50 牙の剥く先は天敵へ
戦闘パート開始。上手く表現出来ていない部分があるかもしれません。
「―――!!」
何かが切れる音と共に、カルグレイスの雛の悲鳴が巣の中で響き渡る。向こうは辛うじて攻撃を避けたものの、直撃を食らった右の羽が大きく抜けて辺りに舞った。そして怪我を負った部分を庇いながら一歩後退する。
今の攻撃は多代崎の持つ、円月輪と呼ばれる投擲武器のものだ。しかしこれも漆黒に光り、異様なオーラを放っている。それは恐るべき速さで相手に迫り、傷を負わせて持ち主に返ってきた。隙間に籠る彼らの元へ。
「行くぞ!!今だ!!」
多代崎は円月輪を回収すると、腰から長剣を抜いて巣の中へ躍り出る。ギルファーもそれに続いた。雛が攻撃で警戒した為に、出ると僅かな空間がそこに出来ていた。
「―――!!」
雛は彼の姿を見つけると、喜びの奇声を上げてこちらに向かってくる。その数5羽。だが彼らはその前を俊足で横切る小さな存在を見逃していた。緋色の目は貪欲に光り、彼一匹しか見ていない。
一瞬にして視線を集めたギルファーは、後ろ立ちになると鉤爪を出して雛の方を向き身構える。“獲物”の動きを変えさせないこと。それが作戦の要だった。敢えて止まらないと、“当たらない”のだ。
「―――!!」
雛は嘴を大きく開き、自分へと伸ばしてくる。相手の目と攻撃を注意深く観察して、何処を狙っているかを読む。無論天敵相手にやるのはこれが初めてであり、心底怯え四肢は震えが止まらない。頬からは冷たい汗が流れ出ている。
だが耐える。殺到するカルグレイスの雛の背後を気にしながら……。
そして殺到するカルグレイスの雛の背後から小さな影が飛び上がり、黒い光が僅かに彼の目を眩ませる。次の瞬間には敵の身体の芯を狙いそれが降り下ろされた。肉が切れる音ではなく、代わりに脆い何かが砕ける儚い音と共に。音を確かめた影は敵の身体を踏み台にしながら隣の敵へ飛ぶ。
「えっ……!!」
ギルファーは思わず声を上げた。影の攻撃を受けた雛は数秒前までの荒々しい動きが突如として止まり、まるで寿命を迎えた老木のようにその場に倒れる。地面に頭が付く寸前に見える残虐的だった緋色の目からはもう、生命の色が消えていた。そう、この一瞬の間に雛は死んだのだ。何者に殺られたのかさえ、知ることなく。
絶対的な死の一撃だった。致命傷のない、突然に訪れた理不尽な死。“解って”はいても実際に目にするまでは信じられないもの。
しかし、残りの雛は構わずに倒れた雛を踏みつけこちらに迫る。恐らくはただ単に転んだ位にしか思わなかったのだろう。真実に彼らは気づけない。向こうの持つ本能が考える理性を与えてはくれない。
パキーン!!
再びあの儚い音。一羽、また一羽その場に崩れ落ちて、死を迎える。それは一見向こう側の襲撃に見えて、こちら側の一方的な虐殺に等しい。ギルファーは自分が狙われているのにも関わらず、同情を感じ得なかった。
ここで不可解な一撃のこと、を遅まきながら説明しようと思う。雛に向けて影(多代崎)が放った一撃の正体は、彼の持つ漆黒の剣に備わる「必死の一刃(※この必死の意味は必ず死ぬ)」という特殊能力である。詳細については別小説「前科 交通事故の死神」に記載されているが、その能力とは殺気を込めて相手の魂の核を直接攻撃し、砕き殺す(即死させる)というものだった。しかも能力発動の際には、魂以外の全てのものを透過するという恐ろしい性能を秘めている。この為に雛達は傷を追うことなく、仕留められていったのだ。
そして遂に残った二羽のうち、片方が目の前まで来る。この一羽は幸運にも多代崎(影)の攻撃を受けていなかった。如何に行動が迅速だとしても捌ききれないものはあるらしい。背後の襲撃者に気付いた一羽が彼に向かっていく為、こちらへ来るにはやや時間が掛かるだろう。
ギルファーは鉤爪を出して攻撃に備える。獲物に向けることはあっても、天敵に同じことをするのはこれが初めてだった。しかもこれは狩りではない。正真正銘の戦いだ。自分が生き残る為の、獲物側が体験する戦い……。恐怖心で再び手足が震えるが、今回ばかりは抑え付ける。
雛はこちらへ嘴を突き出してくる。それを彼は注意深く見ながら横へ跳び、かわす。今までは複数の雛に狙われていたからこそ、逃げ回るしかなかったが一羽だけなら何とか行けそうに思えた。
向こうは攻撃をかわされたことに苛立ち、更に執拗に狙ってくる。その攻撃はまだ狩りに慣れていないのか、単純なもの。しかし素早いのが厄介だった。加えて今は怪我を負っているせいで、かわすだけで精一杯。肝心の攻撃に移れない。
(隙さえ生まれれば……)
ギルファーは相手の赤い凶暴そうな瞳を睨み付けながら思う。カルグレイスの雛と言えども大きさは一歳の自分より巨大だ。しかもじっと見ている分、なかなか背後を突けない。更に言えば嘴の攻撃からの復帰が早すぎる。かわされることを学習して、敢えて手加減しているような気がする位に。
(多代崎さん……早く)
自分の力では相手に傷を負わせることも出来ない。
再び雛はこちらへ飛び掛かろうとする。が、直前に何かに気付いたのかその脚が止まった。そして緋色の目を周囲に向ける。警戒をしながら。
視界に映ったのは恐らく、一滴の血も流さずに冷たくなった仲間の亡骸達。全てが時間を止めたように目を見開いたまま、死んでいる様子は多代崎の仲間である自分でも怖い。この状態を見て、あの雛は何を思うのだろうか?
「―――!!」
雛は突如悲鳴を上げる。目の前の光景に混乱するかのように。仲間に向けた悲しみの声だろうか。しかしこのときに出来た僅かな隙を見逃さなかった。同情する余裕がない。やらないと自分がやられる。
ギルファーは牙を剥いて走り、相手との間合いを一気に詰めた。雛はこちらからの攻撃に気付き、驚きつつも翼を持ち上げ初めてこちらに身構える。しかし混乱からの立ち直りが遅い。
(そこだ……!!)
まだ十分な切れ味のない鉤爪を振り上げ、自分が今届く範囲つまりは雛の腹を狙い、斜め上から掻き下ろした。攻撃は逸れることなく当たり、肉の切れる惨い音と共に灰色の羽毛と紅い血が相手の傷口から辺りに吹き上がる。それを確かめると返り血で鱗を汚しながらも、反撃を警戒し後退した。今は天敵に一撃を加えるだけでも大きい。
雛から更なる悲鳴が上がる。餌にやられたのが頭にきたらしく怒りに任せて嘴を突き出すものの、闇雲な攻撃が当たる筈もなかった。そして本格的な反撃を仕掛ける前に、合流した多代崎の「必死の一刃」が背後から加えられ沈黙させられる。ガラスの砕ける儚い音を立てて雛の魂が破壊され……抜け殻同然の身体は他の仲間同様に地面に倒れた。
こうして、巣の中にいた“天敵の”カルグレイスは全滅した。
「よし。作戦成功だな」
少年は長剣を片手に周囲を見渡しながら安全を確認すると、彼を“見下ろし”声を掛ける。こちらが見る限り負担は向こうの方が重かったのに、疲れている様子はない。なんであんなに平然としていられるのか。
「それを捕まえたんですよね……。多代崎さん」
ギルファーは確かめるように相手を“見上げて”尋ねる。本能的な恐怖心を押さえ付けて。自分を見下ろすもう一つの視線に不安を抱きながら……今目の前の状態を理解しようとする。
「ああ。ちゃんと鎖は巻いてある。もう大丈夫だからな」
「―――!!」
多代崎の告げた言葉を強調するかのように、第二の甲高い声が彼に投げ掛けられた。その声は先程まで自分を狙い、貪欲な緋色の眼を輝かせていた存在である。しかし今は逆に、冷徹で別の恐怖を覚えさせる眼に変わっていた。寧ろこの方が不気味にさえ思える。
「本当にカルグレイスを捕まえるなんて……」
もうお分かりだろうが、彼らの中に加わっているのは一羽のカルグレイスである。正確には雛だが。多代崎の持つ鎖がその首元に巻かれ、能力により身体のコントロールは彼によって抑えられていた。なので実質的に脅威ではない。
「これも君の協力のお陰さ。俺一人じゃあ、実際あの数の雛を、無傷で倒し切れなかったんだから」
少年は右手で鎖を握りながら、空いた左手をこちらに向けて言う。その腕は砕けた岩の欠片に当たったのか怪我を負い、巻いた包帯から赤い染みが滲んでいる。だが自分からすれば、あれだけの数を一手に引き受けながら腕の傷だけで済んだことが驚きだった。
「でも……僕はただの囮になっただけだよ。結局一羽も倒せなかった」
ギルファーは自嘲するような声で首を横に震る。身体を震わせて鱗についた岩の欠片を落とし、鉤爪にこびりついた返り血を舐め取るものの、心に食い込む劣等感は拭えなかった。いや、逆に深く感じる。
「いや、君が囮になったからこそ……カルグレイスを倒すことが出来たんだ。良い方に考えた方がいいよ」
彼は雛の首元の羽毛を軽く撫でながら、こちらを元気づけるように言う。その行動に雛は心地良さそうな顔をして、成すがままになっている。天敵には見えないなつきようだ。
「うん……」
しかしギルファーの表情は曇ったままであった。自分としては決死の作戦だったとはいえ、何か囮以外にも彼の役に立ちたかったのだから。また、竜として人間に頼るだけでは情けない。そう思っていた。
「そう落ち込むな。君は竜だろう?ただ闇雲に強い敵に向かっていくより、作戦を立てて賢く攻めるのもまた竜らしい戦いだと思うよ」
多代崎の言葉にはっと気付かされる。戦いの興奮で竜寄りの考え方になっていたのだ。すぐに不満がる感情を抑えて人間寄りの理性的感性に立ち戻る。
強いだけが生き残れるとは限らない。賢く戦うのもまた一つの戦略だ。それに今は……父さんとエントラルに会う為に自分は戦っている。戦うことじゃない……どんな手段でもいいから、生き残らないと。
「貴方の言う通りです。力が足りないなら知性で補えばいい。僕は竜なのに……不利だと判っていながら、その事に気付けなかった」
「今更後悔してももう遅いよ。戦いは終わったんだから。それに内容は何であれ、俺達は生き延びた。これでいいじゃないか?」
自分を責めるギルファーを彼は咎めることなく、寧ろ溜め息をつきながら話す。その言葉は優しさなどない。あくまで戦場を体験したような、真実のみを口にしているに過ぎない。だが今はその方が有難いと思った。九死に一生を得たこの体験“も”、貴重なものだから。
結果助かったことには変わりない。彼はカルグレイスを捕まえるという目的を達成して、自分は死の淵から救われた。これで……父さん達に会える。
「ありがとうございます。貴方のお陰で――」
ギルファーは脅威が一時的とは言え、去ったということで安心し胸を撫で下ろす。そして感謝の言葉を返そうとした。もう生きては戻れないと思っていたカルグレイスの巣から、何とか出られるのだ。これ程大きな恩はないだろう。
後は巣から近いところで親鳥から隠れながら待てば……。
だが、まだ現実は彼らに時間を与えない。あくまで非情で有り続けた。
「―――!!」
遠くから静寂を切り裂くような鋭い鳴き声が響き渡り、辺りの山にぶつかり反響してきた。その存在を知らしめるように。また、獲物に死の危険を敢えて感じさせる為に。その声は彼の中にある恐怖を呼び戻す。
「なっ……まさか!!」
ギルファーの背中が凍り付き、咄嗟に空を見上げる。この声は“今”ここにあってはいけないものなのだ。さっきまでの小さな達成感も、多代崎という強力な助力からの余裕も……全て掻き消してしまう。それどころか先の道ですら、閉ざされるだろう。
「どうやら……不味いことになったな」
多代崎もまた、最早声の正体を捉えているのか長剣を構え、暗い空の一点を睨み付ける。表情には今までなかった不安と焦りが見え始めていた。カルグ
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