6 竜人世界境界線
今回で原本第3章旅 は終了です。執筆したのは恐らく1年以上前だと思います。なので説明部分がかなり細かいだろうと思います。そのことに留意して読んでください。
注)区切る箇所がないため、前話最後の文を一行入れます。
変化があったのは三日目の午後だった。地平線が無くなり、キラキラした波打つ何か(水平線)が見え始める。そこからは森も川も途切れていた。飛んでいる鳥もカラスや鷹といった地味な色合いの鳥から、白い羽を持つ鳥などのくっきりとした色合いのものに変わる。更には風に何故かしょっぱい味、塩の匂いがした。
「あれは何?」
ギルファーはエンダーの背中に乗りながら波打つ巨大な終わりの見えない水たまりを指して尋ねた。太陽の光でダイヤモンドのように輝いて彼には好奇の的だった。
エンダーの鼻の二つの穴から白い煙が小さく立ち上った。
「海だよ」
その問いに幼竜は目を凝らした。
「あれが?」
信じられない、と驚き再度尋ねたが頷き返されるだけだった。目の前に広がる光景は何度も父親から聞かされた話そのものだと、今自分の目で確かめられた。果てしなく広がる巨大以上の水たまり。その上を先述の白い鳥達が奇声を上げて飛び交った。
父親は大きく輪を描いて海の手前にある大きく”川”の形をした三角州の上に降り立った。ここもまた旅竜(旅人)の為に利用する休息地であったが、いる竜の数は少なかった。というのもこの先は沖合にある”竜の背島”を越え、南に向かうと竜の国ではなく人間が領土を治める国がある大陸へと続くのだ。そのため、いるのは大抵竜でありながら人の国と貿易を営むマイナーな商竜(商人)ばかりだった。あとは世界を一巡して飛行の訓練をする長期実習の群れの一部である。
ただ、行き交いはそれなりにあるせいか本来草地であるはずの場所が竜の巨大な脚で踏み荒らされて何も生えていなかった。そんな中、エンダーの背中から降りたギルファーは近くであるものを見つけた。
それは海岸にあった岩石を運んで削ったとおぼしき石標だった。書かれている内容は以下の通り。
ランメジニーク
エバンヌ大陸南端の休息地。この先に休息地はなし。約800シード(シード = メートル)先の竜の背島に竜人世界境界線あり。それより外、人間世界。行く者、御身に幸運を。
竜の背島を境に世界を分割 空間歴 38214500967589年(今から1000年前)にて竜代表クレンタスと人間代表レムクルトにより……
ギルファーは石標に記された文字が読めなかった。理由は竜が文字を持たないからというのが普通だろう。だが、ここ空間エバンヌには竜も文字は一応読めたし書けた。つまりは彼がただ単に文字の知識が乏しいだけである。そこで父親に解読してもらったが、今度はその難しい言葉の意味は何だ、という壁にぶつかった。結局幼竜に分かるのはせいぜい”エバンヌ”程度だった。
「全然わかんないや」
堅苦しい言葉にうんざりして楽な姿勢で地面の上に腰を下ろした。土は川から流れ着いた土砂で形成されているせいか軟らかいが、砂利が混ざっていて居心地は微妙。落ち着けるレベルには遠かった。当たり前のように潮風が吹いてあのしょっぱい味を感じさせた。周りは竜の会話の声よりもカモメといった動物の鳴き声がとてもうるさい。
だが夕方になり、夜になると一気に静まり返って波の音しか聞こえなくなったので居心地の気分の悪さは幾分晴れた。エンダーの狩ってきた獲物(主に鳥、カモメがメイン)を口にしてお腹を満たすと、すぐに父親の傍に寄り添い身を横たえる。そうすると瞼が重くなり、眠くなる。
「あとちょっとだよね?父さん」
欠伸を大きくして尋ねた。
「そうだよ。この海を越えれば着くからね」
ギルファーの尾がピクッと地面を打った。
「海ってどれくらい広いの?」
巨大な水たまりだとは理解していてもその大きさが気になった。山育ちのギルファーには新しいものが溢れ、何にでも興味が湧いた。足を踏み入れたことのない場所に心惹かれ、それを目にすることを楽しみにしていた。
エンダーは自分の巨大な翼を広げ、息子を優しく包み込んだ。
「とても広いよ。空間には劣るけど私達の家の近くにあるアルトネイン湖より何億倍も」
何とかして解かりやすく説明を加えようとするも当の本人にはバカ大きい、湖なんて比じゃない圧倒的なものだというイメージが焼き付いた。説明不足が誤解を呼び、成竜になったときに初めて知らされることとなった。要は例外への対処という意味で。
日が暮れた海は潮が満ち、海水が海岸に打ち寄せてくる音がした。彼にはこれさえ謎であった。空に広がる星空は美しく、見とれたが手を伸ばしても届かない。これはどうしてなのかと親に質問をぶつけて納得するまで説明を求めた。
父親はそれに対して快く教え、ついでにとばかりに星座のことも付け加えて会話を楽しませてくれた。話はそのうち星から離れて伝承、更には竜では生来学ばないであろう人間の科学分野にまで及んだ。
ギルファーはそういった事柄に耳を傾けつつ、明日のことを心から待ち侘びた。向こうはどんな姿をして、どのような暮らしをしているのかをエンダーの説明をもとにあれこれ推理して遊んだが、やはり最初に思い浮かべた姿が強く印象に残っていて新しい発想が出てこなかった。浮かんだとしては”泳げる”というキーワードから彼らの手足に水掻きが追加された程度だ。そして話しているうちに二頭は眠りに落ちていった。
幼竜はウトウトしながら境界線のある竜の背島を望んだ。
「僕はなにもしなくていいの?」
躊躇いがちにふと父親に尋ねた。小ぶりな鉤爪を地面に突き立てて不満の意を示す。自由なのはいいが、ただのお荷物だけは嫌だった。
エンダーは閉じていた目を開けた。今さっきまで眠っていたらしく、大きな欠伸をついて半ば途中で起こされたことに対する不機嫌そうな顔が出ていた。
「何もする必要はないよ。お前は城の中で自由に遊んでいればいい。お前に求めているものはないよ」
きっぱりと息子に言わしめたが、その答えに本人は肩を落とした。
「せっかく遠い場所に行くのに?」
父親は温かい息をギルファーに吹きかけた。少しだけ生えた彼の鼻先の巻きひげがゆらゆらと揺れた。
「仕方ないさ。ただお前が生まれたときに立ち会った”人”がいるよ。覚えているか?」
巨体を丸めて頭を草むらの上に乗せてギルファーを懐かしむように見下ろした。そのブルーの瞳にはやや悲しみを帯びたものがあるように見えた。
「覚えているよ。でも……僕には他のものが見えた。それに気がいって……曖昧で。覚えているけど……何か……」
突然体に悪寒が走り、ギルファーは甘える声を発し父親と身を寄せ合った。
「その”ヒト”達、本当に僕を覚えてるのかな?また怖がられたらどうしよう……」
そう言い残すと目を閉じて深い眠りに落ちてしまった。親の背中にもたれ、一緒に眠る光景は竜の親子ではどこにでも見られるのに他の竜からは冷たい差別のような視線が注がれている。ギルファーにはそれが分かった。
彼はまだ”ヒト”が”人間”だということを知らない……。竜の別名だと思っていた。また、記憶は霞んでいて人間の姿は写っていない。
写っていたのはエンダーの姿だけだった。
「ギルファー、ギルファー」
父親に揺さぶられ、彼は起こされた。目を開けるとまだ周りは真っ暗だった。休息地にいる大方の竜はまだ眠っていて、ほんの20シード先にいる者でもまだ気持ち良く眠っている。東の空には明けの明星が力強く輝き、朝を迎える寸前だった。
「起きて。もう出発するから」
他には(竜基準で)聞こえにくい位の小声で言った。いつの間にか狩りをしていたらしく、エンダーの背後には大型の魚二匹(マグロ、カジキ)が既に用意してあった。
「朝食はあれだ」
「まだ朝でもないのに……」
竜の子は眠たげに欠伸をし、不機嫌そうにブツブツ呟きながら魚を一匹三口のペースで食べ、腹の中に収める。肉とは違う食感に戸惑うが、そう抵抗はない。味は海水が混ざっているのかしょっぱい味がする。ただ中身は美味しかった。
「これは何?肉じゃないよね?」
彼は魚というものを口にしたのは初めてだった。
「魚っていう生き物だよ」
父親は尻を落として座り自分を見下ろしながら説明する。そして自分が何も喋らなくなると、大きな青い翼を広げ羽ばたかせたりしてしなやかに動けるかをチェックし始めた。その際に起こった風圧煽られて小柄なギルファーは地面に転がる。それでも獲物は前脚で押さえて食べ尽したが、胃の中がいろいろとかき混ぜられて後々苦しくなった。
ギルファーは腹をさすって胃を落ち着かせようとしながら、海水と淡水が出会う前の河水で喉の渇きを癒した。父親のところに戻ってからは自分でも羽ばたくことが出来ないかと親のマネをしてみた。大体はエンダーの手本をみて頭の中に入れていたから苦にはならない……はずだった。でも現実は厳しかった。
どれだけ翼を力強く羽ばたかせても周りがそよ風程度の風しか起こらないのが彼には納得いかなかった。付け加えれば父さんのように体が浮かない。というのも彼がまだそこまでの力が備わっていない年齢だからだが。
結局数回試して出来ないと思い知ると諦めた。
「お前にはまだ早いよ」
エンダーはそんなギルファーを励ますように声を掛け、大きな前脚で小さな頭を撫でた。
「ならいつになったら父さんみたいに飛べるようになるの?早く自分で空を飛びたい」
しゅんと沈んだ声で彼は不満を露わにした。翼さえ上手く動かせたら……自由にどこまでも行けるのに……。
「もう少し大きくなれば父さんみたいに飛べるようになるさ。それまで辛抱しなさい」
まるで遥か遠くの何かを望むように、父親はこれから挑む海を見据えた。翼を広げ、無言で背中に乗るようにと促す。自分が父親の脚を足場に背中に乗り込むまでの間、エンダーは目を閉じ、耳を立てて風の流れを感じ取ろうとして飛び立つタイミングを見計らう。海から吹く風は山よりも強いからだ。
「乗ったか?」
「乗ったよ」
ギルファーはそう言うと力を入れてエンダーの体にしがみついた。その数秒後には地面を勢いよく蹴り、再び強力な風圧との戦いが始まった。向かうのは自分の生まれた場所、通称カムルデス城へ。そしてそこで起きることが先々何年と横たわる長い物語の始まりだった。すべてはこの出来事から……。
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次は原本第4章 差別 です。30ページ程あるので終わるのに4,5話位かかります。
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