5 旅は長く……
久し振りの更新……ですが、今回は会話シーンは少なめです。竜社会の会話?を少しばかり堪能を……。鈍足の展開なのは仕方ないです。
しかし、この小説は作者の構文構成の推移を示すものでもあります。(不定期で執筆していたため最初と最新では3年くらいの時間が空いている)
原本第3部は次一話でようやく終了です。
風に慣れてきて彼は周りの景色をよく見てみた。自分がいた洞穴は遥か後方に遠ざかっていき、今はアルトネイン湖の上を飛び海へと続く三つの川のうち南へと下るミナル川に向かっている。
ところで、目的地までどのくらいかかるのかな?
ギルファーは気がかりになって尋ねるとエンダーはやっぱり……とやや困ったような顔をする。聞いてくるのを知っていたかのようだ。
「まだまだ先だよ。五千キロ以上あるからな。だいだい三日か四日くらいだ」
「ええ!!四日も!?」
予想を遥かに上回る日数であることを知り、気が遠くなりそうだった。四日間このまま飛び続けるなんて……どれだけ遠いのだろう?彼は幼竜でも距離感は親からいち早く教えてもらっているため理解できる。だからこそ驚く。その長い時間何ができるのだろうか?
「その間ずっと背中の上にいないといけないの?」
「そうなるな。休むとき以外ね」
と答えつつ、当たり前だと言うように横目で見つめ返されて彼の期待が一気に崩れ去る。それは嬉しい反面、故郷を長い間別れるのが寂しくなった。再び振り返り、見慣れた景色が段々と小さく肉眼で見られなくなるのを見届けた。先は自分が初めて目にする未開の地ばかりだ。
時間は真昼あたり。そのせいか他の竜と出会い、すれ違った。狩りに行こうとする者、またはその帰りで鉤爪がついた巨大な前脚に獲物の茶色い野生種の牛を誇らしげに抱えて自分の巣穴に戻る者、気晴らしにアクロバットな飛行をする小型で自分と変わらない大きさの若い竜、仲間と戯れて飛ぶ者などとにかく様々な竜がいた。しかもそれぞれ種類すら違うので体色も色とりどりである。共通しているのは皆竜であること、鳴き声以外で話されている言語が同じことだ。
言語はどこかの空間でほぼ使われる英語とは相違して大半の空間で通じるエルト語(このあたりの名称。各空間で呼ばれ方は違う)が定着していた。だから種族が違っていたとしても会話の内容は耳を傾ければ彼でも聞き取れる。そもそも今彼が使っているのもエルトー語なのだから。
「ウェーンドより北の半島って行ったことある?ベルクニード」
大陸の西部を根拠地とする竜達の群れと少しの間だけ並行して飛んだので会話が聞こえた。今の声はうち一頭のもので、隣に話しかけている。
体色が茶色で顎の下がグレー、二本の白い角が大きく上に向かって曲がる先頭の竜ベルクニードはその問いに首を横に振った。
「俺も行ったことはない。何故か200年くらい前から*翼を向けること(*足を踏み入れる、の竜バージョンの表現)が禁じられてるよな。でも噂によると……」
そこだけぼそぼそと小声で言ったが、耳の鋭い竜の聴覚を持ちその話を集中して聞いていたギルファーにははっきりと聞こえた。
「あそこはどこか別空間へ送る次元の破れ目が頻繁に現れるおかしな地帯らしい。不用意に近づくと訳の分からない世界へ飛ばされるだと」
「神隠しみたいな感じだな、それ」
話しかけた竜が言う。口調からしてあまり重く受け止めていなさそうだった。
「でも軽く考えないほうがいい。本当に消えるんだから。今までに数十頭が嘘と証明し、真実を解き明かそうと同じ考えを持つ人間同士とも協力して挑んだけど今日まで誰も戻って来てない。唯一戻ってきたのは長老ランデスだけだ。もっとも、あの方は変わり者になってしまったが」
ベルクニードは仲間に警告するように言った。どうやらこの竜は真面目な性格だと彼は思う。
「結局長老はあの次元の破れ目の中で何を見たんだ?いきなりあの半島を飛び入り禁止(立入禁止の竜バージョン)にされると余計に気になるのだが。世界を渡る空間竜ですら帰れない場所ってもしかして……」
更にもう一頭が会話に混ざってきたが、群れが針路を西へと変えたので最後まで聞き取れなかった。その群れがいなくなると擦れ違う竜が少なくなる。北上する者が多く、南下する数がまばらだ。
広大すぎて海とも呼ばれてしまうアルトネイン湖は既に過ぎて川の上空に入り、その川に沿ってきついV字谷に気を付けながら進んだ。川沿いでは比較的体の小さな竜が川の水を飲んで喉の渇きを癒したり、浅瀬で水浴びをしているのが見えた。少し時間が経てば森林の中で獲物を探す熊や狼の群れがいる。ときには空の観察に戻すと灰色のハヤブサが東の空で大きく輪を描いて地上を見下ろしていた。木々が多いので、地面が見通せる場所が少ない。だがそれこそ中には沢山の発見が転がっていると考えると気持ちが高揚した。
「父さん、いつ休むの?」
ずっと同じ態勢でいて退屈になり、尋ねた。大人しく背中の上でじっとしているのにも限界があった。確かに景色を眺めることは好きだ。でも、自由に動けず長時間はやや苦しい。たまには動きたかった。身体が今にも動きたいと震えている。
エンダーは振り返り息子の様子を見て、疲れた顔を露わに低く唸った。
「あと少しだよ、我慢しておくれ」
翼の羽ばたく周期を遅らせ、持久飛行に変えて父親は頭を定位置にぐっと戻してつかの間全身をリラックスさせる。
「分かった……」
ギルファーは向こうから頼むように言われ、それ以上言うのを諦めた。渋々要求を受け入れて再び観察に戻る。本当はさっきの飽き飽きして、という理由の他にもう一つ休みたい理由があった。それは空腹だということ。さっきからお腹がすいて低い地響きのような音が聞こえているのだ。周りの獲物を手に変える竜達を見ているとそれが余計に強くなってマイナスな連鎖が続く。
そこで眠って食欲を紛らわせようとした。最初は上手くいきそうだと思っていたがやはり飢えに負けてしまった。腹に違和感。眼下にはイノシシの群れが動く音が嫌でも聞こえ、更には匂いもしてくる。川の流れが目に入ればたちまち喉が渇いた。我慢していても父さんは下に降りる気配がない。考え続けると数分が一時間に感じ、気持ちでは抑えていても本能が黙っていなかった。
「あと少し……」
エンダーもそろそろ彼の限界を悟ったのか飛行よりも落ち着かせる方を優先して声を掛けてきた。エンダー自身は体力で限界がきていた。
そしてとうとう幼竜は弱音を吐いた。
「お腹がすいたよぅ……」
背中の上でぐったりと体を倒して限界をアピールする。
その状態になってようやく事態が危ういと気付いたエンダーはその場で休まない代わりに目標の場所まで速く飛んだ。
「我慢しろ、あと4マイル……」
喘ぎながら彼に伝え、羽ばたきを強めるためにそれ以上は話さなかった。ギルファーは空腹に苦しみながらも大丈夫だから無理はやめて、と言ってもどこ吹く風で完全に無視された。
何もそこまでしなくてもいいのに……。
弱音を吐くんじゃなかったと後悔した。自分の辛抱弱さが恥ずかしかった。空腹でも竜なのだからそれに耐えないと。
スピードが上がり、周りの景色がこれまでの二倍はあろうかという感覚で後方に去って行った。他の竜がいようが気にしない。その甲斐あってか父親が予定していた時間よりも早く、一日目の野営地ロック・ド・レルに到着した。
ここは竜の住処ももちろんあるが大陸内部に赴く者、又は大海に出る者が行き交う中継地の役割を担っている。特徴として一帯が開けた高原であること、ミナル川に面していること、獲物になる生き物が生息する場所に近いこと、そして飛び立つ山の断崖に近いこと。これらの条件を満たしているからだが、ギルファーにはさっぱり分からなかった。
彼らは羽を伸ばす場所から離れた竜気(人気)のない草原に降り立った。子供を背中に乗せての着地は決してバランスの良いものではなかったが、衝撃を最小限に留める父さんの技術は好きだった。
「さあ、着いたぞ」
エンダーはそう言うと身体を伏せて彼が背中から降りやすい姿勢をとった。それに対し、ギルファーは背中から自力で降りるとその場にうずくまった。
「体がふらふらする」
目を閉じて深呼吸し息を整える。まだ幼いだけに炎を吐くことはできず、口からは湿った空気だけが出た。両手を動かしてみるとずっと掴まっていた疲労でズキズキと痛む。足も同じで立つ力があるかどうか怪しいところだった。翼もきつく畳んでいたせいで本来の使い方なしに萎れてしまっている。
「ギルファー、お前はここで大人しく待っていてくれ」
エンダーは彼にそう言うとまた空に飛んでいき、ここには彼一頭が残された。自分のために狩りに出かけて行ったのだ。父親の姿はたちまち近くのわずかに生えた木々に隠されて見えなくなった。
周りが静かになり、ギルファーはあたりを見渡した。自分以外何もいなくて見る限り遠くまで草原が延々と続く。普通の小動物ならばここにいるのは危ないが竜であるのでたとえそれが幼竜だとしても大半の敵を打ち負かす力はある。だから悠々とこの場所にいられる。
しかし、何もないので彼は好奇心すら湧くことなく逆に一頭だけ残されることに孤独さを感じ、結局大人しく待つことになった。彼はここまで遠くて長い旅をした経験がない。この場所すら知らないのだ。ギルファーは疲れて動けない間は目で見た景色を思い出して時間を潰した。
そうして待てば咆哮と共に父親が戻ってくる。前脚には野生の黒牛が二頭。それを彼らは無言で平らげた。ギルファーはまだ鉤爪が小さく牙も滑らかなので、エンダーに食べられるサイズまで引き裂いてもらってから肉片を口の中に入れる。
「父さんはいいよね。牛をすぐに平らげられるから。僕はまだ爪で皮を裂くことも出来ない……」
しょんぼりとギルファーは解体された獲物の肉塊に目をやりながら呟いた。鉤爪を突き立てるが、肉の弾力で跳ね返される。
「そう落ち込むな。まだまだ大きくなるんだから。今はじっと待て」
エンダーはそう言って二口で一頭を食し、牙の間からは骨が粉々に砕ける音を立てる。親と子の力の差は歴然だった。
食事が終わると既に太陽が西に傾いて夕方になっていた。黒いカラスがしわがれた声で鳴き、自分の居場所に戻っていく。東に目を向ければ一番星がいつの間にか白く輝いて夜を告げようとしていた。
食後はミナル川で体表の鱗にこびりついた獲物の血を父親と一緒に洗い落とし、ついでに喉の渇きを癒した。川はちょうどいい冷たさで疲れた体には気持ちよく、四肢に籠った熱をいくらか和らげてくれた。
一度寒気がして身震いをしたが構うもんか。この一日で本当に気が休まる一時はこれなのだ。ごく短時間に過ぎなくても大事なもの。それを十分に満喫した。
だが、川から出てきた直後ギルファーはは眠気に襲われて動きが鈍くなり、しまいにはエンダーの背中にもたれて瞼を閉じた。父親の脇腹の温かみに身を任せ、眠りに落ちる。
父親はそんな息子を守るように長い身体で包み込んだ。
星々が太陽の光に溶け込み、朝を迎えた。二日目。以降は同じことの繰り返しで川を下り自分はエンダーの背中の上で前の景色を見つめ続けた。休むのは昼に少しと夜一晩のみ。他は飛び続ける。
ギルファーの好奇心にも陰りが見え始め、退屈になって背中の上で眠ってしまった。前を見ても森と川でしかも同じ景色に見えるからだ。早く海に着かないかな、と思いじっと見られるまで粘った。また夜を迎え、地上で眠る。期待と長い長い旅路に対する不満はどんどんと膨らんでいった。
そして変化があったのは三日目の午後だった。
更新はまだ定期的には程遠いですが、こちらも頑張って完結まで持っていくつもりなので応援よろしくお願いします。
感想、意見があればできる範囲で答えます。
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