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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第6章 異世界の狭間へ(仮名)
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48 逃げ場のない地獄

「うぁぁぁぁぁ―――――!!」


ギルファーは悲鳴を上げながらカルグレイスの雛が待つ巣の中へと落ちていく。自分の翼を必死に羽ばたかせるが意味がない。その間も雛達は奇声でじぶんを迎え入れようと口を大きく開けている。


(もう……駄目なのかな?)


落ちていく中で彼はそう思った。どけだけあがいても、最早これは避けられない。二度目の死は間近に迫っていた。相手の嘴が身体を引き裂き……。


だが、彼が覚悟していたことは起こらなかった。何故なら、雛達がギルファーただ一匹に向かって殺到した為押し合いとなり、運良くバランスを崩してくれたからだ。結果、伸ばされた嘴の間を潜り抜けるように、一羽の雛の羽毛の上に落ちることになった。


「―――!!」


被害を受けたカルグレイスの雛は小さく悲鳴を上げるが、他の雛は野性的な目を一斉に彼独りに向け、嘴で執拗につついてきた。緋色の眼はどれも独占欲に燃えており、仲間のことなど気にも止めないように思える。


「ぐっ……!!」


ギルファーは突然の幸運に驚きながらも、すぐさま傷で痛む身体を起こしてその場から離れた。直後、今いた所には一羽の嘴が突き出され巣に刺さる。そうして攻撃を回避した彼は、敵の身体の上を振り向かず一心不乱に巣の端へと走った。


(早くここから……!!)


常に荒々しい雛の声が至近距離で聞こえ、相手の大きな影がこちらに掛かるのはとても怖かった。しかし止まる訳にもいかない。振り向けば終わるのだから。


傷付いた脚を必死に酷使し、敵の身体の上を渡るようにギルファーはひたすら、雛が大半を占拠する広い巣の中を逃げ回った。幾つもの嘴による攻撃をかわしながら。だが限界はある。だから彼は、一時的でも休める避難場所を逃げる間に探した。雛の動きに集中しながら、隙があるときに視線を走らせて。


そして数分間粘り続けた結果、巣の隅に自分が入れる程の穴を発見することに成功した。


その穴は、身体の大きなカルグレイスなら見落とす程の、木を無造作に積み重ねたときに出来た隙間。しかも、大木を巣の材料に使っている為にそれは大きく出来ている。自分にとっては格好の避難場所だった。


(あそこだ!!)


ギルファーは疲労を重ねた身体に鞭を打ちながら、加えて雛の闇雲に突き出される嘴の攻撃をかわしながら、残された力を振り絞る。あの隙間に潜り込めばしばらくは何とかなるだろう。時間を稼ぐ為にも……。


「はぁぁぁぁ――――!!」


そして目前まで迫ると、彼は滑り込むように足を踏みしめ小さく飛んだ。直後に背後からは怒号を上げるような奇声で嘴による追撃が激しさを増す。だが雛同士がぶつかり合い、その攻撃は見当違いの場所に突き刺さる。しかし一つは後ろ脚を掠め、鋭い痛みが自分を襲う。


だがそこまでだった。ギルファーは何とか怪我を負いつつも攻撃を掻い潜り、隙間の中に入り込むことに成功する。途端、救いとなる暗闇が自分を迎えてくれた。


「ぐあっ!!」


地面を滑る身体は、巣を構成する1本の巨木にぶつかり横に倒れながらも漸く止まってくれた。この叩きつけられたときの痛みは酷く、ギルファーは思わず呻き声を漏らしてしまう。しかし、雛に殺られるよりは遥かにマシだった。


「ハァ……ハァ……」


横に倒れ、無防備な脇腹を上にしながら粗い息を吐き目を閉じる。攻撃を避けることに体力と精神を使い続け、消耗仕切っていた。それだけに雛から攻撃を受けないこの場所は天国のように思えた。


念の為、片目を開けて入ってきた隙間の外の様子を伺う。自分という獲物を見失った雛達は、諦めが悪いらしく未だに巣の端をつついて探していた。その度に積まれた木々が揺れるものの、親鳥が丈夫に付くってくれているせいかなかなか崩れない。それが唯一の救いだった。


だがこれはその場しのぎにしかならない。いつかは見つかるだろう。加えて父さんが……今も探してくれている筈。何処かで姿を晒さないと、ここにはいないと思って巣を通り過ぎてしまう。そうなれば自分はおしまいだ。


(でもどうすれば……?)


取り敢えずギルファーは身体を起こし、周りの状況を確かめようと前脚を地面に突き立てる。じっとしていても何も始まらない。時間があるうちに行動を起こさないと……!!


「くっ……!!」


だが傷付いた肩の痛みが蘇り、再び地面に倒れてしまう。どうやら……受けた傷が悪化しているようだった。今まで目の前の脅威に集中していた為痛みをあまり感じなかったが、緊張を緩めた途端我慢していた分が一気に出されたのだろう。


激痛で細目になった視線を傷口に向ける。肩の傷はやられたときよりも更に広がり変色しながら、絶え間なく深紅の血が流れ続けていた。これは見る限り自然に塞がる気配がない。脚も同じような状態だ。傷が深く治りも遅い。それに……。


翼が破られた激痛のせいか頭が上手く回らない。また意識も……混沌としている。血を流し過ぎたのだろうか?ふらふらする。


だとすれば不味い。ここ意識を失ったら……。


「――――!!」


頭上に積まれた巨木がガタガタと激しく揺れる。それは雛が嘴で巣を壊している音だった。揺れる度に丈夫ではない小枝が折れ、ひっきりなしに自分の上へ落ちてくる。親鳥が慎重に積んだ巨木が少しずつずれて崩れようとしてくる。どうやらここに居ても危ないようだ。


しかし外に出た方が更に危険だ。向こうは見失ったからといって、すぐに諦める程馬鹿ではない。こうして巣をつつき、中から無理矢理にでも引き摺り出そうとしてくる。相手が雛なのに賢過ぎるのだ。つまり出たら彼らの術中に嵌まることに……。


(でもどうしたらいいの……?分からないよ……)


しばらく考えた。しかし手段が思い浮かばない。どんな方法でも必ずカルグレイスに捕まることが目に見えてしまう。せめて自分に、飛ぶ力があればこんなことには……。


ここに隠れて続けても駄目。出ても駄目。別の方法もない。その絶望感がギルファーの心をズタズタにした。竜としての強がる態度が一気に崩れ去り、親とはぐれてしまった人間の子供のように甲高い声で泣き出してしまう。ブルーの瞳が潤み、涙が止めどなくれた。それが敵に居場所を教える危険な行為だとは知っている。でも……止まらなかった。


「父さん……助けて……!!」


ギルファーは泣き叫んだ。自分からエントラルの囮を躊躇わずに引き受けたが、本当は最初から恐怖に怯えていた。親と離れてしまうことを……自分は一番嫌っていたのだから。だが親友を助けたいという気持ちはあったし、覚悟はしていた。駄目だったのはその覚悟の薄さ。辛抱の……弱さ。


叫ぶ間もカルグレイスの捜索の手は緩まない。むしろ泣き声を聞いて激しくなる。雛の喜びの声と彼の悲しみの声が巣に響き渡った。


(ここまでなの?自分は……)


そしてついに嘴が、邪魔な巨木を掻き分けて迫ってくる。この狭い隙間にあの攻撃を避けるようなスペースは最早皆無だ。だから、自分は呆然と魔の手を伸ばす嘴を見ているしかなかった。今度こそ……終わり。ギルファーはきつく目を閉じ、思った。





しかし、止めの一撃は彼に届くことはなかった。代わりに彼に届いたのは、何かが切れる惨たらしい音と直後に耳を痛める程の雛の悲鳴。こちらから遠ざかる巨体の足音だった。


(なっ……何が起きたの!?)


ギルファーは混乱した。今までこちらを狙う容赦ない攻撃の手が止んだのだ。でも何故?すぐさま状況を確かめる為に瞑っていた目を開く。そして目前に広がる光景に驚愕する。


そこには自分の前に立ち、巣の外を睨み付ける小さな影。黒い布のようなもので全身を隠し、その華奢な手には月の光で青く輝く金属の棒がある。頭は出しているのか、高所の風で黒く短い髪がゆらゆらと揺れた。


ギルファーはその影に見覚えがある。いや、見覚えどころかはっきりとその正体を知っていた。こんな姿をする生き物はどの世界へ飛んだとしても、大抵あれしかないだろう。自分の身体を流れる片方の血筋であり、自分を蔑み苦しめ……一度は死へと追いやった災厄の元凶たる生き物。憎もうにも出来ない……種族。


「人間……」


思わずギルファーは目を大きく見開き呟く。何故……自分を助けたのだろうか?理由が分からない。いやどうしてこんな高い山に、しかも超空の惨劇者たるカルグレイスの巣に人間がいるんだ!?


「<^≠Κ?ζ」


「!?」


カルグレイスの悲鳴が未だ収まらぬ中、嘴の攻撃の危険がなくなったと判断したのか、人間はこちらを振り返り声を掛けてくる。手に握られた黒い長剣(金属の棒)を警戒の為にこちらへ向けながら。何を言っているのかは、解らないけど。


周囲が暗くまた暗がりに潜めているので逆光だが、彼の瞳には振り返った顔が鮮明に映った。見た目は若い白髪の青年。クルバス王子よりも、自分よりも大人びているような気がする。人間との関わりは少ないのに、なんとなくそう思えた。


「グルルル……」


ギルファーは目を細め相手を睨み付け、出来る限りの低い声で威嚇した。目の前のカルグレイスの雛を追い払ったからといって、それが味方とは限らないのだ。自分の言葉が通じない以上。この世界には竜殺しを目的とする人間だっているんだから。多分カルグレイスだって……。


「Κ◯γλ∇εΔ」


何かをまた言っている。意味は不明だが、落ち着いた穏やかな口調だった。でも緊張は解けない。自分に止めを刺す為の言葉かもしれないから。それに剣を向けられている以上、敵に見られていることは明白だ。


青年は黒光りする剣を携えてこちらに一歩近付く。しかしそれだけで彼が人間を怖れる心は激しく揺れた。


「来るなぁ……う"っ……!!」


ギルファーは牙を剥き出しにして更に唸り、鉤爪を振り上げようと無理に立ち上がる。だが肩の激痛が酷くなり再び前のめりに倒れてしまう。その為に強さを誇示していた竜の声が、一瞬にして弱々しい動物の呻き声に変わる。身体はもう、立ち上がることすら難しい程に弱っていた。


青年は自分の行動に少しだけ怯んだように見えたが、やはり効果はなかった。それどころかまた話し掛けようと迫ってくる。動けない以上、今は強がるような視線で相手を睨むしか……。


「Κ◯γらないで……。俺はお前の味方だ」


「えっ……!?」


しかし今度掛けられた声は違った。意味不明なものが最初続いたが、途中からはっきりと自分の知る言語として耳に入ってくる。この不思議な現象にギルファーは驚いた。向こうの言葉が翻訳されたのだろうか……?でもどうして?訳が解らず混乱する。


「お前……言葉が話せるのか!?」


自分が言葉を返したことに、青年は驚愕したように訊ねてくる。その反応を見ると、彼もまた別の意味で混乱しているように見えた。でも今は、向こうの言葉がはっきりと理解出来る。それが救いだった。


「うん……話せる」


取り敢えず相手の問いに答え、頷いた。話が通じる相手なら意図が解る。それに今、自分に向かって「味方」だと言っていた。一応口先だけかと最初は疑ったものの、態度から見るに本当に思える。


でも……。


「君は何者なの……?」


味方だとしても、この人間は何者なのか知っておきたい。その欲求に突き動かされたギルファーは、向こうから話掛けられる前に目前の青年へ訊ねる。声は緊張で震えていた。


こちらを見詰める目は優しく、敵とは思えない。だけど竜を助ける人間は……何か理由がある筈だった。何故天敵の巣の中で弱っていた自分を……。


そして青年は答える。向けていた剣を下ろして、彼の問いにはっきりと。お互いにこの不思議な出会いの重ささえ、理解せずに。


「多代崎 翔。異世界からこの世界に迷い込んだ、“破殺はさつ”の死神だ」

意見や感想、不自然な点がありましたら投稿お願いします。


以前宣伝しました、同作者の小説「前科 交通事故の死神」との一部クロスをここより発動します。

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