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愛の形  作者: 貴幸
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過去

それでも貴方が好きなの。


「カナは良いこだから、好きになる人はちゃんとした人を選びなさいよ。」




母は、そう言って殴られた痣をさすりながら無理に笑ってみせた。



田中 佳奈 小学五年生








愛の形












母と父から私は産まれた。

その母と父にはたしかに愛が産まれて、その愛によって私は産まれた。

それはとても尊い事で、とても尊い事で。

私が産まれてお金がかかるようになった。

それはとても厳しい事で、それはとても厳しい事で。

母と父の間には愛だけではなく暴力がうまれた。


父による暴力の頻度はどんどん酷くなり、毎日のように母は傷が増えていた。

私がそれをようやく理解したのは小学五年生になってからだった。

母は言った。


「カナはお母さんみたいに、選ぶ人を間違えちゃいけないよ。ちゃんとした人を愛するのよ。後悔しない生き方をしなさい。」


私が産まれたから、私が産まれたからお母さんは暴力を受けている。

私はそんな事に小さいながらに気づいてしまって、一日中枕を涙で濡らしたのだった。









「カナ、遊ぼう!」


そんな重く涙の湿気で満たされた部屋のドアにトントン、とノックの音が二回響いた。


それは小さい頃からずっと変わらない、落ち着く声。


「ユウト…。」


ユウトだ。

ユウトにしがみつきたい。

今すぐユウトにしがみついて泣きたい。

いろんな気持ちがこみあがる。


「カナ、今日元気ないの?」


重く沈んだ部屋にユウトの声が響く。


「カナ、一人じゃないよ。」


ただただ、響く。


「カナ、俺、カナの味方だよ。」


そっと開かれたドアの隙間から光がこぼれた。

ユウトの暖かい笑顔に抱きついたのは、ドアから光が見えて十秒もたたないくらいだった。








しばらくユウトに抱きついて泣き、私はなんとか落ち着いて呼吸できるくらいになった。

ユウトは少し気まずそうに隣にあるクッションをいじりながら聞いてくる。


「で、どうしたんだよ…俺なんでもきくからさ…」


ユウトは今年に入ってから俺というようになった。

僕と言っていた頃のユウトの方が可愛げがあったと思う。

少し、距離が空いた気がしてさみしかった。


「ユウト、私いなくなった方がいいのかな…」


言葉としてハッキリとでた自分の気持ちにまた目頭が熱くなる。

ダメだ、今また泣いたら喋れない。

一生懸命瞬きをして涙を引っ込めようとする。

案の定ユウトは驚いた顔をした。


「な、なんでそんなこと、」


「私が死んだら、お父さんきっとお母さんのこと殴ったり、しな、いの…」


我慢しきれ ず溜まった涙が零れ落ちる。

さっきまで散々泣いたのに涙は枯れる事を知らず、リミッターが切れたかのようにどんどんこぼれ落ちた。


「カナが死んだら、みんな悲しいよ…!」


ユウトは私の手を握る。

ユウトの手は少しひやっとしてるけど、心があたたかくなる。


「…うん、死なない、カナ死にたくない…。」


ユウトの前でだけは、素直でいれる気がした。










父が、私の部屋に入ってきた。

今日は休日なのである。

しかし朝早く仕事にでて夜遅くに帰ってくる父はなかなか家にいなく、私の部屋に入る時間があるなら寝てたいような人だ。

その父が何故?

何故?

簡単である。



今日は、お母さんがいないから。








今にも恐怖で失神しそうな身体は何も動くことができない。

ただ迫りくる父に歯をガチガチと鳴らすだけだ。

父はそんな私をみて一言「お前はやはりあいつの子だな」と言った。

怯える姿を見て??そんな私をみてお父さん、あなたはそう思ったの??

やめて、せっかく生きようと思ったのに。

ユウトが、ユウトがそばにいないよ。




静かに目を閉じ、暗闇に身体を委ねた。











痛い。

殴られた。蹴られた。殴られた。殴られた。殴られた。これも殴られた。

自分の身体の傷をみてどれがどのようにつけられた傷かを思い出す。

父は冷たい目で、つまらないと言うかのように荒くドアをしめてでていった。

私をただの人形としてしか見ていないかのように。

怖い。

怖いよ。

小学生の私は恐怖を強く実感した。


母は帰ってきて私を見るに泣いて抱きしめてきた。

何度も、何度も、ごめんねと言って。

お母さん、なんでお母さんが謝るの?

どうしてもそれが許せなかった。

だから、私は傷を優しく手当てしてくれる母にこう言った。


「お母さん、なんでお父さんなの…?」


離婚、して幸せになることもできる。

警察に言うことだって、できる。

なのに母は何故しないのか。

私はどうしても許せなくなった。

お母さんは、照れくさそうにこう言った。


「だって…お母さん、お父さんの事大好きなんだもの。」


三十代後半の母の笑顔が、とても若々しく見える。


「あの人が何をしようと、お母さんにとってのお父さんはあの人しかいないと思ってるの。だって、私を殴ったって、…カナを殴るのは許せないけど。なんだかんだ言って私達のために働いてくれてるの、私達の事、愛してくれてるの。」


母の握る手は、とてもあたたかい。

全てを調和してくれるようなあたたかさだ。


「あ、でもカナはちゃんと相手を選ぶのよ?ちゃんと、優しくて、家族想いで、働き者で、それでいてかっこよくて、カナの事をちゃんと愛してくれるような。」


「そんな素敵な人、カナ会えるかな?」


お母さんは優しく微笑み私の頭を撫でた。




「大丈夫、カナはこんなにも可愛くていい子なんだから。」







次の日、父が私の部屋に来ると泣き始めるなりごめんなと謝りにきた。

父がこんな昼にいるなんて珍しい。

会社、休んだのかな。

一日経って、自分はなんて酷いことをしたのだとようやく気付いた、と泣きながら私を抱きしめて話す。

酒が入ってない時の父を久しぶりに見た。




温もりを強く感じた。




家族を、強く、感じた。









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