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獣人

作者: 川本千根

この大陸にあってナリ国は特殊な国である


国土の割に人口は少なく、他の国にはない風習がある


何箇所かあるはげ山の土が食べられるのである


他国からはナリの人々の寿命が長いのはこの土を食べているからだとか、また獣人のような不思議な者が生まれて来るのはそのせいだと言われている


獣人とはナリ国にのみ生まれてくる獣なのか人なのかわからない異様な姿をした人間である


一年に一人か二人、ごく普通の人間の間に生まれてくる

そしてその継続性はない


獣人は力も強いが知恵もある

獣人が生まれてくるとその働きによって家系が栄えるとも言われている


事実、獣人は何度も4つの国に国境を接する小国ナリの危機を救ってきた


その知恵であったり、一騎当千の兵士としての勇猛果敢さで


そんなわけでナリの人たちは稀に生まれてくる獣人を大切にしてきた




その年、獣人は貧しい村の貧しい夫婦の間に生まれてきた

村八分になっていた若い夫婦の許に




ナフィユはお腹が空いて仕方なかった

村人との共同作業で得る農作物や夫が水車小屋の手伝いをして貰ってくる僅かな小麦や大豆の粉だけではとても足りない


妊娠してからは狂ったように食べられるものを求めてナリの痩せた山に入り野草などを摘んで湯がいては食べていた


夫のシャグは少しでもナフィユの腹を満たそうと必死だった


そして…魔が差した


村の栗畑に落ちた栗の収穫を皆で行った時、2つ3つの栗をポケットにこっそりしまった

少しでも余計にナフィユに食べさせたかった


それをシャグの幼なじみのツヅキが見ていた


ツヅキは皆が集まった場でシャグの不正をを摘発した


ツヅキは幼い頃からナフィユに思いを寄せていて、それを知りながらナフィユの愛を受け入れたシャグがずっと許せなかったのだ


栗をくすねたこの若い夫婦は村八分になった


ツヅキは今ではナフィユにも憎しみを感じていたのでいい気味だと思った

二人で飢え死にしてしまえと


村八分になってからのこの若い夫婦の生活は困窮を極めた

川魚の追い込み漁などにも参加できなってしまい、貴重な蛋白源を手に入れることもできない


来月は臨月だが、このままでは子供が生まれても食べさせて行くことはできないだろう



私が…悪かった

私が空腹をいつも訴えていたから


真面目なこの人に道を外させた

隣で眠るシャグの寝顔を見てナフィユは涙を流す


夜中、布団を抜け出しナフィユは一人晩秋の川に向かった


お腹の子と死のう


あの人はこの村を出ればいい

この村を出て人生をやり直せば…


河原へ降りて行く道の途中で、追いかけてきたシャグは妻に追いついた


止めに来たのではない

自分も一緒に死のうと思ったのだ


冷たい川の水に足をつけたとき、ナフィユは破水し急に産気づいた


両親を思い留ませるように川辺リでその子は生まれてきた


シャグは取り上げた赤子を月明かりの中見て驚いた


獣人だ…


それはシャグが初めて見る獣人だった


ひどく毛深い

そして少し背が丸い

顔も半分は毛で覆われていてる

大きな鼻と盛り上がった頬が明らかに普通の赤子ではないことを物語っている


シャグは急いで上着を脱ぎそれで赤子を包んで村長の家に走った


「獣人が!獣人が生まれてきた」

「ナフィユが河原で獣人を産んだ!」


村長の家は大騒ぎになった


産婆も務める村長の妻は慌てて湯を沸かし赤子を産湯で温めた


戸板を外し、河原にナフィユを連れに下働きの者数人が走る


運ばれてきたナフィユは火鉢をいくつもおいた暖かい部屋に寝かされ、後産の面倒をみてもらっていた


「ナフィユ!よくやった!」


村長は部屋に入ってくるなりそう叫んだ


「シャグ、お前たちの村八分は解く」


「お前たち親子は、私がしばらく面倒を見る」


この言葉はシャグたちに対する親切心からではない


獣人が生まれた村にはナリの国王から祝い金が与えられる


村八分にしておいたのでは所属する村なしと判断され、その祝い金が村に入って来ないからである




翌日、日が昇るのと同時にナフィユが獣人を産んだことが村中に知れ渡った


皆、大きい腹を抱えて山に入り、イタドリなどを摘んでいたナフィユの姿を思い出した


あれは…腹の獣人が食いたがっていたのだなあ


獣人が生まれて数日後、王宮から使いのものが来た


獣人が生まれたと申告して、その実ただの毛深い赤子だったりしたことが度々あったので、改めに来た


「これは、間違いなく獣人だ」


使いの者はそう認定し


「改めて下賜金を授けるが、今は母親の乳が出るようにとりあえず餅をを置いていく」


と言い都に帰っていった


近隣の村々にも、最貧のその村に獣人が生まれたことが知れ渡り、夜逃げしていたシャグの両親も村に帰ってきた


シャグは親の借金を返していたのも、ナフィユを飢えさせた原因だと許したくない気持ちもあったが、ナフィユに「この子にとっては祖父と祖母なのですよ」と諭された


ナフィユの両親はとうに亡くなり、ナフィユは寂しい思いをしていたから


シャグはナフィユがそう言うならと両親を受け入れた


獣人はフォンと名付けられそれはそれは皆に大切にされた




国王から贈られた祝い金で、村は種芋をいつもより多く仕入れ、村の共同の畑に植えた


また腐葉土などの肥料も仕入れることができた


獣人がすくすく育つのと共にその年の村の農作物も順調に育っていく


青々とした畑を見て、村の人たちの心は明るくなる


芋の収穫後、村人は生まれて初めて満腹を味わうことができた


これも獣人が生まれてきたお陰だ

ナフィユとシャグのお陰だ


もしナフィユが子供を生む前に川に身投げしていたらこの恩恵には預かれなかった


そう考えると…


あの日、栗林でシャグを摘発し若い夫婦を窮地に追いやったツヅキがひどい悪人に思えてくる


村人はなんとなくツヅキを敬遠し始めた




月日は流れフォンは10歳の誕生日を迎えようとしていた


シャグは村長の家に居候していた頃、算術を教わり村の会計などを任されるようになっていた


もともと頭はいいのだシャグは

学ぶ機会がなかったので簡単な足し算や引き算しかできなかっただけで


この村に学び舎のようなものはなくそれぞれの家庭で子供の教育は行なわれている


この村には今でも役人が獣人の様子を見に来る

飢えていないか、粗末にされていないか


時々王から与えられた菓子なども役人は持ってきた


フォンも両親もその多くはない菓子を惜しみなく村の子供に分け与えた


シャグたちはそれなりの信頼を村人たちから得ていった



この状況が面白くないのはツヅキである


シャグたちの幸せがどうしても許せない


獣人さえ、フォンさえいなくなれば…

毎日そんなことを考えて暮らしていた



フォンは10歳にしてすでに大人以上の体格と力があった


その姿は背中が少し丸まっていてひどく毛深い

手の甲まで毛で覆われている


ゴワゴワとした金色の髪が首まで生えている

髪というよりは獅子の鬣のようだ

足も腕も太く、特に腿が筋肉で前に大きく張り出している


フォンはその力で大人に混じって山の開墾に参加して大きな岩などを取り除いていた


両親の口癖は


「フォン、お前は多くの人の見本になるような立派な人間にならなくてはいけないよ」


「獣人であるお前をこの国の人が大切にしてくれるのは、過去に獣人がその能力を決して悪事に使わず、国や、人々のために働いてきたお陰なんだから」


だった


フォンはとても素直な性質だったので、両親の言葉どうり、少しでも人の役に立つ人間になりたいと思っていた


水面に映る自分のひどく異様な容貌を見て思う


ナリの国王が、獣人を手厚く保護してくれなければ、いくら能力があっても人々は今のように獣人を快く受け入れてくれなかったのではないかと


そう思うと、フォンは大人になったら兵士として、王のお側近くに仕えたいという気持ちが湧いてくる


それまでに、少しでもこの村の畑を増やしたい

誰も飢えずにすむように


山の開墾に伴い、いくつかの人工の用水池も作られた

フォンも池を掘るのを手伝った


事件はこの用水池で起こった




二時間ほどの読み書きの勉強を終えた後、開墾を手伝おうとその日もフォンは大人たちが働く山に向かっていた


その途中用水池に落ちて溺れているツヅキを見た


「たっ助けてくれっ」


すり鉢状の池の中央でツヅキがもがき苦しんでいる


その姿を見た時、フォンは罠だ、と直感した


子供ながらのフォンは両親とツヅキの間の確執に気づいていた


万能感のある獣人だが、その筋肉の多さから体が重く水に浮かない

泳ぎは不得手なフォンだった


自分もこの池を掘るのを手伝った

深さはわかっている


ツヅキは自分をおびき寄せここで溺れさせるつもりだ


けれどもし、ここでツヅキを無視してしまったら自分だけではなく獣人の名誉は地に堕ちる


フォンは池に飛び込んだ



ツヅキは本当に溺れていた


フォンが通るのを池の斜面で隠れて待っていたのだが、うっかり足を滑らせフォンが通りかかるずっと前に池に落ちてしまった


這い上がろうとしたが、斜面が急で這い上がれない


必死にもがいているうちに池の中央に来てしまった


ゴボゴボと水を飲み手足をひたすらばたつかせているところ、フォンが水に飛び込んだ音を聞いた


助かった!フォンが助けてくれる


いやっ、やつは泳げない!


ツヅキのいる場所にたどり着くことなくフォンは沈んでいった


絶望の中ツヅキの意識は遠のいていく


濁った水に沈み意識を失う瞬間、あ、自分は思い違いをしていたとフォンは気づいた





フォンは目覚めたら自分の家にいた

自分の布団に寝かされている


「フォンが気づいた!意識が戻った!」


枕元にいた両親や祖父母は喜びの雄叫びを上げた


二人が助けられたのはたまたまだった


開墾場で一人の男が足に怪我をした

石を自分の足に落としてしまったのだ

出血はなかったがひどく腫れて紫色になっている


二人の男がその男の両肩を担いで家に送り届けようと山を下っている途中で用水池で溺れているフォンとツヅキを見つけ、助けたのだ


「ツヅキ…ツヅキは?」


ふと、横を見ると隣に寝かされている


「まだ意識は戻っていないが…」

「多分大丈夫だろう」


フォンは池から助けられた後、うわ言でツヅキが助けてくれた…ツヅキが助けてくれたと言っていたので、村人はすっかり池に落ちたフォンを助けようとしてツヅキも溺れたと思ったのだ


ツヅキは独り身だったので両親はツヅキの看病を引き受けることにした



よかった、ツヅキも助かって


両親から栗畑でのことを聞いていたのでフォンはなんとなくツヅキが、嫌いだったのだが池の底に沈んでいく瞬間に気づいたのだ


あの時、ツヅキは父を告発することで父を助けたのだと


もし、あの時ツヅキがそれを告発しなくて、村八分になることもなく母がこっそりその栗を食べていたら…


ずっと罪の意識を持ち続けなければならなかったのではないだろうかと


小さな棘を胸に刺したまま生きて来なければならなかったのではないかと


けれどその時ツヅキは代わりに何かを背負ってしまった

ツヅキはずっと父を告発してしまったことを気にしていたに違いない


じぶんの行為を正当化するためには両親を敵に見立て恨み続けるしかなかった

その子供を殺そうとするほどに


そんな苦しみの人生と引き換えにツヅキは父を告発した


今こうして、父が、母が、自分に立派な人間になれと諭せるのは

、あの時自分の罪を認めてそれなりの代償をきっちり払ったからではないだろうか


そういう意味ではツヅキはうちの家族の恩人だ…



そんな思いがフォンに「ツヅキが助けてくれた」といううわ言を言わせたのだろう


こういう客観的なものの考え方は、獣人特有の性質によるものだった


フォンは隣で寝ているツヅキを見て、意識が戻ったらツヅキの胸に刺さっているだろう罪の意識の棘を抜いてやらなければならないなぁと思った


そしてこの優しいものの考え方はフォンの個性であった










『ナリの姫と従者フォン』のフォンの生い立ちの物語。

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