入国すれば、すぐにバレる
そこで、オレが乗り合い馬車に乗って届けに行った。
ムーがいなければ、オレがウィル・バーカーだとバレることはない。
届け先の古魔法道具店でも、オレがウィル・バーカーだと信じてもらうのに苦労するほど、普通の人々にとけ込める。
帰りは知り合いの美術商がノォダプ街道を使うというので、途中まで荷台に乗せてもらった。ニダウには寄らないので、途中で卸してもらって、歩いてニダウに戻った。店に戻ったのが一昨日の深夜過ぎ。すでにムーもシュデルも寝ていたので、シャワーだけ浴びて寝た。
「カバが現れたのは帰った日の朝だよな?」
「そうでした」
「もしかして、前日からいたのかな」
「どなたかと一緒ではなかったのですか?」
「荷台で寝ていた」
降りたときも、声で挨拶を交わしただけで、知人の美術商もオレの姿を見ていないはずだ。
「オレが通ったすぐ後に盗難事件が起きているとして…」
その時になって、オレはあることに気がついた。
「シュデル」
「はい」
「なぜ、大丈夫なんだ」
「店長、どうかしたのですか?」
ムー、通りの女の子、ロイドさん、マーローさん、軍の受付の青年。皆同じだった。それなのに、シュデルだけ違う。
「なぜ、泣いていない?」
シュデルが黙った。
何回かうなずくと、店内の真ん中におかれたテーブルの引き出しをあけた。ピンクの丸い石を取り出す。
「店長に指摘されるまで気づいていませんでした。いままで、この石が僕を守ってくれていたみたいです」
「守る…もしかして、カバからか?」
「はい。詳しくいうとカバ様の言葉の感情からの影響力からです」
「言霊というやつか?」
「違います。言霊は言葉自体が力を持ちます。今回のはカバ様の口にした感情が聞いた者の感情に影響するのです」
「……わかりやすくいうと?」
「カバ様が悲しいと言うと、ムーさんが泣きます」
ピンクの丸い石に目を落としたシュデルが、何かを聞いているようなそぶりをした。
「店長。すみません、僕のせいです」
「なにがだ?」
「今日の朝までカバ様の声は誰にも聞こえませんでした。だから、問題も起きませんでした。カバ様の声が聞こえるようになったのは、僕が原因なんです」
朝にシュデルがしたこと。
「もしかして、オレの肩を払ったことか?」
「はい、カバ様の声が聞こえなくなるように、ガートルード様がまじないをかけてくれていたそうです。それを僕が払ってしまったみたいです」
「ガートルード様……誰だ?」
「ニダウの城壁の入口の所にある祠に奉られている女性です」
「あ、あれか」
100年以上昔にニダウに病気が流行ったとき、命がけで薬草を取りに行った女性を奉った祠だ。薬草を届けたあと、力つきて亡くなったと聞いている。
一昨日の夜、ニダウの城壁に入る少し前、道端に綺麗な花が咲いていたので摘んで、祠に供えた。
深い意味はなくて、祠に眠っている女性の慰めになるといいなと思っただけだ。
「そうすると、カバはニダウに入る前からオレの頭の上にいるのか?」
「店長、カバ様はスイシーの神様ではないでしょうか」
オレは魔法協会エンドリア支部に行った。ガガさんは留守でブレッド・ドクリルが受付にいた。
「頼みたいことがある。至急、ラルレッツ王国の賢者スウィンデルズに連絡を…」
泣いている。
号泣している。
「ひどいです。そんなひどいことが……わかりました。今から神像を探しに行ってきます」
支部を出て行こうとするブレッドの腕をつかんだ。
「カバを助けたければ、至急ラルレッツ王国の賢者スウィンデルズに連絡してくれ」
「放してくれ、オレは神像を探しに行くんだ!」
「探しに行くことより、連絡をしないと意味がないんだ」
「カバが泣いている、オレは行かなければならないんだ!」
もめているオレとブレッドの間に入った影があった。
「はうしゅ、大変だったしゅ」
ムーの頭にはピンクの丸い石を乗っている。
カバの影響を受けないように乗せているのだろうが、白いくせっ毛にピンクの丸石。怪しげな花のように見えなくもない。
「ウィルしゃん、桃海亭に帰るしゅ。支部から出ないとカバしゃんの影響が消えないしゅ」
「やることはわかるか?」
「お迎えしゅ」
「あとは頼んだ」
ムーを残して店に戻ると、シュデルが紙の束を持っていた。
「少し前にフェイス・マーローという女性の方が、これを置いて行かれました。店長たちが帰った後、冷静になって調べてみるとカバ様はスイシーに奉られているティパ神ではないかといっていました」
「やはり、スイシーの神様か」
紙をめくって驚いた。
カバの姿をした神様だ。羽も2枚生えている。
「そのままじゃないか」
「いえ、店長の頭の上の神様は、もう少し丸みを帯びた感じで」
「太ったんじゃないか?」
シュデルがオレの耳にささやいた。
「あの、店長。カバ様が」
「まだ、泣いているのか?」
「いえ、怒っているみたいです」
「怒った?何かあったのか?」
「ティパ神は女神様なんです」
「だから?」
「太ったは…」
シュデルが言葉を濁した。
オレは急いで別の話題を探した。
「そうだ。ピンクの石をムーに貸して大丈夫なのか?」
「はい、代わりをしてくれる道具がいますので」
オレはもらった紙束の次のページをめくった。
ティパ神についての説明だった。
感情を同調させる力を持つらしい。
怒り、悲しみ、喜び、神と人が同調することによって、時代の流れに方向性を見いだすと書かれていた。
よくわからないので、そこで読むのをやめた。
「犯人が捕まりました」
エンドリア国軍の西棟の受付をしていた若者を入ってきた。
一緒の部屋にいると、またカバ様の影響を受けるかもしれない。
「すいません、急用ででないといけません。ここにいるシュデルに話しておいてくれませんか?」
急いで奥の食堂に移動した。
少ししてシュデルが食堂に入ってきた。
「犯人は複数で、カバ様の影響で神像を持って行かなければならないという強迫観念にかられた普通の人たちでした。すでに影響からは抜け出ていて、皆さん、自分から神像の盗んだことを国軍や警備隊に申告したみたいです」
「オレが通ったせいかな」
「はい、店長が原因です」
「迷惑かけたかな」
「安心してください。先ほど来た国軍の方も、店長が関係しているからには、彼らには罪はないと言っていましたから」
「意味がわからないんだが」
シュデルが爽やかな笑顔を言った。
「悪いのはすべて店長、これで事件は解決です」
3日後、ティパ神の関係者が神像をもって桃海亭にやってきた。
盗まれたわけではなく、社殿の改築のための神像から御霊抜きの作業をしたときに手違いがあって、ティパ神は身体をなくしたと思いこんだらしい。オレについた理由はティパ神にもティパ神の関係者にもわからなかった。
カバ様は無事に神像に戻って、ティパ神としてスイシーに帰って行った。
オレはオレを守ってくれたガートルード様に、綺麗な野の花を集めて祠に供えた。
店に戻ってくると、また、シュデルがオレの頭の上を見た。
「店長、そのご婦人はどなたですか?」
鏡を見た。誰も写っていない。
「誰かいるのか?」
「はい……ガートルード様だそうです」
「ガートルード様。お礼には今行ってきた。野の花だとまずかったのかな?」
「はい、いいえ、そちらではなく」
シュデルがオレを見た。
「店長に頼みたいことがあるそうです」




