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第十三章 その二

第十三章 その二


椅子に座ったまま黙って状況を聞いていた信長は、組んだ足を解き、両ひざに手を置くと吾郎に顔を向けた。

「これからどうする」

「どうするって、今は何も出来ませんよね」

「誰も何もしなかったら、いつまで経っても何も変わらんぞ」

「そうは言われても全てのライフラインが絶たれたんですよ。今何か出来るかって言われても」

「おぬしの友人が言ってたであろう、私設の何やらと」

「あ~松山さんがね。私設の団体やボランティアの方が機動的に動けるとは言ってましたね」

「誰もが不安を抱えておるのじゃ。まずは儂等が動くべきじゃ。この庭に儂等の基地を作るぞ」

「基地・・」

「そうじゃ、まず事を始めるにあたって自分等の足場を一度作っておくんじゃ。皆で作戦を練る場所も必要じゃ。それが出来たら次は兵糧の確保じゃ」

「兵糧って。僕等の食べる分だけなら後数日分はありますよ。それだけあれば配給開始までは持つと思いますけど」

「違う、自分等の事を言っておるのではない。多くの者がここに集まって来れるように出来る限り多くを確保しておいた方が良いんじゃ。いいか、この地震は皆が承知しているように相当な長期戦になるぞ。これは自然が儂等に課した兵糧攻めなんじゃ」

「そんな大袈裟な。敵がいるわけでも無し、数日もすれば配給が届きますよ」

「違う、その考え方が幼いんじゃ」

(むっ。同じ歳じゃないか)

「数日待って全ての事が解決するか?ただその日喰うわずかな飯が届くだけであろう。何も根本解決などしておらんぞ」

「そりゃそうですけど、しばらくすれば国や自治体からの援護が有るんですよ。僕らが一々何かしなくても・・・」

「馬鹿もん、違うわ。確かに敵が外から攻めてくるようなことは無い。この城を出て行くこともいつかは出来る。だがそれには時間が掛かるということは皆の意見が一致しておる処じゃ。城からは出れん、まだ解決には時間がかかる。ではおぬし等は何をすればいいんじゃ」

「・・・・」

「・・・・」

「燕の雛が口をあけて餌を待ってる様に只ジッと待って過ごすのか?」

「・・・・」

「今、城の中で何をすべきか考えたか?自分等自身で城から脱出することを算段するも良かろう。だが考えようによっては城を守りながら再生する事も可能じゃ。儂が言いたいのは、自分等でこの地震に処するにあたって十分知恵を出したか、という事じゃ。こういう時はもっと頭を使わんか、ただ飾りで胴体に乗っけている訳じゃなかろう。一人の知恵で足りんかったら皆の知恵を集めるんじゃ。そのためにここに皆の分の兵糧も用意して、皆の足がこの場に向くよう準備しておくんじゃ。そのためにここを開放するんじゃ」

(ふ~ん。ちょっと・・)

「殿、やりましょう!」

「今からここに基地を作りましょう!」

(え~ここでもまた~)

土建屋の福井と不動産屋の槻木が信長の脇に来てひざまずいた。

「殿、先程のご無礼お許しください。是非やりましょう。ここに基地を作りましょう」

「よし、みんな、早速出来るところから始めよう」

福井と槻木が率先してその場から立ち上がった。

「やりますか」 赤星も苦笑いしながら立ち上がった。

「そうだな、この家の庭は広いし、みんなも集まれる所があった方がいいし」

横山も動き出し、吾郎も緩慢ではあったがようやく皆に続き動き出した。


午後3時

基地として人々を受け入れるには多くの木々や草花が邪魔だった。年月をかけ、切るには惜しい木も有ったが今は非常事態で切り落とすしかない。由紀にも許可を貰った上で、今日のところは鋸で簡単に落とせる小枝と人力で引っこ抜ける草木を処理して空き地スペースを作っていた。

「明日太い木を切り落とすから、福井のところの発電機とチェーンソーを持ってきてくれないか?」

「ああいいよ。発電機のオイルとガソリンを調達しなきゃ」

「じゃあうちのスタンドから・・・ポンプで古い車から抜いてくるか。何とかするよ」

「吾郎、この木の上に見張り小屋を作りたいんじゃ」

門の横に立つ大きな松の木を指して信長は言った。

「地震で危なくないかなぁ」

「これだけ太い木なら、上からロープを結んで三方から支えたら大丈夫だよ。殿、明日になりますが、私、福井が承りました」


家の中からテーブルを運び出し、その上にキャンプに使うターフの四隅を木に縛り付けた。

庭の北西の隅には簡易トイレを作った。幅三十センチメートル、深さ一メートルほどの穴を掘り、その両脇に車庫にあった二枚の木の板を置いた。庭の細木を数本切落としてその穴の周りに立て、塀とビニールシートで囲うように目隠しを作った。掘った土は近くにおき、用をたした後から土で埋めていく。


午後4時半

今日行える基地づくり作業はほぼ一段落した。次に残された作業は食料と必要日用雑貨の確保だった。

「良いか、吾郎。こういう時は、金に糸目をつけたらいかんぞ。多少高いことを言われようが、ケチったらいかん。大事なことはありったけ調達することじゃ。有る物すべてじゃ」

(人の財布だと思って・・)


まずどこへ行くか。駅前のコンビニにはもう何も残ってはいまい。気が向かなかったが早朝にけんもほろろに追い返されたあの店主永野のコンビニに再び出向いた。水や食料品以外であれば説得して別けて貰える可能性に賭けた。

どう切り出そうかと考えながら店迄行ってみると、シャッターが入口の前でぶらぶらと垂れていた。無理やり引っ張り出したが地震で生じた歪みで降ろしきれなかったか。

ノックのつもりでシャッターを叩くとガシャ、ガシャと音を立てたが中からは返事が無い。吾郎は無理やりシャッターを暖簾のように剥がして暗い店内に入ってみた。

まだ散乱している商品の中に混じって永野が床に座り込んでいた。

声を掛けると、ゆっくりとこちらに顔を向けたが、その顔にはうっすらアザが出来ていた。

「どうしたんだ」

吾郎は依然けんか腰で話しかけた。

「ひどい輩がいてな。あんたと同じように水を分けろと言い出したんで当然断った。そしたらいきなり殴りかかられて金を払うどころか他の物も物色して持っていかれたという訳だ」

店主はすっかりしょげていた。

「こんな時に警察に駆け込んでも来てくれるわけもなし。家族だけでは守りきれんし、かと言って取られるがままにしておくわけにも行かない」

すっかりしょげかえった店主の様子に吾郎は多少同情しながら話しかけた。

「今、うちの庭をみんなが集まる場所として解放しようと準備を始めているんだ。それで紙コップやらトイレットペーパーやらの日用品を分けて貰いに来たんだけど、もし良ければうちの車庫に保管しながら皆で使わせて貰えないか?」

「あ~その方がまだましか。店にそのまま残しておいたらいつまた物騒な奴等が来るかもしれんし。人手を出してくれ、倉庫から必要な物を持って行って貰って構わん」

「料金の清算は?」

「そんなもの後でも構わん」


予想外の展開に吾郎は大喜びで家に帰って皆にそのことを知らせた。その後は手分けしながらコンビニの倉庫の全ての商品を次々と菊池家の車庫に運び入れた。

店に張り付く必要の無くなった店主、永野も庭まで同行してきた。


荷物の運び入れが一段落し、水が確保できたところで吾郎がコーヒーを淹れようと言い出した。カセットコンロで湯を沸かそうとしたところで、ふっと手を止めた。

「この辺のガス漏れとかは大丈夫なのかな?」

赤星は一様にこれらのことについて詳しかった。

「都市ガスは安全装置がついているからまず心配ないよ。家ごとにマイコンメータが設置されていて、大きな地震の時には遮断される仕組みになっているんだ。供給経路にも何重にもブロック弁があるから外で火を使いうには比較的安心だと思うよ。」

吾郎はガスコンロで湯を沸かすと皆にコーヒーを振舞った。

その間、明日からの基地作りが皆の関心となり大いに盛り上がった。


今日のところは皆が座れる屋根付テーブルと簡易トイレが完成した。車庫には頼もしい食料と日用品のストックができた。明日には木を切って整地すれば、更にテーブルや何張り分かのテントのスペースも確保出来そうだった。

皆が三々五々帰った後に吾郎は今晩自分達が過ごすための四人用の小さなテントを張った。


午後6時

信長はむら雲の散歩も兼ね近所の様子を見に出かけた。荒れ果てた道路では、お気に入りの自転車より馬の方がはるかに乗り心地が良かった。

コンビニにはまだひっきりなしに人々が出入りしていた。既に殆どの商品が店頭から消え失せていたが、食料品、日用品を求め人々はまだ彷徨っていた。


公共の避難所は、アパートやマンション、公団から避難してきた人々で溢れていた。区から支給されるであろうテント、非常食、飲み水、毛布等も未だ届かず、人々はじっと待っていた。


(いくら未来でも地震に対してはまだ打つ手が無いんじゃ。

もしこれが儂等の時代で起きたとしたら・・・。

きっと今ほど右往左往するようなことも無かろう)


信長の時代であれば復旧させるべきものは限られていた。もっと素直に地震を受け止めたような気がした。


今日は庭で早めの夕食を取ることにして、由紀はカセットコンロを使い僅かな水で研いだ米を鍋一杯炊いた。おかずはインスタントの味噌汁だけ。冷蔵庫の中にはまだ食材はあったが開けずにいたら一日、二日はクーラーボックスとしての機能は果たしてくれる。いつまで続くか分からないこの状況では出来る限り節約して備えておこうと考えた。

鍋のご飯が炊き上がったが、どうもガスコンロで炊く時間を間違えたらしい。鍋の底には大量のお焦げが香ばしい匂いを立て、吾郎も信長も時折ポリポリと音を立てながら今夜は我慢だと思いながら黙って食べた。



午後8時

星も見えず恐ろしいほど暗い。街灯も無ければ車のヘッドライトの明かりも無い。近所の家からランタンの光がチラチラ見える以外は闇夜の世界だった。あまりの静けさで近所の家々の会話が驚くほど良く聞こえた。

吾郎が非常用の蝋燭に火を灯した。信長はこの時初めてライターを知り、それを手に取りしげしげと見ながら自分でも見よう見まねで火を点けてみた。

「便利じゃの~。こんな物があるのか。子供でも簡単に火が点くわ。」

「そうか、殿の頃は火を起こすのだって一苦労だったんですよね。良かったらそのライターあげますよ、まだあるし」

信長は礼を言いながらライターをジーンズのポケットにしまいこんだ。

(これ一つ見せても城中の皆は驚くぞ~)


優太は早朝からの長い一日に疲れ、既にテントの中で眠ってしまった。

吾郎は切り落とした木の枝をしきりにくべながらじっと炎を見つめていた。

由紀は水の節約を理由に洗い物から解放され、椅子に座りながらただラジオを聴いて過ごした。

信長は現代に来て初めて風呂に入らない静かな夜を過ごした。


その翌日、地震後二日目の夕方、名古屋への“首都移転”が発表される。


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